若い男女の現世からの逃避行
『リバーサイドホテル』は井上陽水の18枚目のシングルとして、1982年7月にリリースされた楽曲です。
1988年にフジテレビ系ドラマ『ニューヨーク恋物語』の主題歌に起用されたことから再発売されてヒットし『少年時代』などと並んで、今もなお根強い人気を誇る井上陽水の代表曲として知られています。
しかし、その歌詞について意味が分からないと感じているファンも少なくないのではないでしょうか?
実はこの楽曲に関して、アメリカのロックバンド・イーグルの『ホテルカリフォルニア』と世界観が似ているとして、ここから着想を得たのではないかと考えられています。
それはホテルを舞台にしていることや、同じフレーズが繰り返されているという点が共通しているからです。
『ホテルカリフォルニア』は決して出ることのできない死後の世界を描いています。
そのためもし本当にこの曲から着想を得ているとしたら『リバーサイドホテル』も、死後の世界を描いていると考えることができるでしょう。
今回はその観点から歌詞の意味を考察していきたいと思います。
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誰も知らない
夜明けが明けた時
町の角から
ステキなバスが出る
若い二人は
夢中になれるから
狭いシートに
隠れて旅に出る
≪リバーサイド ホテル 歌詞より抜粋≫
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歌詞冒頭から読み取れるのは、若い男女のカップルの逃避行にスポットを当てているということです。
これを死後の世界と結びつけると、幸せそうな主人公カップルの切ない背景を感じることができます。
「誰も知らない夜明け」というフレーズから死に向かうことが二人にとっての夜明けと解釈すると、道ならぬ恋をした若者が心中して自由を得ようとしたことを想像させますね。
人通りの少ない町の角から、自分たちを自由へと導く「ステキなバス」が出ます。
乗り込んだ二人はようやくお互いの存在にだけ夢中になることができ、狭いシートに隠れるように寄り添って別の世界へと旅立ちます。
たどり着いた川沿いのホテル
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昼間のうちに
何度も Kiss をして
行く先を たずねるのに
つかれはて
日暮れにバスも
タイヤをすりへらし
そこで二人は
ネオンの字を読んだ
≪リバーサイド ホテル 歌詞より抜粋≫
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この部分の歌詞は二人が死ぬ前の様子を描いていると考えられるでしょう。
今の苦しい現実から逃れることをすでに決意している二人は「昼間のうちに何度もKISSをして」お互いの存在や愛を確かめ合います。
もしかしたら死への不安や恐怖を紛らわせたい気持ちもあったのかもしれません。
死後の世界で幸せになれることをお互いに言い聞かせるのに疲れ、自分たちの死に場所に適切な場所を探してバスのタイヤがすり減るほど町を走り回っています。
「そこで二人はネオンの字を読んだ」とあるので、ついに魅力的な場所を見つけたことが伝わってきます。
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ホテルはリバーサイド
川沿いリバーサイド
食事もリバーサイド
Oh… リバーサイド
≪リバーサイド ホテル 歌詞より抜粋≫
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二人が見つけたのは、リバーサイドホテルのネオンです。
心も体も疲れていた二人にとって、そのネオンは心惹かれるものだったことでしょう。
井上陽水の艶のある独特な歌声が、美しい川沿いに建つホテルの風景やそこで散歩したり食事したりする二人の姿を思い描かせてくれます。
これを死後の世界と捉えると、ホテルのそばを流れる川は単なる川ではなく、三途の川を表していると考察できます。
現世とあの世を隔てる境目にあるとされる三途の川の手前にそのホテルはあり、しばらく時間を過ごせば二人はもう現世に戻って来られません。
チェックインなら寝顔を見せるだけ
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チェックインなら
寝顔を見せるだけ
部屋のドアは
金属のメタルで
シャレたテレビの
プラグはぬいてあり
二人きりでも
気持ちは交い合う
≪リバーサイド ホテル 歌詞より抜粋≫
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「チェックインなら寝顔を見せるだけ」という言葉はとても奇妙です。
普通のホテルなら寝たままチェックインをすることはできないでしょう。
しかし、これがあの世のホテルであるなら、寝顔は死に顔のことで、死によってチェックインが可能になるという意味が読み取れます。
死んだ者は誰でも宿泊することができるリバーサイドホテル。
「金属のメタル」でできたドアノブは冷たさと重厚感をかもし出し、外に出ることを阻むような雰囲気があります。
部屋の中に入ると「シャレタテレビのプラグはぬいて」あるのが見えます。
テレビは現世との最期の繋がりを表現しているのではないでしょうか。
プラグが抜かれているため見られないということは、完全な死を間近に控えた二人にもう現世には戻れないことへの覚悟を問いかけているかのようです。
しかし愛し合う若者は気にも留めず、静かな部屋で二人きりで気持ちを通わせ合って覚悟を示しました。
どうせ二人は途中でやめるから
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ベッドの中で
魚になったあと
川に浮んだ
プールでひと泳ぎ
どうせ二人は
途中でやめるから
夜の長さを
何度も味わえる
≪リバーサイド ホテル 歌詞より抜粋≫
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「ベットの中で魚になった」というフレーズもとてもユニークですよね。
魚は服を着ていないので、二人とも魚のようにベッドの中で裸になったということかもしれません。
ベッドを川に見立てて、心地よい時間を過ごしていることが伝わってきます。
ベッドで二人の時間を楽しんだ後は「川に浮かんだプールでひと泳ぎ」。
現世とあの世の境目で自由な時間を思い切り楽しんでいる様子が伝わってきます。
そして注目したいのは「どうせ二人は途中でやめるから夜の長さを何度も味わえる」という言葉です。
「どうせ」とあるので「二人は途中でやめる」ということは確定しています。
では何をやめるのでしょうか?
冒頭で考えたように死が夜明けであると仮定すると、夜が長ければ長いほど苦痛になっていくはずです。
そうであれば「夜の長さを何度も味わえる」のは二人にとってつらいことと解釈できます。
その点をふまえ、二人が夢中で楽しむのをやめた途端に長く暗い死の恐ろしさが心に迫ってくる様子を示していると考察しました。
今は楽しさに気を取られて忘れていますが、ふと手を休めた時に恐怖に襲われるのです。
繰り返される「リバーサイド」の言葉は、二人の夢のように幸せで楽しい時間とすぐそばまで迫っている恐怖を情感豊かに表現しているように感じます。
あなたはどんな景色を想像する?
井上陽水の『リバーサイドホテル』の不思議なフレーズの数々は、楽曲の美しく切ない雰囲気を魅力的に演出しています。本当の意味は作者にしか分かりませんが、このように仮説を立てて考察すると歌詞の世界観がより身近に感じられるものです。
ぜひ歌詞の情景を想像しながら『リバーサイドホテル』の世界をもっと深く楽しんでみてくださいね!