小説「泡沫少女とイデアの少年」の元ネタ曲を考察!
作詞・作曲・編曲をyukkedoluce(黒髪ストロングP)が務め、2012年11月15日に投稿されたGUMI歌唱の『林檎売りの泡沫少女(読み方:りんごうりのうたかたしょうじょ)』。オルゴールのような優しい音楽と切なく美しい世界観が評価され、2018年に自身初のミリオンを達成した人気ボカロ曲です。
2016年には『林檎売りの泡沫少女』と対になるボカロ曲『イデアの少年』の2曲を元ネタにした小説『泡沫少女とイデアの少年』も発売され、注目を集めました。
現在もTikTokやYouTubeで根強い人気を誇る今作にどのような物語が描かれているのか、さっそく歌詞の意味を考察していきましょう。
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遠い遠い時の果て そこに住まう人は皆
永遠の命をもつ世界での話
赤い実の成る木の下 La La Lu La 生まれながらに
死の呪いがかけられた少女の話
色付いた街外れ 蒼く光る湖畔 赤い実のお菓子屋
ちょっぴり寒くなった今日は妙に誇らしげ 自信作を売りにゆく
待ってて 今度こそ 美味しいんだから
≪林檎売りの泡沫少女 歌詞より抜粋≫
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この楽曲は全ての人が永遠の命をもつ世界でたったひとりだけ「生まれながらに死の呪いがかけられた少女の話」です。
タイトルにある「泡沫」とは水面に浮かぶ泡のことで、主人公は泡のように儚く消える命を持つ少女であることが分かりますね。
少女は「色付いた街外れ」にある「蒼く光る湖畔」に建つ「赤い実のお菓子屋」でひとり寂しく暮らしています。
林檎や永遠の命といったキーワードから、この楽曲は旧約聖書の創世記に記されている失楽園のエピソードから着想を得たと考えられます。
最初の人間が禁じられた木の実を食べたことにより人間が必ず死ぬようになったという逸話は、まさに永遠の命を持つ人々の中で死の呪いを抱える少女の姿と重なるでしょう。
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時計塔の見える市 驚いた
珍しく賑やかね La La Lu La Lucky!!
物憂げな街の隅 ひとり
赤い実のパイどうですか 自信作なの
そんなのひとつも売れないさ 少女を見て蔑む人達
みんなと何も変わらないのに 美味しくできたのに
≪林檎売りの泡沫少女 歌詞より抜粋≫
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少女が赤い実で作った自信作のお菓子を売りに「時計塔の見える市」までやって来ると、今日は珍しく賑やかで驚きます。
賑やかな市の様子を見ながら街の隅に佇み、行き交う人へ「赤い実のパイどうですか 自信作なの」と呼びかけます。
しかし人々は「そんなのひとつも売れないさ」と少女を蔑み、少女はお菓子が売れないことに落ち込んでいる様子です。
「おいしいね」の声が少女を救う
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今日も声は届かないのね
まるで透明になったみたいだわ
そうして誰もが知らぬ振りをした
何故なら少女は呪われているから
死んだ世界で唯ひとり生きていた少女の話
≪林檎売りの泡沫少女 歌詞より抜粋≫
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少女の呼びかけに誰もが知らないふりをしているので、「まるで透明になったみたいだわ」と感じます。
人々が少女を無視するのは少女が死の呪いを受けているからです。
彼女がお菓子に使う赤い実を食べると死の呪いを受けてしまうため、人々は少女と距離を置いているのです。
しかし本当に死の呪いをもつ少女が不幸せで、死を恐れる必要のない街の人々が幸せなのでしょうか?
