想像を絶する幼少期
日本を代表するヒップホップMC、ラッパーとして活躍するZORN(ゾーン)。家族や仕事など自身の経験を盛り込んだ等身大のリリックと複雑な韻を操り、唯一無二のスタイルでリスナーを魅了してきました。
なかでも2021年5月9日にリリースされた『家庭の事情』では、過去の家庭の事情から現在に至るまでの心境の変化をストレートに歌っています。
ZORNの壮絶な半生が綴られた歌詞の意味を考察していきましょう。
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人生の最初の方
洗い物の溜まった台所
ママがパパのこと刺し殺そうとしても
親は選べない子供
コンビニ弁当がお袋の味
いつも着てる洋服も同じ
幼稚園のカバンから注射器
家の中が18禁
だけど受けた愛情
夜はちゃあちゃんが来れば大丈夫
友達の家とはズレた環境
覚えてねーし忘れらんないよ
弟とご飯にたまごかけた
一家団らんに憧れた
人が聞いたら唖然としそう
誰にも言えない家庭の事情
≪家庭の事情 歌詞より抜粋≫
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1番で歌われるのは幼少期の様子です。
「洗い物の溜まった台所」のフレーズから家事が滞っていることが窺えます。
「ママがパパのこと刺し殺そう」とするという恐ろしい光景は、たとえ本気ではなかったとしても子供心に強烈な印象を残したことでしょう。
「親は選べない子供」という表現からは、親のいさかいが自分のせいだと思っていることが伝わってきます。
いつも食べているのはコンビニ弁当で、服を変えてもらうこともできない日々。
親が幼い彼を気にかけておらず、自分本位に暮らしていた状況が読み取れます。
とはいえ夜になれば「ちゃあちゃん」、つまり祖母が訪ねてきて愛情をかけてくれたようです。
それでも寂しくないはずがありません。
小さな男の子が弟と2人でたまごかけご飯を食べながら、周囲では当たり前に経験している一家団欒に憧れている気持ちを想像すると胸が詰まります。
「友達の家とはズレた環境」にいることを誰かに言いたくても言えない苦しさにも悩まされていたことが容易に想像できるでしょう。
道を外れた思春期
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親父が出てった思春期
知らねーホストが寝てた自分ち
あんたなんか産まなきゃよかった
こんな家生まれなきゃよかった
説教も発狂もうっせーよ
安らぎは爆音の重低音
毎夜犯罪 逮捕三回
転がる錠剤と愛の残骸
留置所 鑑別 少年院
家庭裁判所も常連に
これがこの子を導くと
弁護士が持ってきたリリック帳
鉄格子の中で白湯にパン
親子の間のアクリル板
こんな曲は名誉毀損?
死ぬほど憎んだ家庭の事情
≪家庭の事情 歌詞より抜粋≫
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思春期には父親が出て行ってしまい、母親はホストを家に連れ込むようになります。
そんな状況では家が自分の居場所であるとは感じられなくなったはずです。
そして母親から説教されたり、ヒステリックな様子に苛立ったりして喧嘩が絶えなくなっていたのでしょう。
「あんたなんか産まなきゃよかった」、「こんな家生まれなきゃよかった」という激しい言葉の応酬があったようです。
そんな家庭環境に反発して家を飛び出した彼は、犯罪を繰り返すようになります。
短い言葉で端的に表現されていますが、どんな生活を送っていたかがありありと見えてきますね。
壮絶な家庭の事情を抱えた自分の人生はこんなものだと諦めて、未来を捨てるような生き方をしていたと思われます。
そんなある時、弁護士が「これがこの子を導く」とリリック帳を持ってきたことから、彼の人生は変化していきます。
少年院では「鉄格子の中で白湯にパン」だけの質素な食事をし、母親とアクリル板越しに面会する日々が続きますが、それでも確かに音楽が彼を支えたのでしょう。
母親は「こんな曲は名誉毀損」と言うかもしれませんが、あの頃の自分の「死ぬほど憎んだ」気持ちを分かってほしいと切に願って書いていることが読み取れます。
今なら言える感謝の気持ち
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俺も反省 親も反省
壊れた家庭 一緒に再生
今ならどんな過去も愛せる
復縁した二人 孫を抱いてる
枯れるくらいに泣かせてごめん
そこら中 頭下げさせてごめん
息子の面会ってどんな気持ち?
その帰り道はどんな気持ち
結局自分のせい
親だって完璧じゃない人間
恨んじゃない ありがとうが言いてー
危ねー あやうくまともな人生
これがラップなんだ わりーな
バカ息子見に来い 横浜アリーナ
ろくな思い出じゃねーのによ
感謝しかない家庭の事情
≪家庭の事情 歌詞より抜粋≫
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3番では、大人になってから心境の変化があったことを明かしています。
お互いに反省し、壊れてしまった家庭を「一緒に再生」していこうと気持ちをひとつにすることができたようです。
父親と母親は復縁し、今は孫を抱いています。
新しい関係性を築けたからこそ「今ならどんな過去も愛せる」と言えるのでしょう。
思春期の頃に枯れるくらい泣かせたこと、何度も頭を下げさせたことへの謝罪が心に沁みます。
少年院で息子と面会した時やその帰り道に親がどんな気持ちだったかを知ろうと思えるようになったのは、自分にも子供ができたからなのかもしれません。
これまで自分の行いを親のせいにしてきたものの自分も親になって「親だって完璧じゃない人間」だと悟り、道を外れたのは「結局自分のせい」なんだと受け止められるようになったことが分かります。
そして感謝を伝えたいから自分のライブを見に来てほしいと両親に向けて伝えています。
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うるせー黙れ ほっといてくれよクソババア
花の一つも渡せない息子だった
でも今なら そう
いや今さら そう
曲を贈ろう ろくでもないクズの賛歌
≪家庭の事情 歌詞より抜粋≫
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フックでは母親に対して荒々しい言葉で接していた過去を思い返しているようです。
「花の一つも渡せない息子だった」自分が「今なら」感謝を伝えられる、「今さら」だけど感謝の曲を贈りたいという真っ直ぐな気持ちが綴られています。
家庭の事情に苦しみ間違った道に進んだ時期があったものの、その日々がなければ今のラッパーとしての自分は存在していなかったと心から思っていることが「ろくでもないクズの賛歌」のフレーズから感じ取れます。
ストレートな言葉が心に沁みる!
ZORNの『家庭の事情』は、想像を絶するような家庭環境で育った彼がどんな景色を見、どのように音楽によって自分の世界を切り拓いていったかを垣間見ることができる楽曲です。私たちひとりひとり、様々な家庭の事情を抱えながら暮らしています。
心揺さぶるZORNの言葉を聴きながら、ぜひ自分の気持ちと向き合ってみてください。