主人公が置かれた境遇とその過去
『喝采』はある歌手を主人公とした、悲しい物語について描かれた楽曲です。
その歌詞の内容を、冒頭から見ていきます。
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いつものように幕が開き
恋の歌うたうわたしに
届いた報らせは 黒いふちどりがありました
≪喝采 歌詞より抜粋≫
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歌手として、恋の歌を歌っている主人公。
「いつものように」とあることから、この主人公はよくステージに立っている様子が伺え、ある程度人気があるのではないでしょうか。
その主人公の元に届いたのは「黒いふちどり」のある報せ。
これは、通夜や葬式を知らせる手紙のことを指していると考えられます。
つまり、主人公の元には誰かが亡くなってしまったという連絡が届いたのです。
その通知を受け取り、主人公はある過去に思いを馳せます。
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あれは三年前 止めるアナタ駅に残し
動き始めた汽車に ひとり飛び乗った
≪喝采 歌詞より抜粋≫
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主人公には、「アナタ」が止めるのを振り切り、「汽車に飛び乗った」、つまり遠くへ出て行った経験があるようです。
誰かが亡くなった連絡を受け取った後、すぐにその経験を思い出していることから、ここで亡くなってしまったのは歌詞における「アナタ」なのかもしれません。
だとすると、あのとき「アナタ」を振り切ってしまったことを、主人公は後悔しているとも捉えられるでしょう。
見送ろうとする主人公
続く歌詞で、時間は再び現在に戻ってきます。
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ひなびた町の昼下がり
教会のまえにたたずみ
喪服のわたしは 祈る言葉さえ 失くしてた
つたがからまる白い壁
細いかげ長く落として
ひとりのわたしは こぼす涙さえ忘れてた
≪喝采 歌詞より抜粋≫
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「教会」や「喪服」といった言葉が使われていることから、主人公は故人の通夜や葬式に出席しているのでしょう。
主人公は「祈る言葉さえ失くして」いたり、「こぼす涙さえ忘れて」いたりすることから、かなり茫然自失としている様子が伺えます。
喪服を着て教会まで訪れ、故人を見送ろうとしているのに、その現実を受け止めきれていないのかもしれません。
大切な存在であればあるほど、その死を受け止めるには時間がかかるということは、誰かを見送った経験がある人であれば、共感できるものだと思います。
主人公は手紙を受け取ったことで、大切な人の死を知ったのですから、その人の最期に立ち会うことができなかった後悔もあるでしょう。
主人公が深い悲しみの中にあることが伺えます。
耳に触れたもの
深い悲しみの中にある主人公に、ある出来事が起きます。
それが描かれているのが、続く歌詞。
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暗い待合室 話すひともないわたしの
耳に私のうたが 通りすぎてゆく
≪喝采 歌詞より抜粋≫
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まず注目するべきなのが、「待合室」という単語。
この単語はいくつかの解釈が可能となるのではないでしょうか。
ひとつは、火葬場の待合室。
主人公が葬式に出席した後、その故人を見送るために火葬場で待っているという状況は、物語の流れとしてとてもスムーズでしょう。
もうひとつは駅の待合室。
冒頭で、主人公のことを止める「アナタ」を駅に残し、汽車に飛び乗ったというエピソードが描かれていることを重ねて考えると、主人公はその時と同じ駅の待合室にいると捉えることもできるでしょう。
いずれの場合においても主人公はどこかの「待合室」で1人ポツリと悲しみに暮れているようです。
その主人公の耳に聞こえてきたのが、「私の歌」。
1人の人間として深い悲しみの中にいる主人公のもとに、歌手として主人公が歌っている曲が聞こえてきたのです。
この出来事が、主人公の心境にどのような変化をもたらしたのでしょうか。
それでも、幕は開く
最後の歌詞を見ていきましょう。
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暗い待合室 話すひともないわたしの
耳に私のうたが 通りすぎてゆく
≪喝采 歌詞より抜粋≫
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主人公は歌手として、今日もステージに立ち、「恋の歌」を歌うのでした。
歌詞の中に「それでも」とあるように、深い悲しみを経験しても、気丈にステージに立ち、歌を歌い続けているのです。
待合室で自分の歌を耳にしたことで、歌手として果たすべき役目を再び確認できたのかもしれません。
主人公は煌々と輝くライトを浴びながら、歌手として歌い続けるのです。
舞台に立つ人の悲哀を描いた楽曲
『喝采』はカラオケなどでも人気の楽曲です。しかし、その歌詞を紐解いていくと、悲しみを経験しながらも、歌手として歌い続ける主人公の強さが読み取れるでしょう。
誰かを失うことによる深い悲しみや後悔を繊細な物語とともに描いた『喝采』。
どれだけ悲しいことがあっても舞台に立ち続ける人々の強さと儚さにこそ、私たち観客を惹きつけるのかもしれません。