星野源31歳。突然の大病
ミュージシャン・俳優・コラムニストなど多彩な顔を持つアーティスト・星野源(以下星野)。6枚目のシングルとなる『地獄でなぜ悪い』は、2013年9月に公開された同名映画「地獄でなぜ悪い」の主題歌でもあり、映画の世界観と星野の闘病生活への思いが色濃く反映された曲です。
というのも星野は2012年12月、31歳の若さでくも膜下出血を発症し活動休止。
2013年2月に復帰するものの、同年6月に再発が見つかったことで、2度目の活動停止を余儀なくされました。
『地獄でなぜ悪い』の歌詞は2度目の活動停止前、検査入院時に書かれたものです。
星野のエッセイ「よみがえる変態」によると、検査入院の際、隣の個室から「痛い」「苦しい」と呻く年配男性の声が聞こえてきたといいます。
難航していた『地獄でなぜ悪い』の歌詞作りですが、苦しむ男性の声から自身の辛かった闘病生活を思い出し、気づけばペンを取り歌詞を書いていたそうです。
そのような経緯から生まれた歌詞にはどのような意味が込められているのでしょうか。
さっそく見ていきましょう。
この世は楽しい地獄
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病室 夜が心をそろそろ蝕む
唸る隣の部屋が 開始の合図だ
いつも夢の中で 痛みから逃げてる
あの娘の裸とか 単純な温もりだけを
思い出す
無駄だ ここは元から楽しい地獄だ
生まれ落ちた時から 出ロはないんだ
≪地獄でなぜ悪い 歌詞より抜粋≫
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曲は入院中の場面から始まります。
突然の病に襲われ普通に暮らしていた生活が一変、苦しみ・不安・恐怖に心が押しつぶされそうになっていると想像できます。
日中なら誰かがお見舞いに来て心の支えになってくれるのですが、誰もいない夜はより一層心細さが増しているはず。
「夜が心をそろそろ蝕む」とは、そのような不安で恐ろしい気持ちを表現していると言えるでしょう。
さらに追い打ちをかけるように、隣の部屋からは苦しげな唸り声が聞こえてきます。
恐怖・苦しみ・痛み⋯⋯これら辛い現実から逃げるように「あの娘の裸」や「温もり」を思い返しますが、いくら妄想しても現実の不安や痛みは消えません。
そこで「無駄だここは楽しい地獄だ」と悟ります。
私達の周りには娯楽やコンテンツが溢れていて、それらを楽しみながら生きています。
辛い出来事が起こるなんて想像もしないでしょう。
しかしある日、突然襲いかかる病気、災害、別れ、困難⋯⋯それら「地獄」がいつ口を開き、私達を飲み込んでしまうかは誰にも分かりません。
「生まれ落ちた時から出口はないんだ」とありますが、地獄はいつも私達のすぐそばにあって、逃げることはできないと解釈できるでしょう。
地獄の中にあるものとは?
しかしそんな地獄の中にも希望はあります。
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いつも窓の外の 憧れを眺めて
希望に似た花が 女のように笑うさまに
手を伸ばした
嘘でなにが悪いか 目の前を染めて広がる
ただ地獄を進む者が 悲しい記憶に勝つ
≪地獄でなぜ悪い 歌詞より抜粋≫
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例えば病室の窓から見える道端に咲いた花。
「希望に似た花」とあることから、普段なら見落としてしまうような花でも、精神がまいっている入院中は大きな心の支えになっていたのではないでしょうか。
希望は花だけではありません。
エッセイ「よみがえる変態」の中では星野が集中治療室から個室に移動し、そこで自然音や窓から吹く風を心地よく感じる描写があります。
他にも手術後初めて水を飲めるようになったこと、久しぶりに口にしたメロンがひどく甘く感じられたこと、創作意欲が湧いてきたことなど小さな希望がいくつも登場し、星野の心を明るくさせます。
その一方で激しい頭痛や吐き気など津波のような苦しみが小さな希望を押し流し、ポジティブとネガティブの間を行ったり来たりするような闘病生活が続いたようです。
それでも退院まで辛い状態を乗り切ったのは、これらの希望と家族やスタッフ・医療関係者など多くの人の支えがあったからだと思われます。
星野はこれらの体験から、「地獄の中を一歩ずつでも進んでいけばいつか報われる」と思ったのではないでしょうか。
「ただ地獄を進む者が悲しい記憶に勝つ」という歌詞には、そのような思いが込められていると感じます。
もし日常が地獄に変わったとしても
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幾千もの 幾千もの 星のような 雲のような
「どこまでも」が いつの間にか 音を立てて 崩れるさま
≪地獄でなぜ悪い 歌詞より抜粋≫
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私達は今日も明日も同じような日常が続くと思いがちです。
ですがよくよく考えてみると、いつもの日常が明日以降も続く保証はどこにもありません。
私達の日常はひどく不安定で「いつの間にか音を立てて崩れるさま」とは、日常が突然終わってしまうことを指しているように思えます。
そしてたくさんの魅力的な楽しみや刺激的なことが目の前に溢れ、世界の本当の姿を隠してしまっているのではないでしょうか?
もしかしたら世界の姿・本質は「苦しみ」であり、私達は苦しみの中で生きているのかもしれません。
ですが世界は本当に苦しみだけなのでしょうか?
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嘘で出来た世界が 目の前を染めて広がる
ただ地獄を進む者が 悲しい記憶に勝つ
作り物だ世界は 目の前を染めて広がる
動けない場所から君を 同じ地獄で待つ
同じ地獄で待つ
≪地獄でなぜ悪い 歌詞より抜粋≫
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たとえ苦しみを背負って生きていたとしても、進んだ先には希望があるかもしれません。
突然のくも膜下出血で痛みと恐怖に襲われながらも復帰し、現在も活躍し続ける星野のように。
彼が闘病の末に元に作詞した『地獄でなぜ悪い』が多くの人に元気を与えたように。
地獄を進んだその先で悲しみに打ち勝つことがきっとできるはずです。
同じ世界、同じ地獄を生きる私達は1人ではありません。
もし地獄の底で辛くて苦しくて動けなくなったとしても、何かが手を引き背中を押してくれるはずです。
それは身近な人の支えだったり、ラジオから聞こえる音楽だったり、「こんなことしたい」と思う欲求だったりするかもしれません。
地獄を進んだその先にはきっと「辛かったけど生きてて良かった」と思えるものに出会えることでしょう。
今、地獄を生きている人へ
星野源の楽曲『地獄でなぜ悪い』には地獄のような現実を生きる苦しみと、それでも生きていく決意が込められた曲です。辛い経験をした星野だからこそ作れた本楽曲は、悲壮さを少しも感じさせない大変明るい曲に仕上がっています。
今、辛いことがあって心が落ち込んでいる人にぜひ聴いてもらいたい曲です。
この歌が地獄で生きるあなたの希望になりますように。