「さっちゃん」誕生のきっかけは?
“さっちゃんはね”の出だしで始まる童謡『さっちゃん』は、日本人なら誰もが幼少期に口ずさんだことがある歌でしょう。
作詞を芥川賞作家で作詞家としても知られる阪田寛夫が、作曲を『犬のおまわりさん』『おなかのへるうた』など数々の童謡を世に生み出してきた作曲家、大中恩が手がけた楽曲です。
名曲誕生のきっかけは、大中恩が従弟にあたる阪田寛夫に作詞を依頼したことだそう。
1959年、NHKラジオで放送されていた子供向け音楽番組「うたのおばさん」の放送10周年を記念して、番組で歌唱を担当していた松田トシのリサイタルが開かれることに。
その際、童謡に新しい風を吹かせることを目的とした作曲家の集まり「ろばの会」の5人のメンバーから、それぞれ2曲ずつ童謡を贈ることにしたんだとか。
大中恩は、その内の1曲の作詞を阪田寛夫に依頼し、出来上がった詞にメロディをつけて完成したのが『さっちゃん』です。
なじみ深い1番の歌詞は次のようなものです。
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さっちゃんは ね
さちこって いうんだ ほんとはね
だけど ちっちゃいから
じぶんのこと さっちゃんってよぶんだよ
おかしいな さっちゃん
≪さっちゃん 歌詞より抜粋≫
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この曲では「さっちゃん」の愛称で呼ばれる「さちこ」という名前の女の子のことが歌われています。
小さい頃、周囲から呼ばれているように、自分のことを名前や愛称で呼んでいた方は少なくないでしょう。
この女の子もまだ幼いために、自分のことを「さっちゃん」と呼んでいたようです。
大中恩は、当初この“さっちゃん”は大阪の天王寺動物園のチンパンジーの名前だと聞いていました。
しかし、のちに阪田寛夫と同じ幼稚園で2級ほど上のクラスに在籍していた、実在の女の子が本当のモデルだったと知らされました。
おそらく幼稚園の頃に、自分よりも年上なのに自分のことを愛称で呼ぶ姿を見て「おかしいな」と感じたのを思い出して、歌詞にしたのでしょう。
「おかしいな」というのも否定的な意味ではなく、幼心に不思議だと感じて彼女が気になる存在になっていった様子がうかがえますね。
恋にも満たない淡い気持ちへの照れ隠しに、本当のモデルを隠していたのかもしれません。
このような心温まる様子が綴られた『さっちゃん』ですが、巷では1番以降の歌詞について様々な都市伝説が囁かれ、怖い楽曲というイメージがついてしまっています。
歌詞をさらに考察しながら、怖いと噂される理由を紐解いていきましょう。
さっちゃんはバナナが好物
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さっちゃんは ね
ばななが だいすき ほんとだよ
だけど ちっちゃいから
ばななを はんぶんしかたべられないの
かわいそうね さっちゃん
≪さっちゃん 歌詞より抜粋≫
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2番では、さっちゃんの生活の様子が切り取られています。
この歌詞からすると、さっちゃんはバナナが好物だったようで、「ほんとだよ」と念を押されています。
しかし、さっちゃんは幼稚園に通う小さな女の子。
バナナを丸々1本食べることはできず、いつも半分しか食べられないでいます。
主人公は、好物なのにたくさん食べられないのを見て「かわいそうね」と感じていたことが伝わってきます。
この部分はモデルの女の子の話ではなく、小さい頃に体が弱かった阪田寛夫自身の体験がもととなっているようです。
懐かしい記憶を辿っていく内に、好きなものを満足に食べられなかった幼少期の自分の記憶も呼び起され、歌詞に含めることにしたのかもしれませんね。
2番だけを見ると、さほど怖さは感じないでしょう。
ただ、バナナを半分しか食べられない病弱さをキーワードとして、続く3番の歌詞を見ると、怖く思えてくるかもしれません。
さっちゃんが行く「とおく」とは
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さっちゃんが ね
とおくへ いっちゃうって ほんとかな
だけど ちっちゃいから
ぼくのこと わすれてしまうだろ
さびしいな さっちゃん
≪さっちゃん 歌詞より抜粋≫
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3番では、さっちゃんが「とおくへいっちゃう」ことについて歌われています。
