ドラマ『子供が寝たあとで』主題歌だった『もう恋なんてしない』誕生のきっかけ
槇原敬之の『もう恋なんてしない』は、1992年5月25日に発売された5枚目のシングルです。
作詞作曲を槇原本人が手がけ、ドラマ『子供が寝たあとで』の主題歌にも起用されました。
同年6月25日に発売されたアルバム『君は僕の宝物』の収録曲にもなっています。
槇原敬之が生み出した大ヒット曲にもなったこの楽曲ですが、誕生秘話として、音楽プロデューサーの本間昭光の失恋がきっかけであることが本人の口から明かされています。
当時、キーボードのサポート演奏者として槇原と仕事をしていた彼のエピソードが名曲の誕生に関係しているというのは、興味深い話ですね。
2012年には、『秋うた、冬うた。〜もう恋なんてしない』という、槇原敬之初のコンピレーションアルバムも発売。
『もう恋なんてしない』を含めた、秋冬に聴きたい15曲が収録された豪華なアルバムになっています。
失恋ソングでありながら、長きにわたって愛される、槇原の代表曲の魅力を、歌詞に注目しながら考察していきましょう。
ワガママで寂しがりな人間味溢れる歌詞
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君がいないと 何にも できないわけじゃないと
ヤカンを火にかけたけど 紅茶のありかがわからない
ほら朝食も作れたもんね だけどあまりおいしくない
君が作ったのなら文句も 思いきり言えたのに
≪もう恋なんてしない 歌詞より抜粋≫
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一人になって初めて、当たり前にそこにあったもののありがたみが分かるものです。
お湯を沸かすことくらいできると強がっても、肝心の紅茶の場所が分からない。
せっかく朝食を作っても、おいしくできない。
「君」が毎日、当たり前にしてくれていたことが、どれだけ尊いものだったか、失って気づいてももう遅いのです。
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一緒にいるときは きゅうくつに思えるけど
やっと 自由を手に入れた
ぼくはもっと淋しくなった
≪もう恋なんてしない 歌詞より抜粋≫
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誰かと一緒に過ごすということは、自分のためにばかり生きられないということでもあります。
幸せながら、窮屈さを感じていた日々が終わり、いざ自由を手に入れたのに、寂しさは増すばかり。
大切な人との日々が目の前にある時は、そのありがたさに気づかず文句ばかり言い、自由になったら寂しいと言う。
人は、どこまでもワガママな生き物ですね。
不在が際立たせる「君」の存在感
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さよならと言った君の
気持ちはわからないけど
いつもよりながめがいい
左に少しとまどってるよ
≪もう恋なんてしない 歌詞より抜粋≫
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「いつもよりながめがいい左」という歌詞からは、「君」がいつも「僕」の左側にいたことが分かります。
誰もいなくなったからこそ眺めがよくなった左側の景色に、今更ながら戸惑う。
その戸惑いには「君」に対する未練も滲んでいます。
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2本並んだ歯ブラシも1本捨ててしまおう
君の趣味で買った服も もったいないけど捨ててしまおう
“男らしくいさぎよく”と ごみ箱かかえる僕は
他の誰から見ても一番 センチメンタルだろう
≪もう恋なんてしない 歌詞より抜粋≫
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別れた恋人のものを潔く捨てることで、忘れたつもりになろうとしたのでしょうか。
その姿がまったく潔くないことは、自分自身が一番知っているのです。
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こんなにいっぱいの 君のぬけがら集めて
ムダなものに囲まれて 暮らすのも幸せと知った
≪もう恋なんてしない 歌詞より抜粋≫
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一人ですっきり暮らす自由さと寂しさを知った「僕」は、無駄なものこそ幸せが隠れていることに気づきます。
「君のぬけがら」という歌詞から、どれだけ「君」の存在を探し求めているかが分かりますね。
もういない人の温もりを求めて家中さまよってしまう切なさ。
そこに、失ったものの大きさが表れています。
『もう恋なんてしない』というタイトルに込められた意味
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もし君に1つだけ 強がりを言えるのなら
もう 恋なんてしないなんて 言わないよ 絶対
≪もう恋なんてしない 歌詞より抜粋≫
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サビに何度も登場する「もう恋なんてしない」というフレーズ。
この曲の秀逸さは、タイトルで「もう恋なんてしない」といっておきながら、「言わないよ 絶対」と否定しているところです。
恋愛というものは、失った時には深く傷つき、二度としたくないとまで思いますが、誰かを恋しいと思う気持ちは簡単に止められるものではありません。
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君あての郵便が ポストに届いているうちは
かたすみで迷っている
背中を思って心配だけど
二人で出せなかった 答えは
今度出会える君の知らない誰かと
見つけてみせるから
≪もう恋なんてしない 歌詞より抜粋≫
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ラストサビでは、郵便ポストに届く郵便物に未練を抱いています。
「君」の存在感が色濃く残っているうちは、なかなか次への一歩を踏み出せずにいた「僕」。
しかし、それは恋人が残していった置き土産のようなものです。
時と共に「君」の存在感は薄くなり、いつかはきちんと過去の恋になるのでしょう。
「君」と二人ではたどり着けなかった答えを、違う誰かとなら見つけられるかもしれない。
「もう恋なんてしない」とはいわず、次の恋へと進もうとする姿に、「僕」の成長と覚悟、そして「君」への感謝を垣間見ることのできる歌詞です。
誰もが経験するであろう失恋。
寂しさや後悔を経て成長していく男の、頼りないけれどたしかな成長を感じさせる終わり方が魅力的です。
歌われていることは至ってシンプル。
誰もが経験し、通る道だからこそ、何年経っても色褪せることがないのかもしれません。
大切なことを「君」から教わったからこそ、「もう恋なんてしない」なんていわずに、前を向く「僕」。
『もう恋なんてしない』というタイトルを逆説的に使っているところに、槇原敬之のセンスを感じます。
この機会に、誰もが知る名曲を味わい直すのもよいのではないでしょうか。