宮崎駿作品「君たちはどう生きるか」への書き下ろし楽曲
米津玄師が2023年7月17日に配信を開始し、26日には前作から約8か月ぶりにCDシングルが発売された新曲『地球儀』は、スタジオジブリの宮崎駿監督が手がける最新作『君たちはどう生きるか』の主題歌です。2013年に引退を表明した宮崎駿監督が復帰するということで制作時から世界中で注目を集めていた作品でありながら、公開までストーリーやキャストなどの情報が明かされず、一切宣伝を行わないという異例の方針を取り謎に包まれていた映画『君たちはどう生きるか』。
第二次世界大戦下の日本を舞台に、母親を空襲で亡くした少年・牧眞人の成長を描く冒険活劇ファンタジーで、監督の集大成とも言えるオリジナルストーリーが展開されていきます。
タイトルは吉野源三郎の同名小説からインスパイアを受けたものであり、この小説が主人公にとって意味を持つものとしてストーリーに関わってきます。
そして主題歌である『地球儀』は、幼い頃から宮崎駿作品から大きな影響を受けてきたという米津玄師が映画のために4年の歳月をかけて書き下ろした楽曲とのこと。
「わたしが今まで宮﨑さんから受けとったものをお返しする為の曲」と語られており、この楽曲がとても大切に作り上げられたことを感じさせます。
ジャケットには主人公の後ろ姿を描いた監督直筆の映画のレイアウト原画が用いられています。
SNSではTwitterの米津玄師スタッフ公式アカウントとジブリ公式アカウントがモールス信号でメッセージをやり取りする展開もあり、大いに盛り上がりました。
どのようなメッセージを込めた楽曲なのか、今回は映画のストーリーには触れずに歌詞の意味を考察していきましょう。
人生は喜びばかりじゃない
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僕が生まれた日の空は 高く遠く晴れ渡っていた
行っておいでと背中を撫でる 声を聞いたあの日
季節の中ですれ違い 時に人を傷つけながら
光に触れて影を伸ばして 更に空は遠く
≪地球儀 歌詞より抜粋≫
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1番の歌詞には生命の誕生の喜びと人生の厳しさが綴られていると解釈できます。
生まれた日の空が「高く遠く晴れ渡っていた」という描写から、主人公が生まれたことを喜ぶ家族の豊かで明るいイメージが想像できるのではないでしょうか。
成長すると1人でも行動できるようになります。
「行っておいでと背中を撫でる声」は母親のものでしょう。
母親の温かく優しい愛情が感じられますが、その「声を聞いたあの日」に何かがあったことは明白です。
おそらく母親を亡くしこれまで受けていた愛情を得られなくなったために、それまでの幸せな光景を思い返しているのだと考察しました。
悲しみの中にあっても時間は過ぎていき、季節が巡っていきます。
年齢を重ねるにつれて人とすれ違ったり相手を傷つけたりすることが多くなり、人間関係の難しさに直面するものです。
光が強ければ強いほど影が濃くなるように、幸せや希望の裏には苦しみや困難が隠れています。
幼いながらにそうした事実を学んだ主人公は、人生の厳しさに圧倒されているのでしょう。
「更に空は遠く」というフレーズは、主人公が自分をちっぽけな存在に感じていることを示しているように思えます。
地球儀を回すように生きていく
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風を受け走り出す 瓦礫を越えていく
この道の行く先に 誰かが待っている
光さす夢を見る いつの日も
扉を今開け放つ 秘密を暴くように
飽き足らず思い馳せる 地球儀を回すように
≪地球儀 歌詞より抜粋≫
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サビの歌詞は前向きな印象を与えてくれます。
「瓦礫」とは人生の中で行く手を阻むような障害や試練のことを指していると考察できますね。
追い風に背中を押されて目の前に積み上がる瓦礫を越えるように、人生で降りかかる数多の困難を主人公が出会う人や得た知識を糧に乗り越えようとしている様子を描いているように感じます。
「この道の行く先に誰かが待っている」という希望を力に変えて励んでいくのでしょう。
