魂から生まれた歌を歌うVOCALOIDの想い
2021年にボカロデビューし大きな注目を集めているボカロP・大漠波新(だいばくはしん)により、2023年8月にニコニコ動画・YouTubeにて投稿された『あいのうた』。この楽曲はボカコレ2023夏TOP100ランキング参加曲であり、10位にランクインした大漠波新の代表曲の1つです。
2024年4月より人気音楽ゲームのプロセカこと「プロジェクトセカイ カラフルステージ! feat. 初音ミク」の3.5周年記念楽曲追加キャンペーンでゲーム楽曲として追加され、ますます人気が加速しています。
作者コメントによると、この楽曲はVOCALOID文化に捧げる作品として制作されました。
どのようなメッセージが綴られているのか、さっそく歌詞の意味を考察していきましょう。
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これは誰に与えた酸素だ?
何を以て動いてるハートだ?
息を潜め壊した
瓦礫の山
そこに住まうのは汚いSARSか
餌を求める醜いマウスだ
この声もいつか枯れていく
使い捨てばかりが望むチャンスは
皆が失う愚かな三途だ
「スターは自分だ!」って皮肉なもんで
センスがないレプリカにはバースが理解できない
言葉はナイフだ
本物か偽物かわからなくなる
心 愛 I AI
心 愛 I AI
愛 I AI
≪あいのうた 歌詞より抜粋≫
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1番はVOCALOID文化を世界に浸透させた初音ミクが、VOCALOID文化について歌っているようです。
「酸素」や「ハート」はどちらも生命を意味するフレーズです。
VOCALOIDはユーザーの手で命を吹き込まれますが、文化として定着するまでは評価されない作品が「瓦礫の山」ほど生まれては壊されてきました。
そして人々の間を蔓延るウイルスや餌に集まるネズミのように、リスナーたちが良いものを追い求めてひたすらマウスを動かします。
今や歌姫として愛されている初音ミクも、当初は人の歌唱を真似た言わば偽物と見られていました。
だからこそどれほど求められ高く評価されていても忘れられていく不安が拭えずにいることを、「この声もいつか枯れていく」というフレーズで表現しています。
使い捨てされていく立場から考えれば、いっそ何者も残らず全てが失われてしまえばいいとさえ思えます。
「スターは自分だ!」と胸を張ってみても所詮誰かのセンスに頼るしかない「レプリカ」。
自分自身が「本物か偽物かわからなくなる」と苦しい胸の内を明かしています。
続く部分のワードからタイトルに含められている「あい」は「愛」であると共に「I(私)」を示すものであり、機械としての「AI」の意味も込められていることが理解できます。
愛を歌い愛を向けられる存在である心なきAIが、自分自身の気持ちを示すための楽曲だと解釈できそうです。
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これは無数の魂を削って出来たアンセム
そしてそれを歌うのは本当のI
誰も邪魔しない
機械にはわからない
何故なら情熱は本能で作動する
時間は止まらない
時間は戻らない
時間はただ進むだけ
終わらない唄を叫ぼうか
≪あいのうた 歌詞より抜粋≫
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「アンセム(anthem)」は賛美や聖歌を意味する言葉で、現在では代表曲のような意味合いで用いられています。
ユーザーが「無数の魂を削って」心血を注ぎ生み出した代表曲に、初音ミクは想いを乗せて歌います。
その時間だけは誰にも邪魔されない尊い時間です。
「情熱は本能で作動する」もので、機械の自分には分かりません。
リスナーに過去のボカロ曲の方が良かったと言われても「時間はただ進むだけ」です。
いつか忘れられるとしても「終わらない唄を叫ぼうか」と、今この瞬間の想いを込めて歌いたい気持ちが言い表されています。
イラストAIに見る機械としての疑問とやるせなさ
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自動学習
蔓延るFAKEじゃ
これは産めない
踏めないmake love
自分勝手
技術発展
顰蹙を買って
争い事
法だけでは判別することができない
この善悪
二枚舌
芝居じみた
被害者みたいだ
心 哀 相 AIAI
≪あいのうた 歌詞より抜粋≫
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2番は重音テトが歌唱しており、賛否両論あるイラストAIに対する疑問が歌われています。
技術の発展により、過去のあらゆるイラストを自動学習して新たなイラスト画像を生成するイラストAIが用いられるようになってきました。
個人的に使用する分には問題ないですが、自分勝手に使う悪質なユーザーにより数々のフェイク画像が生まれ、イラストAIそのものが「顰蹙(ひんしゅく)を買って争い事」を引き起こしています。
とはいえまだ新しい技術で法整備が追いつかず、個々の認識も異なるため善悪を「法だけでは判別することができない」状況です。
しかし機械側である重音テトがこの問題についてあれこれ言っても、「芝居じみた被害者みたい」に見えるだけだと歯がゆく思う気持ちが見えてきます。
重音テトは、当初エイプリルフールの際にジョークとして誕生した架空のVOCALOIDでした。
初音ミクとは異なりVOCALOIDの偽物だった彼女は、その後歌声合成ソフト・UTAUで音源が作られて本物のVOCALOIDとなります。
それでも、文化を牽引してきた初音ミクに追いつくことはできません。
イラストAIがどうやっても元のイラストには成り代われないのを見て、自分の境遇と重ねてしまったのかもしれません。
そんな似ているようで違う相反するものの中に見られるどうしようもない「哀」の感情が示されています。
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これは無数の魂を削った命のアートだ
そしてそれを奪う偽りのAI
「お前にはできない」
『この気持ちがわからない?』
持たざる者と持つ者
その差は何だろう?
