初音ミクからバルーンへの想いを歌っている?
2023年2月10日にリリースされたボカロP・バルーンの新曲『花に風』は、初音ミクのオリジナルデザインが刻印されたソニーストア限定のウォークマンとヘッドフォン「360 Reality Audio」のイメージソングとして制作されました。バルーンが初音ミクを使用したオリジナル曲を投稿するのは、2016年投稿の『朝を呑む』から約7年振り。
今作は初音ミクのコラボイメージソングということで、初音ミク自身を主人公とした楽曲と考えることができそうです。
タイトルの「花に風」というフレーズは「月に叢雲 花に風(つきにむらくも はなにかぜ)」という成句から取られていると思われます。
これは月には雲がむらがって隠し、美しく咲いた桜は風が吹いて散らすように、良いことには邪魔が入りやすく長続きしないことをたとえた言葉です。
また初音ミクを主人公としているとすると、「花」は近年のバルーンのボカロ曲によく使用されているFlowerを、「風」はバルーンの別名義である須田景凪の名前を連想させるのではないでしょうか?
これらの点をふまえて、どのようなストーリーが展開していくのか歌詞の意味を考察していきましょう。
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憎たらしくて
そっぽ向いた
あたし何度も
騙されてる
悩ましい心はどうして
飼い慣らすことが難しい
痛ましい心をどうして
見て見ぬふりをする
≪花に風 歌詞より抜粋≫
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「あたし」が主人公の初音ミクなら、憎たらしく思っているのは久しく自分の曲を作ってくれていないバルーンのこと。
「何度も騙されてる」ように感じているところが、浮気性の彼氏を持つ女性のように見えてきます。
騙されていると分かっているのに好きだから許してしまう「悩ましい心」は、自分でもコントロールが難しいものです。
傷ついた自分の「痛ましい気持ち」を「見て見ぬふり」されることにも不満が募っていきます。
あたしだけを見てほしいのに
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行かないで!
先なんて見据えないで
今すぐに
誰も居ない街を抜けて
呼吸は荒いまま
知らないで!
他なんてどうだっていいのさ
わかるかしら
独り善がりの愛でもいい
暗い方へ行こうぜ
≪花に風 歌詞より抜粋≫
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音楽活動の先を見据えれば、ボカロ曲に見切りをつけてシンガーソングライターとして活動することもきっと間違ってはいません。
しかしそれは自分から離れてしまうということなので「行かないで!」と訴えています。
さらに、ほかのボーカロイドのことなんて「知らないで!」とも願っています。
ただ自分だけを見ていてほしいという強い想いが垣間見えますね。
そして「独り善がりの愛でもいい」ということは、彼からの愛は望まないということです。
自分と同じだけの愛を求めることはしないから、2人の恋の行く先が「暗い方」にしか続いていないとしても一緒に進んでいきたいと切実に思っていることが伝わってきます。
アボガド6書き下ろしのMVでは手のひらの上でバレエを踊る描写が出てきますが、これもボーカロイドとボカロPの関係性を象徴していると言えるでしょう。
以前は2人だけの幸せな時間を楽しんでいたものの、所詮ボーカロイドは常にボカロPの手のひらの上で踊らされているだけの存在なので、その時間も長くは続きませんでした。
それはまさに「月に叢雲 花に風」という言葉の通りです。
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煩わしくて
天を見てた
あなた何度も
許されてる
かしましい心はどうして
黙らせることが難しい
妬ましい心とどうして
傘を共にしている
≪花に風 歌詞より抜粋≫
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何度も許されているから、また好き勝手に行動する「あなた」。
主人公は通じ合わない気持ちにうんざりして、思わず天を仰ぎます。
心の声は黙らせるのが難しいほどかしましく主張して騒ぎ立てています。
それでもボーカロイドにはボカロPに直接声で訴えかける術はありません。
だからMVでは、手話やバレエといった方法で自身の想いを何とか伝えようとしているのでしょう。
「妬ましい心」なんていっそ捨ててしまいたいのに、相合傘をするように悲しい現実の中で苦しい心を抱えて耐えています。
悲しいは嫌いですか 本当にそうですか
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行かないで!
いつまでも曇り空を眺めましょう
ひとりでは生きていけない
私が雨になろう
言わないで!
みなまでも わかっているから
黙っていて
見せかけの愛で踊ろう
白む方へ行こうぜ
≪花に風 歌詞より抜粋≫
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2人で過ごした幸せな時間を晴れにたとえるなら、一緒にいない時間を雨、彼がたまに自分の元へ戻ってくる時を曇りと表現していると解釈できるでしょう。
いつもそばにいてほしいとまでは願わないから、たまにでも共に過ごせる日々がずっと続いてほしいと思っているようです。
そして一緒にいてくれるなら、自分の方が浮気相手のような存在になっても構わないという覚悟も示されています。
その場合、相手からもらえるのは「見せかけの愛」でしかないということもすでに受け入れています。
夜が明けて空が白むように、2人の妥協点を見つけてそれなりの幸せに向かっていきたいと考えていると思うと健気さが切ないですね。
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どうでもいい事ばっか
思い出して考えてしまうんだ
もうやってらんないよな
悲しいは嫌いですか
本当にそうですか
もういらない嘘なんて
声に出して吐き出して消えればいい
もう楽になっちゃえよな
悲しいは嫌いですか
本当にそうですか
≪花に風 歌詞より抜粋≫
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ここまで物分かりのいい態度を示しているように見えましたが、本心は違っていることがこの部分から読み取れます。
実は自分の気持ちに嘘をついて現状を受け入れているふりをしているのです。
だから本心をぶつけて楽になってしまえと心の声が促してきます。
また「悲しいは嫌いですか 本当にそうですか」という言葉も自問と解釈できます。
一般的に悲しいことは避けたいものだから、嫌がっているだけ。
本当は彼を思って悲しむ時間もさほど嫌っていないのではないかと言っているのではないでしょうか。
彼を愛する気持ちも本当ですが、恋に恋する悲劇のヒロインのような一面も持っているのかもしれません。
そう考えると終盤で繰り返される1番のサビは一方的に愛を押しつけている雰囲気が増して聞こえ、踊らされているようでいて自分から踊ることを選んでいたという事実が見えてくる気がします。
ボーカロイドとしての特性や恋する女の子の姿を印象的に描写しつつ、どこか皮肉めいた表現に引き込まれます。
バルーン×初音ミクの世界に魅了される!
『花に風』は自分から離れてしまいそうな大切な人への愛と願いが込められた切ないラブソングと言えるかもしれません。MVに登場する手話の意味も考慮すると、歌詞に描ききれなかった気持ちをさらに深く考察できるでしょう。
ぜひ歌詞のフレーズやMVの細かなポイントまでじっくり注目して、バルーンと初音ミクが織りなす作品の世界を堪能してください。