二人で作った愛を終わらせる
Z世代に人気のアーティスト、ちゃんみなが2019年に2ndフルアルバム『Never Grow Up』を発売。収録曲の『Never Grow Up』は総ストリーミング回数は3億回を超え、今も多くの人が聞いているちゃんみなの代表曲の一つです。
そんな『Never Grow Up』の魅力を考察していきます。
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何から話せばいい
長い長い our story
最後になりそうだね
ありがとう愛してた
≪Never Grow Up 歌詞より抜粋≫
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結論が決まっていると分かる歌いだしです。
彼女が迷っていることは何を話すかであって、その後にこの関係が終わることは理解しています。
ただ、「長い長い our story」とあるように、二人の歴史は長く複雑であることが伺えます。
しかし、それも今回で「最後になりそうだ」と彼女は言います。
「ありがとう愛してた」と感謝の気持ちを伝えられるくらいに、彼女は冷静です。
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何が愛か知らない
だから二人で愛を作ったんだ
これでいいのかなんて
私に聞かないでよね
Yeah we are always high
≪Never Grow Up 歌詞より抜粋≫
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二人で愛を作りながら、相手からの「これでいいのか」という問いに対しては「私に聞かないでよ」と拒絶します。
終わりを意識する前の愛の渦中にいる時、二人は冷静ではありません。
「yeah we are always high(そう、私たちはいつもハイなのだ)」ともある通りです。
『Never Grow Up』の歌詞はこの「最後になりそうだ」と冷静に言う彼女と「これでいいのかなんて」「私に聞かないでよね」と愛に耽溺している彼女が交互に現れる曲になっています。
この表現に関してはMVでも同様です。
MV冒頭は海に捨てられたように置かれた車のハンドルに小さな花束が挟まっている、というものです。
歌詞の冒頭で示される話し合いは綺麗に終わったことを思わせます。
そこから二人の日々が回想されていきますが、愛に満ちた輝かしい日々と愛が欠落し傷つけ合っている日々が入り混じったものとなっています。
「永遠の少女」ではないウェンディ

二つの時間と感情を繋ぐキーワードが歌詞の中にあります。
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あなたがピーターで
私がウェンディを演じた
≪Never Grow Up 歌詞より抜粋≫
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ピーターとウェンディは『ピーター・パン』の登場人物です。
物語のあらすじは「ロンドンの少女ウェンディと弟たち、永遠の少年ピーター・パンがネバーランドで冒険する物語」です。
二人で愛を作った時期の二人はネバーランドで冒険するようなワクワク感があったのでしょう。
ただ、そんな日々は永遠には続きません。
そこにある問題はピーターは「永遠の少年」であるのに対して、ウェンディは永遠の少女ではないことです。
そのため続く歌詞で、彼女は「そばにいる事にもなれ いない事にも慣れてた」となります。
彼女は永遠の少年でいる彼に慣れてしまった。
言い換えれば、それは大人になってしまった、ということでもあります。
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ねぇ君が好きって again and again
また離れて again and again
また戻るの again and again
≪Never Grow Up 歌詞より抜粋≫
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それでも、彼女はピーターを演じる彼のことを好きであろうとします。
離れても「また戻る」ことで、彼に好意を告げ続けます。
しかし、「あなたがピーターで」と言っていた彼女は「君が好き」と、「あなた」と「君」と距離ができた呼び方をしてしまいます。
そこには決定的な変化が伺えます。
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狂わせた時計と壊れたコンパスが
私たちを大人にさせない
≪Never Grow Up 歌詞より抜粋≫
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ピーターを演じる彼は大人になろうとするウェンディを繋ぎ止めるためには時計を狂わせ、コンパスを壊す他なかったのでしょう。
でなければ、彼は少年のまま一人取り残されてしまうのですから。
MVを見ると実際に時計を壊しているシーンがあります。
そして、それを見つめる彼女は逆光になって表情が見えません。
時計は時間を示すものであって、時間そのものではありません。
彼女たちの中に流れる時間は確実に流れていきます。
それは「永遠の少年」を演じる彼も例外ではありません。
ここで分かるのは「私たちを大人にさせない」のは、彼の努力によってもたらされていること。
そして、その努力を知っているから、彼女は「君が好き」と自分に言い聞かせるように伝えます。
しかし、それにもタイムリミットがあります。
重さの違う「さよなら」

