不思議な世界へ誘う「みんなのうた」
2002年8月、NHK「みんなのうた」にて『恋花火』でデビューを飾った諫山実生(いさやまみお)。ピアノの弾き語りを基本スタイルとして、圧倒的な歌唱力で安らぎや癒しを届けるシンガーソングライターです。
今回考察するのは、2004年12月にリリースされた名曲『月のワルツ』。
自身2度目の「みんなのうた」となった楽曲で、ジャズワルツのリズムに乗せてファンタジックな詞世界が展開されます。
『月のワルツ』の作詞は、『美女と野獣』や『フレンド・ライク・ミー』の日本語詞を書いたことでも知られる作詞家・湯川れい子が手がけました。
おとぎ話の世界に迷い込んだような独特の歌詞には、はたしてどのような意味やストーリーが見出せるのでしょうか。
夢の世界は「不思議の国」?
まずは1番の歌詞から考察していきましょう。
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こんなに月が 蒼い夜は
不思議なことが 起きるよ
どこか深い 森の中で
さまよう わたし
≪月のワルツ 歌詞より抜粋≫
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英語で「blue moon」は「めったにないこと」の比喩として使われます。
不思議なことが起こりそうな「月が蒼い夜」、どことも知れない「深い森の中」に迷い込んだ「わたし」。
「森の中」は夢の中を意味しているのかもしれませんね。
そして主人公を迎えたのは、まるでおとぎ話のワンシーンのような風変わりな世界でした。
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タキシード姿の うさぎが来て
ワインはいかが?と テーブルへ
真っ赤なキノコの 傘の下で
踊りが始まる
≪月のワルツ 歌詞より抜粋≫
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「タキシード姿のうさぎ」や「真っ赤なキノコの傘」。
主人公の夢の世界は、ルイス・キャロルの童話『不思議の国のアリス』をモチーフに構成されているようですね。
ただ『不思議の国のアリス』では、基本的に主人公のアリスはうさぎを追いかける側でした。
一方、『月のワルツ』の主人公は、ビシッとタキシードを決めたうさぎに「ワインはいかが?」とテーブルへ導かれています。
これを踏まえると、現実の「わたし」はアリスのような少女ではなく大人の女性であるとも解釈できそうですね。
踊りも始まり、とても楽しげなワンダーランド。
しかし続く歌詞では、主人公の穏やかでない心境がつづられます。
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貴方は何処にいるの?
時間の国の迷子
帰り道が 解らないの
待って 待っているのに
≪月のワルツ 歌詞より抜粋≫
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「貴方」を探し、待ち続けている「わたし」。
彼女が「時間の国の迷子」であるというのは、時間に縛られた現実から夢の世界に迷い込んだという意味でしょうか。
帰り道もわからず、主人公はただただ大切な誰かを探し求めます。
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眠れぬ この魂は
貴方を捜し 森の中
「月の宮殿」の王子さまが
跪いて ワルツに誘う
≪月のワルツ 歌詞より抜粋≫
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「眠れぬこの魂」という表現からは、やはり一連の歌詞が夢の中の話であるということがうかがえますね。
「貴方」を求めさまよう森の中、巡り合ったのは「月の宮殿(チャンドラ・マハル)の王子さま」。
「チャンドラ・マハル」は実在する宮殿で、“月光の宮殿”とも称されるインドの名所です。
西洋的なファンタジー世界に突然現れた東洋の王子さま。
彼は、主人公の想い人「貴方」が投影された人物なのかもしれません。
「跪(ひざまず)いてワルツに誘う」魅惑の王子さまの登場で、1番は幕を閉じます。
「愛することは信じること」
続いて、2番以降の歌詞を見ていきましょう。
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睫の長い 蝶々たちが
シフォンのドレスでひらひらと
虹色タイツの かぶと虫は
剣の ダンス
求めるものは なあに?
