スコットランド民謡から生まれた日本の秋の歌
秋を歌う童謡や唱歌には、秋の雰囲気に似た温かくも仄かな寂しさを感じる、夕暮れの情緒を歌った楽曲が多く存在します。
1988年に唱歌集「明治唱歌 第一集」に掲載された『故郷の空』も、まさに秋と夕暮れを印象的に描いた楽曲です。
この曲は、スコットランド民謡『Comin Thro' the Rye(ライ麦畑で出逢うとき)』を原曲としています。
1970年代に伝統的なスコットランド民謡のメロディに、ロバート・バーンズが詩を乗せて発表されたもので、「ライ麦畑で男女が出会ったらキスをするだろう」という男女の戯れを描いた楽曲です。
一方、『故郷の空』は『鉄道唱歌』の作詞者としても知られる大和田建樹が訳詞を担当し、タイトルからも分かる通り故郷を思う歌詞に変更されています。
メロディは作曲家の奥好義が編曲し、リズムをピョンコ節に統一したり、細部を単純化したりして、日本人にとっても聴きやすく覚えやすい楽曲に仕上げました。
日本の秋をどのように表現しているのか、歌詞の意味を考察していきましょう。
暮れていく空に孤独を思う
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夕空はれて あきかぜふき
つきかげ落ちて 鈴虫なく
≪故郷の空 歌詞より抜粋≫
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冒頭から、晴れた夕焼け空が広がる穏やかな秋の風景が見えてきます。
夕日のオレンジ色が広がる空が夜へと移り変わっていく様子は、美しくも1日が終わってしまう寂しさが感じられます。
そこに秋風が吹くと、夏とは違う涼しくなった風に少し身震いしながら、紅葉した木の葉が揺れる音を聞くのでしょう。
続く「つきかげ(月影)」とは、月の光や月そのものを指す言葉です。
かつては、影という言葉を正反対の光という意味で用いることがありました。
おそらく、光があることで周囲の影が濃くなることを捉えた表現なのでしょう。
「つきかげ落ちて」という表現は、言い換えれば「月光が降り注ぐ」という意味と解釈できます。
地面や水面に、または自分自身に降り注ぐ月光を、じっくりと見たり感じたりしていることが伝わってきます。
それは、光の温かさを感じると同時に、孤独をさらに色濃く感じてしまう瞬間なのかもしれません。
鈴虫が鳴く秋の夜に、独りでいる寂しさを噛み締めている主人公が見える気がします。
遠い地で感じる両親がいない寂しさ
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おもえば遠し 故郷のそら
ああ わが父母 いかにおわす
≪故郷の空 歌詞より抜粋≫
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主人公は空を見上げながら、「故郷のそら」を思い出しています。
「おもえば遠し」とあるため、気がつけば故郷を出てから長い年月が経っているようです。
親元を離れて働きに出て、帰省もせずに必死に働いていたのでしょうか。
小さな諍いがあって家を飛び出し、帰るに帰れず疎遠なままになっているのかもしれません。
どんな理由があったとしても、この故郷を思い出す気持ちには、愛する家族がそばにいない寂しさが含まれているのでしょう。
そして、かつて無条件に受け取っていた「愛の温かさ」を懐かしむ思いもあるはずです。
続く部分の「いかにおわす」とは「どう過ごしているだろうか」と考える言葉です。
故郷に残してきた両親は、今どう過ごしているのだろうか…と気遣う気持ちが込められています。
時代が変わって連絡手段や交通手段が充実しても、親元から離れて生活している人たちには、主人公の気持ちに共感できる部分があるでしょう。
植物の美しさにも故郷を見る
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すみゆく水に 秋萩たれ
玉なす露は すすきにみつ
≪故郷の空 歌詞より抜粋≫
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「秋萩」とは秋の七草の1つでもある萩のことで、枕草子や和歌でも多く用いられてきた日本でなじみ深い花です。
秋になると垂れた枝先に小ぶりな花をいくつもつけ、俯いているように見えるのが特徴です。
ここでは「すみゆく水に秋萩たれ」とあるため、清らかな川のそばで成長した萩が川に向けて枝を伸ばし、花を咲かせている様子が想像できます。
ちなみに萩には、枝を垂らす姿から「内気・思案」といった花言葉があります。
萩の花を見て故郷に咲いていた萩を思い出している、主人公の心情を描くのにぴったりの花ですね。
次の「玉なす露」は、朝露が丸い玉のようになって葉の上に溜まっていることを指しています。
それが「すすきにみつ(満つ)」とあり、すすきの葉や穂に朝露が降りて、陽の光に煌めいている光景が想像できるでしょう。
朝露は消えやすいことから、儚いものに例えられる表現です。
主人公も、すすきが朝露で煌めく様子に、家族がそばにいない今の儚い気持ちを重ねているのかもしれません。
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おもえば似たり 故郷の野辺
ああ わが兄弟 たれと遊ぶ
≪故郷の空 歌詞より抜粋≫
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野原を歩いていると、そこが「故郷の野辺」に似ていることに気づきます。
兄弟と駆け回った記憶が思い出され、彼らは今頃誰と遊んでいるのだろうかと過去を懐かしみながら考えています。
秋の風景を楽しみながら聴いてみよう
童謡の『故郷の空』は、家族と離れて暮らす主人公が、自身の身近にある景色を見ながら故郷を想う楽曲でした。寂しい気持ちが表現されていながらも、そこには家族への温かな愛情がしっかりと感じられたことでしょう。
『故郷の空』を聴きながら、束の間に過ぎていく秋の風景を眺めて思いを馳せてみてはいかがでしょうか。