永遠に死なないということはある意味すでに死んだようなものだという考えが「死んだ世界」という表現から伝わってきます。
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夜なべでアレンジパイとにっこりスマイル引っ提げ
少女はまだ諦めない
時計塔の針も空を指して お腹も鳴るそんな時
ふと後ろから人が少女を押す 甘い籠は落ちる
お菓子を踏み行く人達 平気な顔してさ
惨めに拾い集める ふともうひとりの手が
どろどろのパイを徐に口に入れて「おいしいね」
≪林檎売りの泡沫少女 歌詞より抜粋≫
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どんなに避けられても少女は諦めず、夜なべして作ったアレンジパイを持って出かけていきます。
ちょうどお昼時で、きっとみんなお腹がすいているだろうと笑顔で街に行く少女の健気さが切ないですね。
ところがそんな少女を後ろから押す人がいます。
パイが入った籠が地面に落ち、人々は平気な顔をして落ちたパイを踏んで去っていきます。
誰も少女を心配したり、声をかけてくれたりしません。
惨めな思いで少女がパイを拾っていると「ふともうひとりの手が」伸びてきて、人々が踏んでどろどろになったパイを食べて「おいしいね」と言ってくれます。
これまで1人も食べてくれなかった自分のお菓子を食べてくれる人がいて、さらにおいしいと褒めてくれたという状況を考えると、少女の喜びや感動が容易に想像できます。
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その声で心は溢れた
まるで輪郭を描いたみたいだわ
そうして彼は手を差し出した
何故なら少女に呪われているから
死んだ世界で唯ふたり生きていた遠い物語
≪林檎売りの泡沫少女 歌詞より抜粋≫
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実際に少女の「心は溢れた」とあり、「まるで輪郭を描いたみたいだわ」と彼の言動によって今まで透明のようだった自分自身の存在がやっと確かなものになったと感じているようです。
彼は少女が呪われているからこそ手を差し出しました。
彼にとって死の呪いは少女の欠点ではなく、むしろ少女に心惹かれる理由だったと解釈できるでしょう。
同じ死の呪いを抱えた彼らはふたりで生きるようになりました。
“永遠”の呪いから放たれたふたり
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街の人達は哀れむ 赤い実を食べて呪われた者を
永遠に生きられずに死ぬのさ 嗚呼なんて可哀想な話
ふたりは笑う それでも笑う
La La La とっても素敵な呪いね
例え明日死んでも『今』が確かで大切になるから
≪林檎売りの泡沫少女 歌詞より抜粋≫
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人々はパイを食べた少年のことを「永遠に生きられずに死ぬのさ 嗚呼なんて可哀想な話」と哀れみます。
しかし「ふたりは笑う それでも笑う」と歌われていて、死の呪いをもつふたりだけが幸せそうな様子が見て取れます。
次の「例え明日死んでも『今』が確かで大切になるから」というフレーズが印象的です。
終わりがあるからこそ、それまでの一瞬一瞬を大切に生きられるのかもしれません。
だからふたりは明日死んでも後悔のないように、今を大切に生きようとしていることが読み取れます。
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もう声は届かないのね
まるで透明になったみたいだわ
そうして誰もが知らぬ振りをした
何故なら世界が呪われているから
『永遠』の呪いは解かれていた
まるでふたりの方が狂ったみたいだろう
そうしていつか笑うように眠る
何故ならふたりは放たれているから
死んだ世界で唯ふたりだけが幸せだった
≪林檎売りの泡沫少女 歌詞より抜粋≫
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そして最後に、世界に広がっていた「永遠」こそが呪いだったことが明らかになります。
つまり赤い実という人々が嫌っていたものこそが呪いを解く鍵だったということです。
その事実にまだ気づいていない街の人々にとっては「『永遠』の呪い」が解かれたふたりの方が狂っているように見えますが、本当の幸せを手に入れているのはふたりの方です。
遠くない将来、ふたりの命が尽きる時には「笑うように眠る」はずです。
それはふたりが呪いから解放され、短い人生を愛する人と存分に楽しむことができているから。
きっと最期の瞬間までふたりは共に寄り添い手を取り合って幸せに生き、幸せに死んでいくのでしょう。
ポジティブなメッセージが伝わる名曲!
『林檎売りの泡沫少女』は死という誰もが抱えている身近な問題に対するポジティブな見方を教えてくれます。そして自分とは違う個性を持つ人を否定せず、受け入れることによって得られる喜びがあることにも気づかされるでしょう。
ぜひ歌詞に描かれている世界を頭に思い描きながら聴いてみてくださいね。