「さとうきび畑」で繰り返される“ざわわ”の意味を解説
夏の名曲として日本人の心に焼きついている、森山良子が歌う『さとうきび畑』。
この楽曲は1964年に作曲家の寺島尚彦が歌手・石井好子の伴奏者として本土復帰前の沖縄を訪れた際に着想を得、自ら作詞も手がけた作品です。
11連から成る長編の歌詞には戦争の悲しみと鎮魂の祈り、反戦の願いが綴られています。
森山良子が1969年にレコーディングし自身のアルバムに収録したのが『さとうきび畑』の最初のレコード化で、その後ちあきなおみや夏川りみなど数々のアーティストたちにカバーされ歌い継がれてきました。
さらに2001年にはそれまでショートバージョンでカバーされてきた本作の全11連の歌詞をカバーしたオリジナルバージョンを森山良子がリリースしたことで、再度楽曲への注目が集まりました。
現在でも夏になると必ず耳にする沖縄の名曲ですよね。
この曲に戦争に対する様々な感情がどのように表現されているのか、改めて歌詞の意味を考察していきましょう。
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ざわわ ざわわ ざわわ
広いさとうきび畑は
ざわわ ざわわ ざわわ
風が通りぬけるだけ
今日もみわたすかぎりに
緑の波がうねる
夏の陽ざしの中で
≪さとうきび畑 歌詞より抜粋≫
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全編を通して66回歌われる「ざわわ」のフレーズは、風で揺れるさとうきびの葉が擦れる音を表現しています。
「夏の陽ざしの中で」さとうきびの葉の「緑の波がうねる」情景はのどかで、とても平和的です。
しかし一方で「風が通りぬけるだけ」という言葉から、それ以上何も得られないどこか物悲しい雰囲気が感じられるのではないでしょうか?
寺島尚彦はそのさとうきび畑の下に第二次世界大戦の沖縄戦で亡くなった多くの戦没者たちの遺体が埋まっていることを聞き、この曲を制作したそうです。
さとうきびが起こすそのざわめきが戦没者たちの声のように聞こえたために、「ざわわ」のフレーズが繰り返されていると考えられます。
自分たちが今経験している平和が多くの悲しみの上に築かれたものであることを思い起こさせますね。
父親を亡くした少女
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むかし海の向こうから
いくさがやってきた
≪さとうきび畑 歌詞より抜粋≫
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この曲でさとうきび畑を見つめている主人公は1人の少女です。
その目には畑の向こうに広がる海が映っています。
少女自身は戦争を経験していませんが、当然自分が住んでいる沖縄の地で戦争が起こったことを知っていて、過去の痛ましい歴史に思いを馳せています。
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あの日鉄の雨にうたれ
父は死んでいった
≪さとうきび畑 歌詞より抜粋≫
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1945年に起きた沖縄戦により、少女は父親を失いました。
「鉄の雨」というシンプルな表現により、空襲攻撃の激しさを誰もが想像できるでしょう。
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そして私の生まれた日に
いくさの終わりがきた
≪さとうきび畑 歌詞より抜粋≫
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1945年8月14日に大日本帝国がポツダム宣言を受諾し、全面降伏します。
翌日には昭和天皇による玉音放送が日本全土に響き、終戦となりました。
「私の生まれた日にいくさの終わりがきた」という歌詞から、少女は1945年8月に生まれたことが分かります。
つまり彼女が生まれた時には父親はすでに他界していたのです。
我が子の誕生を見ることなく亡くなった父親の無念の気持ちは計り知れません。
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風の音にとぎれて消える
母の子守の唄
≪さとうきび畑 歌詞より抜粋≫
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当時は両親を共に亡くした戦争孤児が社会問題になっていました。
少女には母親がいましたが、母親の歌ってくれる子守唄が時々「風の音にとぎれて消える」ことがあったようです。
我が子がもうすぐ生まれるという喜びの時に愛する夫を亡くし、戦後の厳しい状況の中で女手ひとつで少女を守らなくてはならなくなった母親の悲しみや苦悩が、このフレーズに込められているように思えます。
父親を求める少女の願いと祈り
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知らないはずの父の手に
だかれた夢を見た
≪さとうきび畑 歌詞より抜粋≫
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少女はある日「知らないはずの父の手にだかれた夢」を見ました。
一度も経験したことのないはずなのにそんな夢を見たのは、それだけ少女が父親の愛を求めているからだと解釈できます。
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父の声をさがしながら
たどる畑の道
≪さとうきび畑 歌詞より抜粋≫
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さらにこの歌詞からも、少女が父親を切に求めていることが窺えます。
この下に父親がいるかもしれない、もしかしたら聞いたことのない父親の声が聞こえるかもしれないと考えて、少女がさとうきび畑の道を歩き回っている姿を思い浮かべると胸が締めつけられるでしょう。
戦争により大切な存在を失った人たちの言いようのない寂しさや喪失感の一片を垣間見ることができます。
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お父さんて呼んでみたい
お父さんどこにいるの
このまま緑の波に
おぼれてしまいそう
夏の陽ざしの中で
ざわわ ざわわ ざわわ
けれどさとうきび畑は
ざわわ ざわわ ざわわ
風が通りぬけるだけ
≪さとうきび畑 歌詞より抜粋≫
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少女は姿を見たことも声を聞いたこともない父親を想像し、「お父さんて呼んでみたい」と願います。
何をしてほしいのでもなく、ただ目の前にいる父親を「お父さん」と呼びたいだけ。
そんな些細で純粋な願いさえ、戦争に奪われてしまったのです。
「お父さんどこにいるの」と語りかけながらあてもなく探し歩いていると、背の高いさとうきびの波に溺れてしまいそうです。
それでもさとうきび畑は風に揺れるだけで、彼女を慰めてもくれません。
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ざわわ ざわわ ざわわ
忘れられない悲しみが
ざわわ ざわわ ざわわ
波のように押し寄せる
風よ悲しみの歌を
海に返してほしい
夏の陽ざしの中で
ざわわ ざわわ ざわわ
風に涙はかわいても
ざわわ ざわわ ざわわ
この悲しみは消えない
≪さとうきび畑 歌詞より抜粋≫
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戦争で家族や親しい人が被害を受けた人たちの悲しみは、そう簡単に消えるものではないでしょう。
どれほど時間が経っても悲しみが「波のように押し寄せる」のを感じることがあるはずです。
風で涙は乾くとしても「この悲しみは消えない」という言葉の通りです。
だから葉を揺らす風に「悲しみの歌を海に返してほしい」と祈ります。
戦争がやってきた海の向こうまでこの反戦歌を届けて、世界から戦争をなくし自分と同じように悲しむ人をなくしたいという強い想いが込められていると考察できます。
力強く反戦を歌っているというよりも静かに非戦を祈っている様子が、当時の人々の切実な気持ちをよりリアルに伝えているように感じます。
歌詞の意味を理解して平和への願いを心に刻もう
『さとうきび畑』はこれまで多くのアーティストが歌唱し、ドラマのモチーフにもなった昭和の日本を代表する楽曲です。美しく穏やかな音楽に乗せた森山良子の想いのこもった歌声が心に沁みますが、何よりも非戦への願いを歌っていることを忘れてはなりません。
いつまでも『さとうきび畑』を歌い続けることによって、この痛ましい歴史を繰り返さないよう後世に語り継いでいきたいですね。