真理を求める姿は春の木漏れ日のよう
ヨルシカの新曲『アポリア』は、TVアニメ『チ。ー地球の運動についてー』のエンディング主題歌として書き下ろされました。『チ。ー地球の運動についてー』は「ビッグコミックスピリッツ」で連載された魚豊による人気漫画が原作で、15世紀のヨーロッパを舞台に当時禁じられた地動説を命がけで研究する人間たちの生き様と信念を描いた作品です。
同漫画を「大変好きな漫画」と語るコンポーザーのn-bunaは、“知”をテーマに楽曲を制作したそうです。
タイトルの「アポリア」は哲学の言葉で、解決の糸口を見いだせない難問やその前で生まれる困惑などを意味しています。
誰しもが持っている知への探求心をどのように描いているのか、さっそく歌詞の意味を考察していきましょう。
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描き始めた
あなたは小さく
ため息をした
あんなに大きく
波打つ窓の光の束があなたの横顔に跳ねている
≪アポリア 歌詞より抜粋≫
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冒頭の「描き始めたあなた」は、ある真理に触れてその真髄を知ろうとする人のことを指しているのかもしれません。
しかしその突拍子もなく思える内容は、周囲から反対されたり抑圧されたりしてなかなか受け入れられず「小さくため息」がこぼれます。
また「波打つ窓の光の束」という表現から、彼らのいる窓の外には海が広がっていると解釈できるでしょう。
落ち込んでいる「あなた」の横顔に眩しい光が煌めいている様子は、希望を象徴しているように感じます。
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僕の体は雨の集まり
貴方の指は春の木漏れ日
紙に弾けたインクの影が僕らの横顔を描写している
≪アポリア 歌詞より抜粋≫
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ここでは自分と相手を「雨」と「春の木漏れ日」という対照的な天候に例えています。
必死に希望のある真理を描こうとするその人の指は、温かく穏やかな「春の木漏れ日」のよう。
対する自分の体は「雨の集まり」のように暗く冷たく感じます。
おそらく彼自身は真理を探したり新しい考えを巡らしたりせず、知への探求心を失っていたのでしょう。
しかし自分とは全く異なり、周囲に受け入れられないとしても知りようのないことを知ろうとする人と出会い、その姿を羨ましく感じたのだと思われます。
とはいえ、植物が芽吹き成長するためには太陽だけでなく雨も重要です。
真理を描いていた「紙に弾けたインクの影が僕らの横顔を描写している」という表現は、両者が出会ったことで事態が変化していくことを暗示しているかのようです。
気球は際限のない知の探求の象徴
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長い夢を見た
僕らは気球にいた
遠い国の誰かが月と見間違ったらいい
あの海を見たら
魂が酷く跳ねた
白い魚の群れにあなたは見惚れている
≪アポリア 歌詞より抜粋≫
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サビと公式MVでは「気球」が印象的に登場します。
n-bunaによると、気球は「際限のない知の欲求の喩え」なのだそう。
気球に乗って高いところへ上がれば上がるほど、もっと上の景色を見てみたいと突き動かされます。
同じように新しい知識を得れば得るほど知りたいことは生まれ、際限なく欲求が高まっていきます。
真理に到達するのは容易ではなく、まるで「長い夢」の中にいるかのように思えるでしょう。
しかし辿り着くのが難しくても知ることをやめない彼らは、気球に乗っています。
もし自分たちを「遠い国の誰か」が見つけたときには、仄かに輝く「月と見間違ったらいい」。
その本当の正体は伝わらなくても、誰かにとっての小さな希望や拠り所になることを願っていると考察できそうです。
気球で高くまで上がると、窓から光を差し込んでいた海の「白い魚の群れ」が見えてきます。
近くにありながらも何の光か分からなかったものの正体が分かった瞬間です。
同じやり方や1つの視点にこだわらず広い視野を持って探求すれば、知りたい答えは自ずと見えてくることを示しているのではないでしょうか。
また「白い魚の群れ」の描写は、暗い空に輝く無数の星の比喩とも考えられます。
決して手の届かないところにある美しい輝きへの称賛と畏怖の念が伝わってきます。
見たことのない世界を知るために
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描き始めた
あなたは小さく
ため息をした
あんなに大きく
波打つ線やためらう跡が
あなたの指先を跳ねている
≪アポリア 歌詞より抜粋≫
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描き続ける「あなた」は、未だ答えを見つけられずにため息を吐いているようです。
紙の上には「大きく波打つ線やためらう跡」が見えます。
そこには迷いや葛藤があるのでしょう。
主人公にとっては希望を見せてくれる「春の木漏れ日」のようだった指先にも変化が訪れています。
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長い夢を見た
僕らの気球が行く
あの星もあの空も実はペンキだったらいい
あの海を見たら
魂が酷く跳ねた
水平線の色にあなたは見惚れている
≪アポリア 歌詞より抜粋≫
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それでも長い夢の記憶を辿れば、今更気球の火を絶やすわけにはいきません。
続く部分では目の前に広がる「あの星もあの空も実はペンキだったらいい」と歌い、誰もが現実だと思っているものが単なる虚像にしかすぎないことを期待しています。
そうであれば、その景色を打ち破ったところに本当の真理が広がっているはずだからです。
初めて見る「水平線の色」は、気球で高くまで上がったからこそ目にしたものです。
知への探求を恐れず続けた先にある喜びや満足感が感じられますね。
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広い地平を見た
僕らの気球は行く
この夢があの日に読んだ本の続きだったらいい
あの海を見たら
魂が酷く跳ねた
水平線の先を僕らは知ろうとする
白い魚の群れをあなたは探している
≪アポリア 歌詞より抜粋≫
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目線を移動させると、普段自分たちが生きる「広い地平」が見えます。
今まで大きいと思っていた自分の世界を飛び出してみてやっと、全てを取り巻く世界がいかに知り尽くせないほど広大かに気付きます。
「この夢があの日に読んだ本の続きだったらいい」というフレーズからは、わくわくして読んだフィクションのような世界が現実になってほしいという純粋な願いが垣間見えます。
ここで出てくる「水平線」は、知の限界を指していると考えられるでしょう。
誰も見たことのないその先を、彼らは知ろうとしています。
そして、心を高揚させる自然と知の輝きを求めて彼らの旅は続きます。
ヨルシカが描く“知”の世界を楽しもう
ヨルシカの『アポリア』は、知らないことを知ろうと探求し続けることの価値を思い出させてくれる楽曲です。MVを見ると、知っていると思い込んでいたものが間違っていたときの衝撃や、想像力豊かに世界を見つめる面白さも感じられるでしょう。
アニメの世界観とどのようにリンクするのかにも注目しながら、じっくり聴いてみてくださいね。