普遍的な「メトロノーム」の歌詞
1stアルバム『diorama』、2ndアルバムの『YANKEE』で成功を納めた米津玄師。彼は、続く3rdアルバム『Bremen』をリリースした際、「普遍的でみんなが共感できるアルバムにしようと思った」と語っています。
「普遍的」とは「広く行きわたること」「すべてのものに共通していること」という意味。
その『Bremen』の収録曲の中でも、『メトロノーム』の歌詞は、より「普遍的」と言えるのではないでしょうか。
さっそく歌詞を見ていきましょう。
----------------
初めから僕ら出会うと決まってたならば どうだろうな
そしたらこんな日がくることも 同じように決まっていたのかな
≪メトロノーム 歌詞より抜粋≫
----------------
冒頭の歌詞は、失恋してまだ間もない主人公の気持ちを表現しているような気がします。
なぜこんなことになってしまったのか、こういう運命だったのかという思いを、失恋したばかりの人は頭の中で何度も繰り返すのではないでしょうか。
----------------
味気ない風景だ あなたがいないのならどんな場所だろうと
出会う前に戻っただけなのに どうしてだろうか何か違うんだ
≪メトロノーム 歌詞より抜粋≫
----------------
失恋した後も毎日の生活は続いていきます。
一人で過ごす時間は恋人と出会う前に戻っただけなのに、そこに見える風景は明らかに前とは違う。
この不思議な感覚も、きっと多くの人が経験したことがありますよね。まさに多くの人が共感できる普遍的な歌詞ではないでしょうか。
2台のメトロノームが意味するもの
----------------
きっと僕らはふたつ並んだメトロノームみたいに
刻んでいた互いのテンポは 同じでいたのに
いつしか少しずつ ズレ始めていた
時間が経つほど離れていくのを
止められなくて
≪メトロノーム 歌詞より抜粋≫
----------------
米津玄師は『メトロノーム』の歌詞について「どんなに歩調があう人とも、必ずどこかでズレる。そんな様子をメトロノームと重ねた」と語っています。
曲名の「メトロノーム」とは、楽器の演奏をする時、テンポをキープするため一定の間隔でカチッ、カチッと音を出す器械。
そんな正確なメトロノームにもそれぞれ微妙な誤差があり、2台のメトロノームを同じテンポで同時にスタートさせても少しずつテンポがズレていきます。
人間同士も、お互いの想いが重なり合って付き合い始めたはずなのに、少しづつ気持ちにズレが生まれ、気がつけば大きな距離ができてしまうことがあるのではないでしょうか。
時が経つにつれ、どんどん大きくなっていく心のズレを止められない様子は、米津玄師が語るように、2台のメトロノームととてもよく似ていますよね。
米津玄師が「メトロノーム」に込めた思いが切ない
----------------
すれ違って背中合わせに歩いていく
次第に見えなくなっていく
≪メトロノーム 歌詞より抜粋≫
----------------
どんどんズレていく2台のメトロノームのように、違う道を歩き始めた二人の様子が伝わってくるフレーズです。
しかし、メトロノームには同期現象があるということをご存知でしょうか?
同じテンポに合わせた複数の振り子式メトロノームを左右に揺れる台の上に置き、それぞれバラバラのタイミングでスタートさせます。
すると、バラバラだったメトロノームの動きがいつのまにか揃うという不思議な現象。
それが同期現象です。
左右に揺れる台の上で、メトロノームのそれぞれの動きがお互いに影響し合うことで、動きが揃っていくんですね。
----------------
これからも同じテンポで生き続けたら
地球の裏側でいつか
また出会えるかな
≪メトロノーム 歌詞より抜粋≫
----------------
このフレーズは、その同期現象を意味しているような気がします。
同期現象で最も重要なポイントは「揺れる台の上に置く」こと。
もしかすると、米津玄師は自転して動いている「地球」を「揺れる台」と考えていたのではないでしょうか。
その地球上で、離れてしまった二人がこのまま同じテンポで生き続けたら、いつかまた心が重なり合う日がくるかも知れないという思いを、このフレーズに込めたのかも知れません。
作詞する時、人に伝わるかどうか考えることを大切にしているという米津玄師。
ズレていくメトロノームだけでなく、同期現象まで考えて作詞したとすれば、彼の知識の豊かさと思考の深さに驚かされますよね。
変化し続ける米津玄師の世界
----------------
今日がどんな日でも 何をしていようとも
僕はあなたを愛してしまうだろう
あなたがいてほしいんだ
≪メトロノーム 歌詞より抜粋≫
----------------
『diorama』や『YANKEE』の頃は、まだ米津玄師の音楽に独創的で難解なイメージを持っていた人も多かったような気がします。
「普遍性を目指した」という彼の言葉通り、これまでの世界観のエッセンスを残しながら、共感できる歌詞を合わせたアルバム『Bremen』は、そんな層の心を掴んだのかも知れません。
特に「愛してしまうだろう」や「あなたにいてほしい」というストレートな言葉で失恋の切なさを綴った『メトロノーム』は、より多くの人の心に寄り添えるような楽曲。
それが、この曲が長く愛される人気曲となり、米津玄師をまた1つ上のステージへと押し上げたのではないでしょうか。
日本を代表するアーティストへの道
『メトロノーム』は失恋ソングでありながら不思議と絶望感は感じられず、どこか温かさや希望が感じられるような気がするのはなぜでしょう。それは、長い間基本的に1人で音楽を作ってきた米津玄師が、この時期からもっと多くの人と関わり、もっと多くの人に自分の音楽を届けたいと考えていたからではないでしょうか。
『メトロノーム』からは、米津玄師の他者に対する信頼や、未来への希望、人気上昇中の上り坂にいる若々しさが伝わってくるような気がします。
そんな『メトロノーム』が収録されている『Bremen』は、米津玄師が日本を代表するアーティストへの道をひた走る、大きな分岐点となったアルバムだったのかも知れませんね。