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二人とも気付いてはいたけど
歪み始めていた love
≪Never Grow Up 歌詞より抜粋≫
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どんなに精巧に作られた創造物であっても、時間による劣化は免れません。
二人で作った愛にも「歪み始め」たのでしょう。
二人はそれに気付いています。
彼女はずっと前から、ピーターを演じる彼も。
それが分かるのが次の歌詞です。
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君の目を見てわかっちゃった
ねぇなんなんだよわかってくれよ
とか決してそんな荒い気持ちじゃない
君のさよならが重い言葉に
聞こえなくなったんだよ
≪Never Grow Up 歌詞より抜粋≫
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ピーターを演じていた彼も自分が大人になるしかないことに気付いています。
今この瞬間だけを生きている人の「さよなら」と明日のことを考えている人の「さよなら」は重さが違ってくるのは当然です。
彼女は敏感にその変化に気付いてしまいます。
彼の心が離れていること、それと同時に彼女の気持ちも完全に離れてしまったこと。
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こんな事言いたくない
けど君しか知らないからさ
≪Never Grow Up 歌詞より抜粋≫
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二人の気持ちは離れています。
けれど、彼女はピーターを演じる彼しか知らないから、終わらせ方が分かりません。
長いこの愛を終わらせるには、どちらかが大人にならなければなりません。
そして、その役割は彼女です。
彼は彼女の前では「永遠の少年」ピーターを演じるのですから。
『Never Grow Up』という曲は直訳すれば「成長しない」になりますが、ちゃんみなは「子供心を忘れずに」「大人にならない自分であり続けたい」という意味を込めたとインタビューで答えています。
『Never Grow Up』は言うなれば、彼女がピーターを演じてくれた「あなた」を忘れないよと伝え続けている曲なのでしょう。
その上で、大人になることに抗おうとしているようにも思えます。
不真面目な愛の言葉「月が綺麗だね」

最後のフレーズは以下のように始まります。
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長かったね愛してたよねもう終わりにしよう
≪Never Grow Up 歌詞より抜粋≫
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何を終わりにするのでしょうか?
それは突き詰めれば、ピーターとウェンディを演じていた日々です。
それが二人で作った愛の証明なのですから。
そして、最後のワンフレーズに繋がります。
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さよならをしよう月が綺麗だね
≪Never Grow Up 歌詞より抜粋≫
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月が綺麗ですね、は文豪がアイラブユーを日本語に訳したものだと言われているものです。
実際にはそう訳されていない、という説が濃厚ですが、そんな曖昧なフレーズで『Never Grow Up』は終わります。
『Never Grow Up』の彼女は二人で愛を作った時、「これでいいのかなんて 私に聞かないでよね」と拒否をしています。
愛は作っても、その愛が何かを決めることは拒みます。
その上で、最後の話し合いでは「愛してた」と彼に繰り返し告げます。
この愛は二人で作ったものではなく、大人になった誰もが使う真面目な「愛」です。
そんな大人になった彼女が最後の最後に彼へ「月が綺麗だね」と告げます。
二人の関係は終わって、もうお互いに大人になっていくことは分かっている中で、それでもせめての抵抗とでも言いたげに「月が綺麗だね」と伝えるんです。
アイラブユーの訳としては正しくない不真面目な「愛」の言葉を。
彼女は大人になります。
しかし、子供でいることも決して忘れない。
それは時計の秒針を少しだけ常に狂わせておくような小さな抵抗です。
今から体験する喪失と体験した喪失
『Never Grow Up』はちゃんみなが二十歳の時に作った曲です。これから二十歳になる人。
二十歳も遠く過ぎ去ってしまった人。
どんな人が聞いても、喪失する悲しみを感じつつ、決してそれだけじゃないと前向きにもなれる名曲だと思います。
ぜひ、月が綺麗な夜に空を見上げながら聞いてみてください。