「可愛いあの子」を想う独特なラブソングを解釈
明るい曲調と陰のある歌詞、キュートで繊細なウィスパーボイスが魅力のシンガーソングライター・なるみや。『醜形恐怖症』や『永眠のすゝめ』など、ポップでありながら闇を感じさせる楽曲で急速に人気を集めているアーティストです。
今回考察するのは、そんななるみやが2023年9月5日に配信リリースした『可愛いあの子が気にゐらない』。
同年10月の Billboard JAPAN「TikTok Weekly Top 20」で2週連続5位にランクインして大きな話題を呼びました。
リリースと同日に公開されたイラストMVも人気で、その再生回数はすでに240万回を超えています(11月15日現在)。
『可愛いあの子が気にゐらない』では、主人公が抱える「可愛いあの子」への恋慕や憂鬱がリズミカルに表現されているようです。
そんな独創的なラブソングの歌詞には、果たしてどのような意味が込められているのでしょうか。
同性愛の現実に思い悩む「私」
今回の考察では、主人公と「あの子」が女子高生同士であると仮定して解釈をしています。
片思いの同性愛をイメージしながら歌詞の意味を読み取っていきましょう。
まずは1番の歌詞です。
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芽吹きだしてるあの子の春に
気づかないほど鈍くはないわ
時効外れの恋慕がもたらす
季節外れの熱中症よ
≪可愛いあの子が気にゐらない 歌詞より抜粋≫
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「芽吹きだしてるあの子の春」を敏感に察知した主人公。
きっと「あの子」は、恋をして少しキレイになったのでしょうね。
ひと足さきに春が来た「あの子」ですが、主人公の片思いは「時効外れ」。
いくら季節が過ぎても、遠くから眺めるだけの片思いがずるずると続いていることが読み取れます。
続くフレーズ「季節外れの熱中症」は、新しい春になっても片思いに悩まされ、夏を待たずして「あの子」への熱情でぼーっとしている状態だと解釈できそうです。
次の歌詞でも、そんな恋の病にかかった主人公の現状がうかがえます。
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あぁ その髪の
ふと香る甘美に魅せられて
ほら、もうとっくに手遅れです、
もう どっくん、どっくん、です
≪可愛いあの子が気にゐらない 歌詞より抜粋≫
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愛しの「あの子」とすれ違ったのか、春風が二人を通り過ぎたのか。
ふと香った甘美な彼女の髪に、主人公は骨抜きです。
あまりの魅力にくらくらになり、胸の鼓動は「どっくん、どっくん」と高鳴っています。
恋する前には戻れない「手遅れ」の病。
恋の病に苦悩する主人公の心情は、続くサビの歌詞で語られています。
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可愛いあの子が気に入らない
悩める睫毛と恋する乙女の
瞳を私は見逃さない
友達なんかになりたくない
どうして愛しいの それでいて
どうしてこんな憎らしいの
青い春に咲くあの子が気に入らない
≪可愛いあの子が気にゐらない 歌詞より抜粋≫
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物憂げな表情や上の空の瞳。
「恋する乙女」に特有の色気を「あの子」に見たらしい主人公。
複雑な思いに駆られ「可愛いあの子が気に入らない」とスパッと言い切ります。
続く「友達なんかになりたくない」というのは、無難な友情で自分の気持ちを誤魔化したくないという意味でしょうか。
愛しさに憎らしさが入り混じっている原因は、大好きな「あの子」は実りうる恋愛をしているのに「私」の恋慕は実りそうにないという不公平感かもしれませんね。
同じ女性同士なのに、恋の相手が異性か同性かで明暗が分かれる現実。
明るく花咲く「あの子」の青春に「気に入らない」という暗い感情が湧くのも無理はないように思えます。
「あの子の恋よ実ってしまえ」
ここからは2番以降の歌詞を考察していきましょう。
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私の中の咲かない恋を
打ち明けるほど未熟じゃないわ
そのすました眉毛の動くとこ
見てみたいと思いはしますが
≪可愛いあの子が気にゐらない 歌詞より抜粋≫
