曲名「ジェヘナ」に込められた意味
wotaku feat.初音ミク『ジェヘナ』の歌詞を考察するにあたり、まずは曲名の意味を解説します。
「ジェヘナ」という言葉は、キリスト教における地獄を指す場所「ゲヘナ」の別名だと考えられ、英語表記は「Gehenna」です。
マタイの福音書などの聖書では、キリスト教における罪人(神を信じない者たち)が、限りなき刑罰を受ける“永遠の滅びの場所”としてゲヘナが示されており、「火の池」と表現されます。
ヨハネの黙示録には「彼らを惑わした悪魔は火と硫黄との池に投げ込まれた。そこは獣も、にせ予言者もいる所で、彼らは永遠に昼も夜も苦しみを受ける」と記されています。
「永遠に昼も夜も苦しみを受ける」という言葉には、地獄の様子が分かりやすく表現されていますね。
こういった曲名の世界観を踏まえて、歌詞を考察していきます。
「ジェヘナ」でもがき苦しむ主人公
冒頭の歌詞から見てみましょう。
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なあ 元気? 調子はどうだい?
ああ もうね そういうの辞めたんだ
うん なんか もう回復の見込みは無いそうなんだ
何も聞かないでくれ
≪ジェヘナ 歌詞より抜粋≫
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「なあ 元気?調子はどうだい?」という質問から始まる、会話調の歌詞となっています。
冒頭の質問に対して、「辞めた」や「回復の見込みは無い」などの言葉で答える歌詞となっており、歌詞の主人公が置かれている状況の悪さが伺えます。
「何も聞かないでくれ」とも続けているあたり、他者に助けを求めるというよりも、自分から諦めているような状態なのかもしれませんね。
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後悔 値踏み 談笑会
介護 悦 共有もサレンダーだ
はい そうです 正真正銘 僕のせいだった
≪ジェヘナ 歌詞より抜粋≫
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続きの歌詞では、6つの単語が並び、「サレンダーだ」と締め括られています。
「サレンダー」は「surrender」という英単語のカタカナ表記で、降参するという意味です。
冒頭の会話や6つの単語を合わせると、「調子はどうだい?」と近況を共有し、談笑し、お互いの幸福度を値踏みするようなことはもうしたくない、降参だというメッセージが込められているのではないでしょうか。
「介護もサレンダーだ」と読めば、“他者に助けを求めることもしたくない”という心情が浮かび上がってくるように感じます。
後悔や悦などの感情に振り回されることにも疲れ切っているのかもしれませんね。
「はい そうです 正真正銘 僕のせいだった」という歌詞からは、投げやりになっている主人公の姿が想像できるように思います。
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よくある話
単純明快をモノにしたくて
斯くあるべきという理想を殺して
もう散々だって逃げる勇気も無い
はやく もっと 堕ちて
≪ジェヘナ 歌詞より抜粋≫
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歌詞の主人公は、回復の見込みの無い散々な状況の中で、逃げることもできず、人生を諦めているような精神状態なのでしょう。
まさに「ジェヘナ」、地獄にいるような感覚なのかもしれません。
未来に希望を見い出すことを諦め、「はやく もっと 堕ちて」と、いっそ堕ちるところまで堕ちたいと願っているような歌詞だと解釈できそうです。
「生きていたいよ」という叫び
続きの歌詞を見てみましょう。
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「生きていたいよ」
毎夜 喉を塞ぐ透明の概要
肺を蝕む実在も
理不尽も 孤独も 恨まなくていい
それら全て意味は無いんだ
僕らは生きるしかないんだ
≪ジェヘナ 歌詞より抜粋≫
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「生きていたいよ」というサビのフレーズが目を惹きますね。
前向きな意思表示にも思えますが、後に続く「喉を塞ぐ」や「肺を蝕む」といった歌詞からは、息苦しさが感じられます。
「生きていたいよ」と歌いながらも、その中身は“楽しいから生きていたい”という積極的な心情ではなく、“苦しくても生きるしかない”という、消極的な叫びだと解釈できそうです。
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「生きていたいよ」
なんでか分からないけど
「生きていたいよ」
DNAという聖書
本能も恐怖も恨まなくていい
どうせ何も変わらないんだ
≪ジェヘナ 歌詞より抜粋≫
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この歌詞には、“苦しみが続くのなら生きていたくない”と思いながらも、心のどこかでは「生きていたいよ」と望んでしまうという心情が表現されていると解釈できます。
「DNAという聖書」という歌詞からは、「生きていたい」と思うことは、気持ちの問題以前に、DNAに刻まれた動物としての本能なのだというメッセージが読み取れそうです。
「生きていたい」と「生きていたくない」という感情のどちらにも振り切れない、人間特有の苦しみを秀逸に表現した歌詞ですね。
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「生きていたいよ」
なんの希望も無いけど
「生きていたいよ」
本能は赤く脈打つの
「生きていたいよ」
「生きてたくないよ」
本当に残念だけど
僕らは生きるしかないんだ
≪ジェヘナ 歌詞より抜粋≫
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しかし、ラスサビで「生きていたいよ」という歌詞を繰り返し、「僕らは生きるしかないんだ」と締め括っているあたり、歌詞の主人公は生きていくことを決意したのでしょう。
苦しみから目を逸らさずに、地獄を表現してくれた楽曲だからこそ、「僕らは生きるしかないんだ」という歌詞に力強さが宿っているように思います。
「僕」ではなく「僕ら」なのは、『ジェヘナ』が地獄で聴き手と共に生きようとしてくれる楽曲だからなのではないでしょうか。
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騙してごめんよ
言えなくてごめんよ
そして本当に悲しいけれど
苦しみだけが絆なんだ
≪ジェヘナ 歌詞より抜粋≫
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最後の「苦しみだけが絆なんだ」という歌詞は、『ジェヘナ』という楽曲と聴き手を繋ぐものが“苦しみ”という感情であることを示しているのだと考察できそうです。
苦しみの中にいる人ほど、強く惹かれ、心を繋ぎとめられる楽曲なのかもしれませんね。