ドラマ「高校教師」主題歌としてリバイバルヒットした名曲
1993年、教師と生徒の禁断の愛を描いて大ヒットしたドラマ『高校教師』。
同性愛や性暴力といったセンセーショナルなテーマ、解釈が分かれる意味深なラストシーンなどで大きな波紋を呼び、最終話では33%の高視聴率を記録した名作中の名作です。
そんな『高校教師』の主題歌が、今回考察する森田童子『ぼくたちの失敗』。
森田童子は、1975年から1983年にかけて活動していた女性のシンガーソングライターです。
実名や素顔は一切公表せず、カーリーヘアとサングラスをトレードマークに独特な世界観を確立させていました。
『ぼくたちの失敗』は1976年にリリースされた楽曲で、ドラマ主題歌への起用をきっかけに猛烈なリバイバルヒットを記録。
その人気は今でも根強く、2023年11月30日にはシングルEP『ぼくたちの失敗』アナログ盤の初復刻が決定しています。
しっとりと、そして凛と心に響く『ぼくたちの失敗』の歌詞には、果たしてどのようなストーリーが見出せるのでしょうか。
やさしい「君」と弱虫な「ぼく」
まずは前半の歌詞から見ていきましょう。
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春のこもれ陽の中で
君のやさしさに
うもれていた ぼくは
弱虫だったんだヨネ
≪ぼくたちの失敗 歌詞より抜粋≫
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『ぼくたちの失敗』に登場するのは、やさしい「君」と弱虫な「ぼく」。
そして「ぼく」は、温かな「君」の人柄に甘えてしまっていたと回顧している様子です。
今回の考察では、そんな「ぼく」と「君」が親しい関係でありながら一線を越えられなかったという仮定で解釈を進めたいと思います。
もとは友人同士だった2人や、教師と生徒のような隔たりのある2人などを想像しながら歌詞を吟味していきましょう。
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君と話し疲れて
いつか 黙りこんだ
ストーブ代わりの電熱器
赤く燃えていた
≪ぼくたちの失敗 歌詞より抜粋≫
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1つ屋根の下、時間を忘れてたくさんの話をし、ついには黙り込んだ2人。
言葉を交わし尽くした後の沈黙には、何かが始まりそうな予感がしますね。
しかし続く歌詞は「電熱器(電流による発熱を利用した加熱器具)」の描写です。
その電熱器が「赤く燃えていた」というのは、2人とも黙り込んだまま一点を見つめ続けていたことを表しているのかもしれません。
あるいは「ストーブ代わりの電熱器」は2人の愛情についての比喩で、温めてくれる人がいない者同士の愛を表現しているとも考えられます。
「ストーブ」が本物の温かな愛、「電熱器」がその代わりとしての一時しのぎの愛といったイメージです。
孤独を抱えた2人が半ば現実逃避をするかのように愛し合う。
そのような愛はたとえ赤く燃えていても、どこか仮初めのように思えますね。
続く歌詞はこちらです。
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地下のジャズ喫茶
変れない ぼくたちがいた
悪い夢のように
時がなぜてゆく
≪ぼくたちの失敗 歌詞より抜粋≫
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場所は「地下のジャズ喫茶」。
「変れないぼくたちがいた」というフレーズからは、一歩踏み込めない曖昧な関係が続いていることがうかがえます。
音楽が流れていれば、沈黙に伴う焦りや緊張、気まずさなどはいくらか和らぐことでしょう。
しかし「ぼく」は、そんな一場面を「悪い夢のように時がなぜていく」と表現しています。
もしかしたら「ぼく」はジャズに関心がなく、ただただ水滴がグラスをなでるのを見て時間をやり過ごしていたのかもしれません。
一緒にいながらも、どこか気持ちが本気になり切れていない。
そんな「ぼくたち」でした。
「ぼくたちの失敗」が意味するものとは?
続いて、後半の歌詞を見ていきましょう。
前半の歌詞では一緒にいた過去が綴られていましたが、ここからは会わなくなって何年も経った現在が描かれているように読み取れます。
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ぼくが ひとりになった
部屋にきみの好きな
チャーリー・パーカー
見つけたヨ
ぼくを忘れたカナ
≪ぼくたちの失敗 歌詞より抜粋≫
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会うことがなくなって「ひとり」になった「ぼく」は、部屋でチャーリー・パーカー(アメリカのジャズミュージシャン)のレコードか何かを見つけたようです。
もしかしたらこの瞬間がきっかけで2人の思い出を回顧することになったのかもしれませんね。
「きみ」のことを思い出したものの、「ぼくを忘れたカナ」と少し寂しそうな「ぼく」。
空虚感や自嘲的な雰囲気も伝わってくる歌詞ですね。
しかし、次の歌詞からは「ぼく」と「君」が久々の再会を果たしたことがわかります。
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だめになった ぼくを見て
君も びっくりしただろう
あの子はまだ元気かい
昔の話だネ
≪ぼくたちの失敗 歌詞より抜粋≫
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特に印象深いのは「だめになったぼく」という部分ではないでしょうか。
何かの病におかされてしまったのか、社会のレールから外れてしまったのか。
いずれにせよ「君」の温もりを失ったことで「ぼく」の人生は大きく変わってしまったようです。
「君もびっくりしただろう」という言葉には、自分自身もここまで落ちるとは思わなかった…というようなニュアンスがくみ取れますね。
続く「あのこはまだ元気かい 昔の話だネ」からは、時間や成長が止まったような「ぼく」と、着実に人生を歩んでいる「きみ」との温度差が感じられます。
たくさん話し込んだあの頃には、もう戻れないのですね。
最後は、冒頭の歌詞が繰り返されます。
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春のこもれ陽の中で
君のやさしさに
うもれていた ぼくは
弱虫だったんだヨネ
≪ぼくたちの失敗 歌詞より抜粋≫
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ここまでの考察を踏まえると「春のこもれ陽」は、今の「ぼく」から見たちらちらと輝く若い頃や青春時代の比喩だと解釈できそうです。
仮初めの温もりを与え合っていたつもりだった「ぼく」は、実のところ「君のやさしさにうもれていた」だけだった。
過去を思い返し、そして「君」に会ったことで気づいたその事実が、おそらく「ぼく」にとっての “失敗” なのでしょう。
一方、優しい性格の「君」からすると、自分の一時的な甘えや行いが「ぼく」の人生を狂わせてしまったかのように感じられます。
自身が温もりを欲するあまり大事な人を駄目にしてしまったのが「きみ」にとっての “失敗” だといえそうですね。
かつてそばにいた2人の、未熟だったがゆえのあやまち。
その1つ1つが「“ぼくたち”の失敗」なのかもしれません。
森田童子の世界観に浸ろう
今回は、森田童子『ぼくたちの失敗』の歌詞の意味を考察しました。「ぼく」と「君」の静かで温かい過去や、時とともに開いていった2人の温度差がしっとりと綴られた情緒的な歌詞でしたね。
2人の関係性をどのように捉えるか、そしてそれに伴う「失敗」とは何だったのか。
ドラマ『高校教師』を見た人もそうでない人も、それぞれ独自の解釈を広げられそうな余白も魅力的でした。
名作ドラマの主題歌としてはもちろん、1つの名曲として今後も『ぼくたちの失敗』は多くの人の心に響き続けるのでしょう。
ちなみに2023年は、森田童子のラストアルバム『狼少年 wolf boy』の発売からちょうど40年になります。
『ぼくたちの失敗』の復刻版と合わせて、ぜひとも彼女の世界観に浸ってみてください。