歌詞とMVに散りばめられた小ネタを解説!
2023年11月29日にYouTube・ニコニコ動画にて投稿された吉田夜世 feat.重音テトによるボカロ曲『オーバーライド』が話題を集めています。縦ノリしやすい軽快なメロディと見どころ満載のMVが好評を呼び、翌年3月6日には投稿から100日以内で自身初のミリオンを達成。
タイトルの「オーバーライド(override)」とは乗り越える、優位に立つなどの意味を持つ英単語です。
またITの分野では、ある場所で定義された機能や動作を別の定義で上書きすることを指して用いられます。
『オーバーライド』の歌詞とMVにはネットミームが散りばめられており、現在この楽曲を使用した音MADが多く投稿されて新たなネットミーム化しています。
過去に登場したネットミームを使った楽曲が新たにネットミームを生み、定義を上書きしているというイメージが現実になったことを感じ取れます。
歌詞とMVの内容に注目しながら、作品に込められた意味を考察していきましょう。
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バッドランドに生まれた
だけでバッドライフがデフォとか
くだらないけど、それが理なんだって
もう参っちゃうね
≪オーバーライド 歌詞より抜粋≫
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「バッドランド」は不毛の土地のことを表しますが、おそらく問題ばかりで実りの少ない現実世界を比喩的な意味で表現したフレーズだと思われます。
悪い世界に生まれただけで人生までつらいことだらけなのが「デフォ(デフォルト)」なんてくだらないと感じるものの、「それが理」で当然のことのように身に降りかかっているため、主人公はうんざりしているようです。
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抗うために
エスケープ・フロム・デンエン
蛇のように這い、善戦
だけど最後、逆転の一手だけ
何故か詰められないの!
≪オーバーライド 歌詞より抜粋≫
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この部分は「エスケープ・フロム・デンエン(escape from 田園)」「蛇」というフレーズから、旧約聖書に記されている失楽園のストーリーをモチーフにしていると考察できます。
神の支配に抗おうとして蛇の誘いに乗ったアダムとイブは、禁断の実を食べて善戦したように思えたかもしれませんが、罪を犯したことで楽園から追放されてしまいました。
詰めが甘く、大切なところで失敗しがちな人間の不器用さが読み取れます。
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暗い無頼社会 vs. BRIGHT未来世界
ならちょっと後者に行ってくる
大丈夫か?うるせえよ
≪オーバーライド 歌詞より抜粋≫
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見事な韻を踏むこのフレーズでは、対照的な世界を取り上げています。
暗くて頼みにするところのない社会と明るく未来が輝く世界なら、誰もが後者に行きたいと思うでしょう。
続く「大丈夫か?」は2011年発売の3Dアクションゲーム『El Shaddai -エルシャダイ-』に登場しネット流行語大賞にも選ばれた、大天使ルシフェルが主人公イーノックに告げた「そんな装備で大丈夫か?」のセリフから取られていると解釈できます。
行動を起こそうとした主人公に対し周囲は心配して声をかけますが、それも煩わしくて「うるせえよ」と一蹴している様子が伝わりますね。
人生のあれこれはガチャ次第?
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限界まで足掻いた人生は
想像よりも狂っているらしい
半端な生命の関数を
少々ここらでオーバーライド
…したい所だけど現実は
そうそう上手くはいかないようで
吐いた言葉だけが信条だって
思われてまた 離れ離れ
≪オーバーライド 歌詞より抜粋≫
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「バッドライフ」に抗おうと限界まで足掻いた結果、想像していたよりも自分が狂ってしまったことを感じます。
「関数」とは、ある値に基づいて各々の処理を行うことやその結果を意味するものです。
ここでは「生命の関数」とあるため、人生のことを指していると解釈できるでしょう。
狂った日々によって半端な状態になった自分の人生を、そろそろ上書きして修正したいと思っているようです。
とはいえ現実は思うようにうまくはいきません。
迂闊に語った言葉だけを切り取ってそれが自分の信条だと勘違いされ、その奥にある本心に気づいてもらえないまま人が離れていきます。
言葉のやり取りが簡単になった分、人との関係が崩れやすくなった今のネット社会を表しているのでしょう。
MVの重音テトの気分が浮き沈みする表情がどこかAiobahnの『INTERNET YAMERO』を彷彿とさせるところも、ネット社会への問題提起と考えられます。
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まぁ、この世の中ガチャの引き次第で
何もかも説明つくわけだし?
巻き返しに必要な力で
別の事頑張ればいいじゃん(笑)
まぁ、この地獄の沙汰も金次第で
どこまでも左右出来るわけだし?
アンタが抜け出せるわけがないよ(笑)
それで話はおしまい?