引っ越しにより、仲が良かった友達と離れ離れになる経験をしたことがある方は多いはずです。
「ほんとかな」とあるので、主人公ははっきり聞いたわけではなく、大人たちの話を漏れ聞いていて、引っ越すようだと理解したのでしょう。
そこまで親しいわけではなくても、少し気になる存在の女の子が居なくなってしまうのは、寂しいことです。
しかもまだ幼いため、新しい環境ですぐに自分の存在を忘れてしまうことも想像に難くありません。
モデルの女の子が実際に引越しをしていたのかについての事実は不明なので、この部分は創作の可能性が高いと思われます。
幼心に感じる寂しさや恋しさを、シンプルに表現した歌詞だと感じるのではないでしょうか。
しかし、この歌詞が怖いと言われる理由は「とおくへいっちゃう」というフレーズが死を連想させるからです。
これは2番とも関連していて「病気のせいで身体が弱っていたために、バナナすら半分しか食べられなくなり、ついにもうすぐ亡くなってしまうのでは…と噂されるほど状態が悪化してしまった状況を歌っている」と、一部で考えられています。
楽曲が制作された当時はバナナは高級品で、現在のように気軽に食べられるフルーツではありませんでした。
そんな贅沢なバナナを好物と言えるほどよく食べていたという家庭環境、栄養価が高いバナナを半分しか食べられないという病弱さを深読みすると、お金を出しても治療できない重い病にかかっていたと考えても不思議ではないでしょう。
あくまで都市伝説であり、ほぼ想像の産物と言える内容ですが、子どもの死を歌っていると思って聞くと確かに怖く感じてしまいますね。
「さっちゃん」にまつわる怖い話
『さっちゃん』は単に3番までの歌詞であれば、さほど怖いと感じない方も多いでしょう。
それでも怖いと言われることが多いのは、4番以降の歌詞があると考えられているためです。
まず、『さっちゃん』には以下のような幻の4番の歌詞が存在しているとされています。
さっちゃんがね おべべをおいていった ほんとだよ
だけどちっちゃいから きっともらいにこないだろ
かなしいな さっちゃん
「おべべ」とは着物のことを指し、さっちゃんが着物を置いて行ったというエピソードが綴られているようです。
一見すると、今まで着ていた着物が小さくなったから引っ越しの際に置いて行かれ、もう取りに来ることはないだろうと歌っていると解釈できます。
しかし、都市伝説で囁かれるように、3番で女の子が亡くなっているとすると、この世からいなくなったために着物が不要になったとも考えられるでしょう。
そのことを「かなしいな」とあっさりした一言でまとめられているのも、怖く感じる要因のように思えます。
また後付けの言い伝えではありますが、以下の歌詞が呪いの歌として広まっているとも言われています。
さっちゃんはね 線路で足を なくしたよ
だからお前の足を もらいに行くんだよ
今夜だよ さっちゃん
これは、北海道で実際に起きた電車事故をもとに生まれたとされる歌詞です。
真冬のある日、さちこちゃんという女の子が遮断機の鳴り始めた踏切を慌てて渡ろうとしたところ、足をくじき雪で隠れた線路に足を挟まれてしまい、電車に轢かれて身体が真っ二つになってしまったのだそう。
さらに悪いことに、身体の切断面が凍結したことにより即死とならず、女の子は上半身のみで自分の下半身を探しながら息絶えてしまったようです。
その後、女の子のクラスメイトだった男の子が、同じ名前が出てくる『さっちゃん』を使い、面白おかしく替え歌にして歌ったとのこと。
そしてその3日後に、男の子は足のない遺体として発見されたと伝えられています。
この一連の出来事をきっかけに「4番以降を歌ってしまった者は3時間以内に5人にこの歌を知らせなければ足を奪われて殺されてしまう」という噂が、子供たちの間で一気に広まりました。
この都市伝説は、噂された当時チェーンメールが流行っていたことから、創作されたものと推察されます。
これらの他にも、実は10番あるいは100番までの歌詞があるという噂など、様々な尾ひれがついた噂が飛び交っています。
何を信じるかはその人の自由ですが、作者や関係者の思いを傷つけたり、周囲を巻き込んだりすることがないように注意したいですね。
歌詞の魅力に気づけるかどうかはあなた次第
童謡の『さっちゃん』は、作者の身近にいた女の子をモデルに誕生した、子どもならではの行動や目線にスポットを当てたかわいらしい楽曲です。怖いとされる理由についても取り上げましたが、結局のところ都市伝説は物事をどのように見ようとするかで解釈が変わってしまうものです。
歌詞のフレーズの魅力や楽曲が生まれたきっかけなどに注目すると、より楽曲そのもののよさを再発見できるでしょう。