「コクリコ坂から」劇中歌として起用された名シーンの意味
1950年5月にNHK「ラジオ歌謡」から発表された『白い花の咲く頃』は、作詞を田村しげる、作曲をその妻の寺尾智沙が務めた楽曲。
歌唱を担当した岡本敦郎はこの楽曲のヒットにより広く知られるようになり、その後多くのアーティストにカバーされてきた名曲です。
2011年放映のジブリ映画『コクリコ坂から』の劇中歌として起用されたことにより、時代を超えてさらなる注目を集めました。
『コクリコ坂から』は戦後の高度成長期であった1963年の横浜を舞台に、当時の時代背景を色濃く描いた作品です。
劇中では明治に学生寮として建設され男子文学部の部室棟として使用されている通称・カルチェラタンの取り壊しを巡る学生運動が大きく取り上げられています。
風間俊を中心とする反対派と多くの賛成派の間で議論が白熱する全学討論会のさなか、教師が見回りに来たことを知らされた生徒会長の水沼史郎が『白い花の咲く頃に』を歌い始め、その後学生たちが肩を組んで大合唱するシーンは印象的ですよね。
このシーンで水沼が歌を歌い始めたのは、学生たちだけの話し合いの場で教師に介入されたくないという思いからだと思われます。
乱闘になると教師は止めに入らなければならなくなり、最悪の場合集会を禁止させられる可能性があります。
しかし話し合いをしているだけであれば集会自体を止める権利は教師にはないため、歌を歌ってカモフラージュしたのでしょう。
『白い花の咲く頃に』が選曲されたのは、戦後の叙情歌として親しまれていたからだと考えられます。
直前まで怒号や悲鳴が飛び交っていた場に学生たちの歌声がひとつになって響く様子が、音楽の持つ人の心を引き寄せる力を感じさせます。
白い花が咲いてた別れの時を思い出す
『白い花の咲く頃に』がどんな情景を描いた楽曲なのか、歌詞の意味を考察していきましょう。
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白い花が咲いてた
ふるさとの 遠い夢の日
さよならと言ったら
だまって うつむいてた
お下げ髪
悲しかった あのときの
あの白い花だよ
≪白い花の咲く頃 歌詞より抜粋≫
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「白い花が咲いてたふるさと」は、作詞者の田村しげるの故郷である奥丹後半島の峰山町のことを思い描いていたようです。
この楽曲は田村自身が経験し、多くの人が共感できる故郷に置いてきた初恋の切ない想いを綴っていることが分かります。
「お下げ髪」をした少女に「さよなら」と別れの言葉を告げた主人公。
黙って俯いている彼女の姿に、2人の心にある悲しさや寂しさが伝わってくるでしょう。
楽曲が発表されたのが5月であることを考えると、別れのシーズンである春の景色が想像できます。
タイトルにもなっている「白い花」が春の花だとしても、実際に何の花だったのかは明らかにされていません。
しかし、誰の心にもこの主人公のように名前を知らないものの記憶に残っている花がひとつはあるのではないでしょうか?
経験した出来事の印象が強いほど、その瞬間に目にした小さなことまではっきり記憶に焼きつくものです。
俯いて別れを悲しむ彼女の向こうに小さな白い花が揺れているのが、主人公の心に色濃く残ったことが窺えます。
また、ただ「白い花」とだけ表現していることにより、聴く人それぞれが自分の思い出の中にある花を思い浮かべて歌詞の情景と重ねることができるでしょう。
大人になった主人公がその白い花を道端で見つけて、初恋のことを思い返している様子が目に浮かびます。
白い雲や月もあの時の悲しさを蘇らせる
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白い雲が浮いてた
ふるさとの 高いあの峰
さよならと言ったら
こだまが さよならと
呼んでいた
さみしかった あのときの
あの白い雲だよ
≪白い花の咲く頃 歌詞より抜粋≫
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「高いあの峰」の上に白い雲が浮かぶ風景に、田舎の自然豊かで穏やかな雰囲気が垣間見えます。
その時彼女は黙ったままでしたが、主人公は彼女の代わりに「こだまがさよならと呼んでいた」のを覚えています。
これは主人公がこだまが響くほど大きな声でさよならと言っていたことや、彼女が言葉を返してくれない寂しい気持ちが表現されているように感じました。
雲の清廉な白さやゆったりとした流れを描くことにより、それとは対照的な「さみしかったあのとき」の心持ちが際立っています。
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白い月が哭いてた
ふるさとの 丘の木立ちに
さよならと言ったら
涙の眸で じっと
みつめてた
悲しかった あのときの
あの白い月だよ
≪白い花の咲く頃 歌詞より抜粋≫
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「白い月が哭いてた」ように見えたのは、主人公が泣きたい気持ちだったからと解釈できるでしょう。
彼女は「涙の眸でじっとみつめてた」と歌われています。
言葉はなくても涙に濡れたその瞳が彼女の想いを物語っているのではないでしょうか。
「じっとみつめてた」というフレーズは、伝える言葉に迷っているようにも、去っていく主人公に恨みがましい気持ちを持っているようにも思えます。
現代とは違って連絡手段が少なかった当時、2人にとってはこれが永遠の別れに思えたことでしょう。
楽曲に登場する白い花と雲と月は故郷を離れてからも目にするものなので、きっと見る度にその時の悲しく寂しい想いが蘇ったはずです。
自分の意思では何も決められない子どもであることの不自由さに直面した少年少女の悲恋がシンプルな言葉で繊細に描かれています。
昭和の名曲に自分の思い出を重ねてみよう
『白い花の咲く頃』は戦後の混乱から抜け出した日本を音楽で支えた名曲です。時代が変わった今、取り巻く環境は当時と全く違いますが、自然の風景の美しさや大切な人と別れる時の悲しさは変わりません。
ぜひ歌詞の情景に自分の思い出を重ねながら聴いてみてくださいね。