いつの日も自分の人生に光が差す夢を見るのは、きっとそうなってほしいと強く願っているからです。
新しい世界へ飛び出すことは、時に「秘密を暴くように」苦しみや痛みを伴うことがあります。
行動したことを後悔することもあるはずですが、主人公は「扉を今開け放つ」と心に決めています。
タイトルでもある「地球儀」は世界の縮図と言えるかもしれません。
その地球儀を回すということは、人が世界を動かしていることを暗示しているのではないでしょうか。
またその中で生きているはずの人間が地球そのものを回すという視点は、世界を俯瞰で見ることを例えているようにも思えます。
目の前のことに圧倒されそうになる時には、客観的になって見方を変えると解決策が見えてくることがあるでしょう。
たとえ失敗しようと自分がどう生きるかを様々な角度から「飽き足らず思い馳せる」ことが、やがてはこの大きな世界を動かすことに繋がっていくから諦めないでいようという真っ直ぐな志が垣間見えます。
どう生きるかは自分次第
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僕が愛したあの人は 誰も知らないところへ行った
あの日のままの優しい顔で 今もどこか遠く
雨を受け歌い出す 人目も構わず
この道が続くのは 続けと願ったから
また出会う夢を見る いつまでも
一欠片握り込んだ 秘密を忘れぬように
最後まで思い馳せる 地球儀を回すように
≪地球儀 歌詞より抜粋≫
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愛する家族を失った悲しみは大きく、喪失感や無力感を抱いてしまうでしょう。
更新されることのない「あの日のままの優しい顔」が瞼に焼きついていて、今もどこかで生きていることを願わずにはいられません。
しかしそうしたつらい過去を乗り越えた先に得るものが必ずあるはずです。
主人公は人目なんて気にせず、冷たい雨を浴びながら歌っています。
この描写はアーティストである米津玄師の姿を投影しているように感じます。
周りが何と言おうと、過去の悲しみを受け止めながら自分が選んだ歌手の道を進み続けるのだと宣言しているかのようです。
「この道が続くのは続けと願ったから」というフレーズも、自身の想いに突き動かされて行動していることを伝えてきます。
過去に囚われて進めなくなるか、未来を見つめて進み続けられるかは常に自分次第です。
諦めてしまった方が楽に思えるとしても、「続け」という願いがその人の行く道を拓かせてくれます。
とはいえ過去を捨てるわけではありません。
失ったものを大切に思っているからこそ「また出会う夢を見る」のであり、「一欠片握り込んだ秘密忘れぬように」と決意しているのです。
今の自分を形作った過去を胸に抱きながら、最後の瞬間まで自分がどう生きるかを真剣に考え続けようとする姿に心の強さが見て取れるでしょう。
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小さな自分の 正しい願いから始まるもの
ひとつ寂しさを抱え 僕は道を曲がる
風を受け走り出す 瓦礫を越えていく
この道の行く先に 誰かが待っている
光さす夢を見る いつの日も
扉を今開け放つ 秘密を暴くように
手が触れ合う喜びも 手放した悲しみも
飽き足らず描いていく 地球儀を回すように
≪地球儀 歌詞より抜粋≫
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失う寂しさを知っている人はきっと、大切な人と「手が触れ合う喜び」や悲しみを手放す苦労を誰よりも知っています。
だから自分が辿ってきた道を誇りに思っていいのです。
世界を動かす物事の全ては、誰かの心に宿った「正しい願い」から始まります。
いつも順風満帆とはいきませんが、それでも自分の小さな願いがいつか輝かしい未来に繋がると信じて進むなら、自分の人生に胸を張れるということを教えてくれているような気がします。
「君たちはどう生きるか」あなたの答えは?
米津玄師の『地球儀』は主人公の実直な思いや生き様にスポットを当て、“君たちはどう生きるか”という問いかけに1つの答えを出しているように感じました。その答えは人によって異なるため、誰もが自分自身の答えを見つけていかなくてはならないことに気づかされます。
ぜひ映画のストーリーと主題歌の歌詞に注目して、自分の人生についてじっくり考えてみてください。