つらい現実から逃れるための最高級の逃避行
2024年4月27日に公開され、大きな反響を呼んでいるボカロ曲『メズマライザー』。2019年よりボカロPとして活動を始めたサツキが初音ミクと重音テトを使用して制作した楽曲で、アップ。テンポな音楽が癖になるハッピーハードコアのボカロ曲となっています。
アニメーターのchannelが手がけた色鮮やかなMVも印象的であり、一見するとポップでかわいらしい雰囲気の作品に見えるでしょう。
ところが歌詞とMVの内容に注目すると、深い闇を感じるとしてリスナーの考察が飛び交っています。
タイトルの「メズマライザー(mesmerizer)」は「催眠術をかける人」を意味する言葉です。
どのような内容なのか、さっそく歌詞の意味を考察していきましょう。
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実際の感情はNo Think!
気付かないフリ...?
絶対的な虚実と心中
そうやって減っていく安置
傷の切り売り
脆く叫ぶ、醜態
≪メズマライザー 歌詞より抜粋≫
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1番冒頭のミクパートでは現実の生きづらさについて歌っています。
つらい現実の中で「実際の感情」は消えていき、表面上だけ繕って何とか生きている状況なのでしょう。
心に刻まれた「傷の切り売り」をして心を擦り減らしているため、正常な心を失い「脆く叫ぶ」までに追い込まれてしまっています。
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そんなあなたにオススメ!
最高級の逃避行
やがて、甘美な罠に
釣られたものから救われる?
もはや正気の沙汰では
やっていけないこの娑婆じゃ
敢えて素知らぬ顔で
身を任せるのが最適解?
≪メズマライザー 歌詞より抜粋≫
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テトパートでは、そのような現実に苦しんでいる人に「最高級の逃避行」を宣伝します。
それが催眠術にかかることなのでしょう。
「甘美な罠」とあるように、この方法が決して最善策でないことは認めています。
しかし「もはや正気の沙汰ではやっていけないこの娑婆」では、何もしなくてもいずれ狂ってしまうはずです。
それなら思い切って罠に釣られ身を任せることで、もっと生きやすい道を選んではどうかと問いかけます。
おそらくテトが現実に悩むミクやリスナーを誘導し、催眠術を試すよう唆している構図なのでしょう。
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言葉で飾った花束も
心を奪えば、本物か?
全てが染まっていくような
事象にご招待
≪メズマライザー 歌詞より抜粋≫
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何の変哲もない花束も言葉巧みに飾り誰かの心を奪えたら、その価値は本物になるはずです。
だから催眠術によって常識が塗り替えられ、身も心も「全てが染まっていくような事象」を体験してみようと誘ってきます。
ボーカロイドの苦悩とSOS
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さらば!
こんな時代に誂えた
見て呉れの脆弱性
本当の芝居で騙される
矢鱈と煩い心臓の鼓動
≪メズマライザー 歌詞より抜粋≫
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「脆弱性」とは脆くて弱い性質のことで、ITにおいては情報システム上の欠陥を指して用いられます。
こんなに生きづらい時代に自分を合わせようと「見て呉れ」を取り繕っても、本来の自分があまりにも弱く中身が伴わないため、社会とぶつかってしまうことを表しているのでしょう。
コンピューターであるボーカロイドとしての悲鳴でもあるように感じられるフレーズです。
また、実際には「ぜいじゃくせい」と読む言葉ですがここでミクが「きじゃくせい」と歌っていることから、ミクの幼さや無知さが表現されているようにも感じます。
本来ボーカロイドが読み間違えるはずがないため、催眠術にかかっていない現状でもボカロPに操られる存在で、間違いも訂正せずに発信してしまうことを暗に示しているとも考えられますね。
そう解釈すると、続く「本当の芝居」はボカロ曲の中で生きるボーカロイドたちの姿を指していると考察できるでしょう。
『メズマライザー』では催眠術にかかる様子が描かれますが、どの作品でも所詮演技でしかないのにそれを本気にして恐怖するリスナーたちが持つ「脆弱性」を指摘しているのではないでしょうか。
本気とはいえ演技を見抜けず取り込まれてしまうようでは、君たちも催眠術にかかって思考を奪われてしまうよとリスナーに注意喚起していると捉えられます。
ちなみにこのシーンでテトの瞬きに注目すると、モールス信号で“SOS”と伝えられていることが分かります。
ボカロPに操られることや催眠術で自分を乗っ取られることへの恐怖、そして他者まで巻き込んで催眠術の世界に引き入れなくてはならないことへの苦悩から助けを求めていると考えると、この楽曲の闇がさらに深まっていくように感じますね。
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残機は疾うにないなっている;;
擦り減る耐久性
目の前の事象を躱しつつ
生きるので手一杯!
誰か、助けてね(^^♪
≪メズマライザー 歌詞より抜粋≫
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「残機は疾うにないなっている;;」という歌詞で、テトはすでに何度も催眠術にかけられている状態だと解釈しました。
今は何とか耐えていますが、その「耐久性」も擦り減り疲弊していることが理解できます。
初音ミクと重音テトという名前も、催眠術にかかるのが初めての人と何度も重ねてかかったことがある人を表していると考えられます。
もがきながら耐え続けている今は「生きるので手一杯」で他のことなんて考えられないから「誰か、助けてね(^^♪」と助けを求めている状態です。
さらに間奏では4問のクイズの頭文字を繋げると“HELP”となるだけでなく、テトのポーズが“SOS”のハンドサインとなっています。
もうすぐ自分の心も囚われてしまうことを察知して、必死にリスナーへ訴えかけている様子が見て取れますね。
偽のカリスマ性に気をつけて
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「あなた段々眠くなる」
浅はかな催眠術
頭、身体、煙に巻く
まさか、数多誑かす!?