ならば もう こないからねー
≪オーバーライド 歌詞より抜粋≫
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2番が始まると、MVは手書き風の黒枠と濃黄色の背景に変化します。
これはすりぃの8作目のボカロ曲『テレキャスタービーボーイ』のオマージュでしょう。
また、映像下部では丸い顔の重音テトが2つ回転しています。
こちらは「東方Project」に登場する博麗霊夢・霧雨魔理沙をモチーフにしたアスキーアートとして誕生した“ゆっくり饅頭”を模したものと思われます。
重音テトとは2ちゃんねる発祥であることや機械音声であることが共通しているため、関連づけて用いられたのでしょう。
歌詞に注目すると、「この世の中ガチャの引き次第で何もかも説明つく」と歌われています。
2021年にネットスラングとして広まった「親ガチャ」をはじめとして、自分にコントロールできない要素で人生が決まることを意味する「○○ガチャ」という俗語を表していると解釈できそうです。
何でも「ガチャ」で片づける人たちが、巻き返そうと努力している人を鼻で笑っているような印象を受けます。
「地獄の沙汰も金次第」の成句は、世の中のことは全て金の力で左右されるという考えを示しています。
彼らは、そういう世の中だから金のない「アンタが抜け出せるわけがないよ(笑)」と主人公を馬鹿にします。
「もうこないからねー」は2005年発売のニンテンドー3DS用ソフト『たまごっちのプチプチおみせっち』にて、最低評価を出すことでまるっちが言い放つセリフです。
馬鹿にしてくる人たちに向けて、はっきりと関わり合いになりたくないという意思表示をしていることが読み取れます。
MVでも対照的な性格のまるっちとまめっちを模したキャラクターが描かれており、同時にボカロ界を牽引し続けている初音ミクと新参者の重音テトというボーカロイドの対比も見えてきます。
制作者の意図を知らないユーザーたちへ
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豪快さにかまけた人生は
きっと燃やされてしまうらしい
じゃあワタシなど要らないと
蹴った果てにいた付和雷同
シタイだけ探した冒険TONGUE
どうか消えるまでスタンド・バイ・ミー
撒いたエラーすら読んじゃいない
人間の思う事は知らないね!
≪オーバーライド 歌詞より抜粋≫
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「豪快さにかまけた人生はきっと燃やされてしまうらしい」という歌詞は、大それたことをしようとすると失敗してネットでの炎上に繋がってしまうことを意味しているのでしょう。
「付和雷同」は自分にしっかりした考えがなく、無暗に他人の意見に同調することを指します。
自分の意思で行動すると失敗するなら「ワタシなど要らない」と思い、他人に同調するようになったことを示していると思われます。
タイトルの「オーバーライド」と韻を踏むフレーズであると共に、元ある意見に論じ返す反駁と同調という意味の対比にもなっていますね。
続く歌詞は主人公が自分のしたいことを探す人生と、少年たちが死体を探して冒険する映画『スタンドバイミー』をかけているのでしょう。
冒険“譚”をタン(舌)を意味する「TONGUE」と掛け言葉で表現しているのも秀逸ですよね。
そして、その冒険の過程でエラーを撒いてみても気づかない人間の愚かさに呆れているのかもしれません。
MVで「エラー」を指す単語として挙げられている「error」と「exception」は、どちらもプログラミングで用いられる言葉です。
「error」はプログラミングで処理できない難解な問題で、「exception」はプログラミングで処理可能な例外のことを指します。
一口にエラーといってもその種類は様々で注意深く読まないと理解できないため、人の言葉もきちんと意味を汲み取るように読む必要があることを示しているのかもしれません。
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アンタが書いた杜撰なコード
ばっか持てはやすユーザーよ
吐いた言葉の裏なんて
知る由もないだろう
哀れ、あはれ
≪オーバーライド 歌詞より抜粋≫
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ここで出てくる「コード」には、プログラミングの「cord」と音楽の「chord」がかけられています。
音楽面でいえば、人気のボカロPが作った音楽だからというだけで持てはやされる傾向があると言っているのでしょう。
またプログラミングにおいては、アプリケーションを利用する一般のユーザーはコードの内容を知ることができません。
そんな本質を知らない「ユーザー」たちに向けて、制作者の本当の意図は「知る由もないだろう」と皮肉っていると考察できます。
そして本当のことを知らないのに持てはやす様子を「哀れ」だと見ていることが感じ取れます。
楽曲の意味を紐解いて音楽を全力で楽しもう!
吉田夜世の『オーバーライド』はネットミームをふんだんに用い、人気度や面白さだけに目を留めずもっと自分の意思で魅力的だと思うものを楽しんでほしいという気持ちが込められているように感じました。それは音楽に対してだけでなく、人生で出会う全てのものに対して言えることです。
ぜひ歌詞やMVに織り込まれた要素に注目しながら、楽曲を縦ノリで楽しみましょう!