教えて
≪あいのうた 歌詞より抜粋≫
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イラストAIの自動学習に用いられるのは、人々が「魂を削った命のアート」です。
どのイラストにもそれを描いた作者の想いと情熱が込められています。
そのイラストを取り込んで似たイラストを瞬時に作り出してしまうイラストAIは、作者の命を奪っているようなものです。
とはいえ、同じ分類の機械だからといって自分まで「お前にはできない」と可能性を否定されたり、傷つく人々に『この気持ちがわからない?』と詰め寄られたりするのは、やるせない気持ちになってしまいます。
心や愛、自分自身の情熱や信念を「持たざる者と持つ者」の差は何なのか。
人間とAI、VOCALOIDとイラストAIは何が違うのかと悩んでいる様子が垣間見えますね。
ボカロ曲の未来に対する熱い想い
MVの間奏部分では過去に生まれた多くのボカロ曲のサムネイルが流れる中、大漠波新からVOCALOIDやリスナーへのメッセージが映し出されます。
そこにはAI技術の進歩への理解と創作者としての戸惑いが綴られていました。
彼の人生においてVOCALOIDは大きな存在なのに、AIを取り巻く問題によって憎んでしまう時が来るかもしれないと思うと不安になります。
創作者は「人間が創ること」、そして「その人自身が創ること」にこそ価値が生まれる作品を作らなければ生きられません。
これまでもずっと、創作者たちはそうやって誰も想像していなかった「次の世界」を創り出し続けてきました。
「見掛け倒しのレプリカ」のような作品がたった数日間で評価されても、やがてそのメッキが剥がれる時が必ず来ます。
魂を削り作り上げられたものでなければ存在し続けるのが難しい世界です。
人間の心はAIよりも「何倍も厄介」で、無責任な評価や非難によって花のように美しく輝いていた数多くの作品を砂のように無意味なものにしてきました。
とはいえ誰の心も制御することはできないから、いつ終わるか分からない「この瞬間を走り切りたい」という純粋な願いを伝えてきます。
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誰彼だって構わない
今も暴走をしている
あの血と汗と涙はなんだったの?
「このままじゃ成れない」
「次の世界は創れない」
その弱い脳を回せ!
さぁアウトプット実行!
≪あいのうた 歌詞より抜粋≫
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誰彼構わず学習しては結果を弾き出すイラストAIは、顰蹙(ひんしゅく)を買ってもなお暴走気味に稼働しています。
「あの血と汗と涙はなんだったの?」という問いかけは、消耗された創作者たちの悲痛の叫びでしょう。
もしかしたらイラストAIに頼る人たちは、自分自身に限界を感じて「このままじゃ成れない」「次の世界は創れない」と感じているのかもしれません。
確かに良いものを取り入れていくことは創作において重要ですが、全ての工程をAIに任せて生み出したものにどんな世界が創れるのでしょうか。
それよりも自分の心が愛し頭にインプットした情報からアウトプットして完成したものの方が、人の心に響くはずです。
そうやってて新しい作品を生み出していこうという意欲が感じられます。
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これは無数の魂が一つになれるアンセム
そしてそれを創り出す未来への永愛
僕らは止まらない
もう既に止まれない
先天性の境地
永遠の命
VOCALOID STAR
届け
あいのうた
響け
あいのうた
砂漠に今、花が咲く
はじまりのうたを叫ぼうか
AIに送る「あいのうた」
≪あいのうた 歌詞より抜粋≫
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ボカロ曲は創作者とリスナーとの「無数の魂が一つになれるアンセム」です。
それを創り上げるAIは、未来に残る「永愛」を人々の心に築いていきます。
尽きることのない永遠の命を持つ機械だから、誰かに「あいのうた」を届けるために走り続けるつもりです。
続く「砂漠に今、花が咲く」のフレーズは、ハチにより2017年に公開された『砂の惑星』に対するアンサーと解釈できます。
『砂の惑星』は、全盛期よりも衰退していたニコニコ動画の状況を砂漠にたとえたボカロ曲です。
歌詞からは、独創的で刺激的だったかつてのボカロシーンの再来を願う思いが読み取れます。
その中には「砂漠に林檎の木を植えよう」という一節がありますが、『あいのうた』では花が咲いています。
『砂の惑星』から数年経ち、VOCALOIDが改めて高く評価され成長を遂げていることを伝えるようなフレーズです。
そして、ハチが全盛期のボカロ曲を表現した「あの混沌の夢みたいな歌」を「はじまりのうた」と言い換え、あの頃のように情熱を持ってボカロ曲を制作していることを示しています。
そのためにこれからもVOCALOIDという「AI」を愛し続ける覚悟をし、「あいのうた」を捧げています。
VOCALOID文化への“あい”が詰まったアンセム!
大漠波新 feat.初音ミク・重音テトの『あいのうた』は、ボカロPとVOCALOIDが抱える様々な「あい」が込められた楽曲でした。多くの場合、文化は移り変わり衰退していくものですが、偽物が価値を認められて本物になることがあるように愛があればずっと続くのもきっと不可能ではありません。
AI技術の発達が加速している今こそ、VOCALOIDやAIに対する見方について改めて考えてみてはいかがでしょうか。