社会の不条理に対する苦悩と嘆き
2024年8月8日に配信リリースされた米津玄師の新曲『RED OUT』は、8月21日リリースの6thアルバム『LOST CORNER』収録曲。
アルバムの1曲目を飾るアグレッシブなナンバーで、心を駆り立てるような焦燥感を覚えるダークな雰囲気が印象的です。
また、ボカロPとして活動していた頃の名義とも絡め、「ハチの日」ともいえる8月8日にリリースされたことを喜ぶファンも。
同日に公開されたMVは『M八七』『TEENAGE RIOT』も手がけた林響太朗が監督を務めており、タイトルにかけた赤いストロボと赤い目のうさぎが存在感を放つホラーテイストな作品となっています。
今作はSpotifyのCMソングとして起用され、人知れず努力する主人公が主役になれるというストーリーとハマり、音楽の可能性を感じさせます。
どのようなメッセージを込めた楽曲なのか、さっそく歌詞の意味を考察していきましょう。
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頭痛む酷く 波打つ春 咽ぶ破傷風
輝く夢を見る それは悪夢と 目覚めて知る
≪RED OUT 歌詞より抜粋≫
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1番冒頭では、主人公が苦悩している様子が伝わってきますね。
「破傷風」とは、傷口に破傷風菌が入り込んで増え毒素を出すことにより様々な神経症状を起こす病気で、感染後の致死率が高いといわれています。
ここで歌われているのは文字通りの病気ではなく、日々の苦悩で傷ついた心に追い打ちをかけるような出来事があり、疲弊している様子を表していると解釈できるでしょう。
時には「輝く夢を見る」こともありますが、それは現実とは程遠く起きる度に絶望するため、「悪夢」だと思っているようです。
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ハウレディ やがて朽ち果てていく全て
焦げて真っ黒けのファーストテイク
骨になって笑い出すスネーク
ハウメニー 人の祈りにつく高値
踏み躙られて泣く少年
下卑た面で歌うプレジデント
今すぐ消えろ 消えろ 消えろ 消えろ 消えろ 消えろ 消えろ 消えろ
≪RED OUT 歌詞より抜粋≫
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どんなに頑張ってもがいても「やがて朽ち果てていく」と、社会の不条理さを嘆いています。
うまくいかずに燃え尽きる自分を、ヘビのように狡猾な人々が嘲笑います。
これは旧約聖書の「失楽園」で、人間を騙した悪魔がヘビの姿に憑依していたこととも関連しているのかもしれません。
また、神聖な祈りにさえも値段がつけられ、守られるべき少年が踏み躙られて泣いています。
そのすぐそばには「プレジデント(大統領)」が「下卑た面で歌う」姿が見えます。
純粋な者は傷つけられて搾取され、卑怯な者はうまく世渡りして高みに上っていく世の中の理不尽な現実を見つめ、「今すぐ消えろ」と苦しい感情を吐き出している様子がつらいですね。
痛みに耐えながら奏でる魂の音楽
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鮮血煌めいて跳ねるスタインウェイ&サンズ
頭の中鳴り止まない砕けたバックビート
零コンマ一秒で褪せてしまう情景
どうした 地獄じゃあるまいに そんな目で見んな
≪RED OUT 歌詞より抜粋≫
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「スタインウェイ&サンズ」は世界最高峰のピアノメーカーです。
ここでは、血飛沫が出るかのように深く傷つきながらも、音楽で感情を爆発させているように思えます。
滅茶苦茶な世界の中で、美しい情景は「零コンマーで褪せてしまう」ほど短命です。
だからその一瞬の隙さえも与えず、夢中で次の音を奏でているのでしょう。
そんな自分を、人は地獄を見るかのような目で見つめてきます。
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スクリーンに映る自分 背中に刺さるヤドリギの枝
繰り返し夢を見る 夢から目覚めてもそこは夢
≪RED OUT 歌詞より抜粋≫
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「ヤドリギ」とは、他の樹木の枝や幹に根を差し込み水や養分を横取りして成長する寄生植物です。