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「私の中の咲かない恋」は、自分が同性愛者であるがゆえの報われない恋のことだと推測できます。
そして「私」が「あの子」にそれを打ち明けることは、おそらく愛の告白と同じ意味を持つのでしょう。
「すました眉毛」が動くような、まだ見たことのないほぐれた表情も見てみたい。
そんな細やかな望みがありながらも主人公は「あの子」への想いを秘め続けます。
次の歌詞も見てみましょう。
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あぁ この熱が
伝わってしまうような気がして
その、指先に触れることも、
まだ 億劫、億劫、です
≪可愛いあの子が気にゐらない 歌詞より抜粋≫
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季節外れの熱中症でほてった身体。
その熱が伝わってしまう不安感から、主人公はいまだ「あの子」の指先に触れることさえできません。
遠くから眺めたり、香りを感じたりするのが今の主人公の精一杯。
彼女自身も「あの子」と同じ「恋する乙女」なのですね。
続くサビでも、直接的に触れ合えない寂しさやもどかしさが伝わってきます。
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二人に交わる想いは無い
あなたの恋する瞳が好きです
わたしの想いは救われない
友達なんかになりたくないのになあ
≪可愛いあの子が気にゐらない 歌詞より抜粋≫
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誰かに恋する「あなた」と「あなた」に恋する「わたし」。
一方通行の「わたし」の想いが「あなた」に届くことはないという諦めが切なく響きます。
同性同士であれば「友達」に収まるハードルは低いでしょうが、あくまで主人公は恋心に忠実でいたいようです。
さらに続く歌詞はこちら。
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あぁ その唇に
二度と忘れられぬ「降参」を
≪可愛いあの子が気にゐらない 歌詞より抜粋≫
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この部分については、なるみや本人によって「もういっそトラウマになるちゅーしてやろうか!」という意味があると明かされています。
また「降参」は「高3」とかけているそうです。
最後の高校生活ということもあり、いっそのこと捨て身で全部をぶつけようという危険な思考が主人公によぎっていることがうかがえますね。
しかし、以降の歌詞(やMVの背景)からは、主人公の考えや行動が変わらないままいたずらに季節が過ぎていったことが読み取れます。
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可愛いあの子が気に入らない
悩める睫毛と恋する乙女の
瞳を私は見逃さない
友達なんかになりたくない
可愛いあの子が気に入らない
どうにもあの子が気に入らない
どうして愛しいの それでいて
どうしてこんな憎らしいの
青い春に咲くあの子が気に入らない
可愛いあの子の恋よ 実ってしまえ
≪可愛いあの子が気にゐらない 歌詞より抜粋≫
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叶わぬ恋に悩む主人公はどうしても「可愛いあの子が気に入らない」様子。
青春を謳歌する「あの子」に対して愛と憎しみが止まりません。
そして締めの歌詞は「可愛いあの子の恋よ 実ってしまえ」。
芽吹き、花開いた「あの子の恋」の行方は明かされることなく曲は終わります。
主人公にとっては、芽吹いて華やいだ「あの子」よりも、恋が実って落ち着いた「あの子」の方がいくらか眩しさが治まって見えるのかもしれません。
それが叶えば、今ほどのジレンマや動揺に悩まされず「あの子」への想いを胸に納めることができそうですね。
救われない「私」にも明るい春を
今回は、なるみや『可愛いあの子が気にゐらない』の歌詞の意味を考察しました。リズミカルな和風の曲調も相まって、実らない片思いの苦悩が軽快かつエモーショナルに響く歌詞でしたね。
今まさに片思いをしている人にとっては特に共感できる楽曲だったのではないでしょうか。
また、同性愛を仮定することでいっそう独自性を帯びる「愛しさと憎らしさの恋愛模様」も儚い雰囲気で魅力的でした。
報われそうな「あの子」と救われない「私」が好対照をなす青春ラブソング。
いつか「あの子」だけでなく「私」にも明るい春が訪れるといいですね。