目の前で揺らぐ硬貨
動かなくなる彼方
「これでいいんだ」
自分さえも騙し騙しShut down
「あなた段々眠くなる」
浅はかな催眠術
頭、身体、煙に巻く
まさか、数多誑かす!?
目の前で揺らぐ硬貨
動かなくなる彼方...
(強制解除)
≪メズマライザー 歌詞より抜粋≫
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MVでは硬貨を使った催眠術をかけている描写が展開します。
おそらくかかりやすい性格だったミクは硬貨の振り子に合わせて身体を揺らし、完全にかかってしまいました。
それによって心も体も煙に巻かれ、自分さえも騙して「これでいいんだ」と受け入れてしまっているようです。
一方、テトの場合は背景の雲の動きや明暗の変化から何日かけられても耐えていることが読み取れます。
その後、「強制解除」された瞬間に2人の背景はグリーンバックになります。
それまでも実はすでに催眠術にかけられた状態だったために、現実だと思っていた世界が幻覚だったことに気付いた描写なのかもしれません。
この点を含めると、ボカロPが社会へのメッセージをリスナーに伝えるためにボーカロイドに催眠術をかけて操ろうとしているという構図が見えてきます。
そうであるなら、ボカロ文化の初期から存在し多くの経験を積んでいるミクは初めてでもかかりやすい素直なボーカロイドで、エイプリルフールの嘘から新しく誕生したテトは何度重ねても抗おうとする不従順なボーカロイドとして対比しているとも考えられるでしょう。
良し悪しを決めることはできませんが、ボカロPやリスナーのために操られるしかないボーカロイドの哀れな役回りに同情を覚えてしまいます。
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どんなに今日を生き抜いても
報われぬEveryday
もうBotみたいなサイクルで
惰性の瞬間を続けているのだ
運も希望も無いならば
尚更しょうがねえ
無いもんは無いで、諦めて
余物で勝負するのが運命
≪メズマライザー 歌詞より抜粋≫
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この歌詞では「今日」を生き抜くために努力してもその分報われるわけでもないため、自動的に行動する「bot」のように毎日をもはや惰性で過ごしていると歌っています。
同じような気持ちを抱えている現代人は少なくないのではないでしょうか?
それに対し、自分の人生に「運も希望も無い」と感じているなら、無理に手に入れようとせずに今持っている「余物で勝負するのが運命」だと語りかけてきます。
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賛美はもう意味ないなっている;;
偽のカリスマ性
現実を直視しすぎると
失明しちゃうんだ!
だから、適度にね(^^♪
≪メズマライザー 歌詞より抜粋≫
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ミクは完全に洗脳されて狂気的な表情で踊り続けていて、テトはそれを冷や汗をかき動揺しながら見ています。
歌詞にあるように今の時代、様々な分野で「カリスマ性」のある人物がますます取り沙汰され賛美されています。
しかしそのうちのいくらかは言葉巧みに人を騙す「偽のカリスマ性」であって「賛美はもう意味ないなっている」状態です。
ミクとテトの様子は、この「偽のカリスマ性」に狂ったように囚われている側とその人たちを戸惑いながら見ている側の違いを表しているかのようです。
次の「現実を直視しすぎると失明しちゃう」という表現は、現実が本当は明るいものだと知られると操れないからそう言って現実から目を背けさせているように思えます。
一方で苦しい現実を直視するのはつらすぎるため、夢と現実を行ったり来たりするくらいがちょうどいいと言っているようにも感じます。
答えは不明ですが、メズマライザーも相手を催眠術にかけるために言葉で誘導し「偽のカリスマ性」を発揮していることが窺えますね。
また「現実」を今この瞬間のことと置き換えると、このシーンへの注意喚起とも考察できそうです。
画面中央では催眠術をかけるための渦巻きが動き続けています。
そのため、このシーンを直視ししすぎると催眠術にかかって我を失ってしまうから「適度にね(^^♪」と伝えているのではないでしょうか。
最後に大量の紙吹雪が舞う中でテトが瞬きをした後に微笑んでいるように見える点から、彼女もついに催眠術にかかったと思われます。
もしくは、これまでの全てが彼女の「本当の芝居」だったと見ることもできるでしょう。
どちらにしても、たとえ現実に退屈や苦悩を感じていようとも魅力的に見えるものに飛びついて現実逃避しようとせず、物事の本質を見分けて自分の意思で生きるようにと諭していると考えられます。
注目ポイント満載の歌詞とMVを深掘りしよう!
サツキの『メズマライザー』はボカロPとボーカロイドとの関係、またボカロ曲とリスナーの関係を描き出すような興味深い楽曲でした。MVには今回取り上げた以外にも多くの要素が盛り込まれているため、隠されている点を探してみるとさらに歌詞の意味を深掘りできるでしょう。
洗脳されて呑み込まれないように注意しながら、ポップな世界の闇を探求してみてくださいね。