「スクリーンに映る自分」の背中にヤドリギの枝が刺さっているという描写から、アーティストとして成功した自分に寄生しようとする人々の様子を捉えていると考察できます。
これまで自分を嘲笑っていた人々が手のひらを返してすり寄ってくるのは、気分がいいものではありません。
「夢から目覚めてもそこは夢」で、何が現実か分からなくなっているようです。
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ハウレディ 身体突き動かすリフレイン
見失ったままのマクガフィン
冷えた目尻のラメがきらり
ハウメニー わざと煙吹かすデマゴギー
怒り打ち震える少年
日毎増していくグロインペイン
今すぐ消えろ 消えろ 消えろ 消えろ 消えろ 消えろ 消えろ 消えろ
≪RED OUT 歌詞より抜粋≫
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「マクガフィン」は映画監督のアルフレッド・ヒッチコックが提唱した創作技法で、物語上で登場人物への動機づけや話を進めるために用いられる仕掛けのこと。
リフレインに突き動かされて身体は動き続けるものの、物事を行う動機を見失い何をどうしたらいいか分からない状況なのかもしれません。
そして、広められたデマによって怒りに打ち震える少年にかつての自分の姿を重ねているのではないでしょうか。
「グロインペイン」は鼠径部痛症候群とも呼ばれ、若い世代に好発する股関節や脚の付け根の痛みのことです。
成長するにつれて社会の不条理を理解し、泣くばかりだった少年が怒りに燃えながら必死に痛みに耐えている姿が想像できます。
「RED OUT」の意味とは?
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鮮血煌めいて跳ねるスタインウェイ&サンズ
止まれるもんかどこまでも行け 視界はレッドアウト
零コンマ一秒で褪せてしまう情景
どうした 地獄じゃあるまいに そんな目で見んな
≪RED OUT 歌詞より抜粋≫
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この部分でタイトルでもある「レッドアウト」という言葉が登場します。
レッドアウトは主に航空機のパイロットに見られる、マイナス(頭部)方向へ大きなGが加わった際に血液が眼球内の血管に集中し視野が赤くなる症状のことです。
つまり、社会から激しい圧力を受けながらも立ち止まらず進み続けているために、レッドアウト状態になっているということでしょう。
MVで赤いストロボは視界が赤くなっている状態を、うさぎは充血した目を赤い目をしたうさぎとかけていることが分かります。
「止まれるもんかどこまでも行け」というフレーズから、意志の強さが感じられますね。
「零コンマー秒で褪せてしまう情景」を掴むために、必死に生きている様子が垣間見えます。
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痛覚を開いて今全霊で走って行け
万感の思いでファンファーレまであとジャスト八小節
明滅を裂いて今心臓を抉っていけ
どうした 悪魔じゃあるまいに そんな目で見んな
≪RED OUT 歌詞より抜粋≫
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「痛覚を開いて」という表現から、あえて痛みを受け止めて今の状況を走り抜けようとしているように感じます。
「万感の思いでファンファーレまであとジャスト八小節」とあるように、様々な思いが心に沸き起こるのを感じながらも祝福のファンファーレを聞くまで歩みを止めない決意が伝わってきますね。
また「ジャスト八小節」は約15秒ほどで、短いようでありながら意外にも表現できる自由度が高い構成です。
つまりゴールはもうすぐそこだから、それまでの間自分の思いをありのまま表現しようとしていると解釈できそうです。
また、この歌詞が言葉通り八小節で終わっているのもさすがです。
主人公はストロボのように明滅する視界を切り裂き、心臓を抉るように命を懸けて目の前の現実と闘っています。
それは悪魔のように思えるかもしれませんが、周囲からどう思われようと自分の人生を切り拓こうとする力強い姿が見えてきます。
自分の人生では誰もが主人公!
米津玄師の『RED OUT』は、苦悩しながらも不条理な社会に立ち向かう決意表明が歌われていました。ミステリアスな雰囲気の中に、「自分が主人公の人生を強く生きろ」という真っ直ぐなメッセージが伝わってきたのではないでしょうか。
世界のどこにいても見舞われる厳しい現実と闘う力がもらえますね。