誘惑の 迷宮
ミルク色の 霧の彼方
確かな 愛が欲しい
≪月のワルツ 歌詞より抜粋≫
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ファンタジックな装いの「蝶々(ちょうちょう)たち」や「かぶと虫」。
森の住人たちの華やかなダンスは想像するだけでワクワクしてきますね。
実際にその場にいたら、一緒に踊りたい気持ちやずっとそこに留まりたい誘惑に駆られてしまいそうです。
そんな「誘惑の迷宮(ラビリンス)」も「ミルク色の霧の彼方」。
乳白色の濃霧(milky fog)に覆われる主人公に、突如として「求めるものはなあに?」という問いが迫ります。
それに対する彼女の答えは「確かな愛が欲しい」。
今いるワンダーランドが夢の中であることを考慮すると、この問いかけと回答は主人公の自問自答であるとも考えられますね。
「確かな愛が欲しい」という潜在的欲求が明らかになったところで、次の歌詞も見てみましょう。
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冷たい この 爪先を
白鳥の羽根で くるんで
「月の宮殿」の王子さまは
貴方に似た 瞳で
笑う
≪月のワルツ 歌詞より抜粋≫
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再び登場した王子さま。
主人公の冷たい爪先を「白鳥の羽根でくるんで」笑ったとのことです。
『野の白鳥(別名:白鳥の王子)』というアンデルセンの童話では、主人公の兄が呪いによって白鳥に変えられてしまいます。
これを踏まえると、「わたし」にとっての大切な「貴方」は、恋人やまだ見ぬ王子さまのほか、血のつながった兄弟である可能性も考えられそうですね。
彼女が求める「確かな愛」の解釈が広がったところで、終盤の歌詞に入ります。
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"満ちては 欠ける
宇宙を行く
神秘の 船
変わらないものなど無い、と
語りかけて
くるよ"
≪月のワルツ 歌詞より抜粋≫
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満ち欠けする「宇宙を行く神秘の船」は、おそらく月をたとえたものでしょう。
「変わらないものなど無い」と語りかけるように、日々その形や光の具合が変化する月。
そんな月を見て、主人公は「いつまでも彼を待ってはいられない」や「いつまでもこの世界に留まってはいられない」と思い至ったのでしょうか。
主人公の心は、うっすらと「わたしも変わらなければ」という思いに向かっているように読み取れますね。
最後の歌詞はこちら。
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こんなに月が 蒼い夜は
不思議なことが 起きるよ
どこか 見知らぬ 森の中で
さまよう わたし
こんなに月が 蒼い夜は
不思議なことが 起きるよ
愛することは 信じること
いつかその胸に抱かれ
眠った夢を見る
≪月のワルツ 歌詞より抜粋≫
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不意に現れる「愛することは信じること」というフレーズが印象的です。
愛と信頼がイコールであるなら、「確かな愛」を望んでいた主人公は「確かな信頼」を欲していたとも解釈できます。
そんな「わたし」が夢に見るのは、愛する「貴方」の胸に抱かれて眠っていたときのこと。
今の主人公の現実では、かつて持ち合わせていた愛や信頼が欠けているのでしょうか。
それらが再び満ちる(=現実が充足する)まで、主人公は夢の中で「月のワルツ」を踊り続けるのかもしれません。
「月のワルツ」で各々のワンダーランドを
今回は、諫山実生『月のワルツ』の歌詞の意味を考察しました。ファンタジックな夢の世界と、不意に突き刺さる意味深なフレーズが心地よく展開される歌詞でしたね。
それこそ、まっすぐな名言が多いおとぎ話に通ずる独特な魅力があったのではないでしょうか。
また、ユニークなキャラクターが現れる森の中の描写に対して、当の「わたし」や「貴方」については多くが語られないというのも印象的でした。
こういった点も、聴き手の豊かなイマジネーションを大いにかき立てるのでしょうね。
あなたもぜひ、自分自身の想像力で『月のワルツ』のワンダーランドを思い描いてみてください。