逆さまになったタイトル
『L'oN(ライオン)』はアニメ『地縛少年花子くん2』の主題歌です。
『地縛少年花子くん』は2015年から月刊Gファンタジーで連載している漫画作品で、2020年に第一期のアニメが放送されました。
あらすじは「かもめ学園に伝わる奇妙な噂。旧校舎3階女子トイレの3番目には「花子さん」がいて、呼び出した者の願いをなんでも叶えてくれるという。おまじない好き・オカルト少女の八尋寧々は自分の願いを叶えるため、学校の怪談に身を委ねる…」というもの。
キャッチコピーは「ハートフル便所コメディホラー」です。
タイトルにもなっている花子くんは「かもめ学園七不思議七番目『トイレの花子さん』」と呼ばれる男の子で、学校に存在する一部の怪異からは「七番様」と呼ばれています。
作品のモチーフが学園七不思議であり、主役の一人が「七番様」なことから、第一期のOPタイトルが『No.7』なのは非常にしっくりくるものでした。
歌詞も作中のキーワードや登場人物の名前が散りばめられていて、アニメを見た人が改めて聴いて気づくことが多い楽曲となっていました。
そんな『No.7』に続く第二期のOPが今作の『L'oN』です。
作詞、作曲を担当しているのは引き続きANCHORで、楽器陣も同様です。
ただし、『No.7』のアーティストは「地縛少年バンド(生田鷹司×オーイシマサヨシ×ZiNG)」というユニットでしたが、今回の『L'oN』ではオーイシマサヨシのソロとなっています。
別々の楽曲として聴いて問題ありませんが、『L'oN』と『No.7』は並べて見ると、点対称で逆さまになったタイトルになっています。
タイトルから二つの楽曲は双子のような深い繋がりがあることが分かります。
その上で、『地縛少年花子くん』の内容もこれでもかと言わんばかりに詰め込まれています。
今回はそんな『L'oN』にスポットを当てて歌詞の考察をしてみたいと思います。
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こんな嘘の世界壊してよ
≪L'oN 歌詞より抜粋≫
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まるで最初に犯人を教えるミステリーのような始まり方です。
結論は「嘘の世界を壊してよ」と誰かに懇願することです。
では、この壊して欲しい「嘘の世界」とはどんな場所なのでしょうか。
「嘘の世界」を連想させる内容が『地縛少年花子くん2』の第6話(第6の怪)「エソラゴト」から展開されていきます。
アニメを見ていない方もいると思いますので、まず説明をさせてください。
『地縛少年花子くん』には学校の七不思議をモチーフにした幽霊が登場します。
そんな彼らと交流していくのが主人公である八尋寧々たちです。
物語が進む中で、一人の幽霊の少年が「普通の人間になりたい」と願います。
それを「嘘の世界」を作って叶えてしまうエピソードが『地縛少年花子くん2』の第6話(第6の怪)「エソラゴト」です。
今まで幽霊として登場していた登場人物たちが「普通の人間」として学校内で生活をして、周囲もそれを自然のこととして受け入れている世界が「嘘の世界」です。
この「エソラゴト」を踏まえて歌いだしの「壊してよ」を聞くと、望んだ世界にいるはずの幽霊たちから出たお願いに思えます。
なぜ、望んだ世界なのに「壊してよ」の結論に至るのか順番に歌詞を見ていきましょう。
一から七の幽霊と「八」

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まるで夢を見てるような景色でさ どこか嘘じゃないことを願っていた
だけどいつか覚めるのが夢だって 静寂の途中で分かってたんだ
≪L'oN 歌詞より抜粋≫
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幽霊たちから見れば「嘘の世界」は「まるで夢を見てるような景色」です。
それは「どこか嘘じゃないことを願」うほどにです。
しかし、「いつか覚めるのが夢だって 静寂の途中で分かって」しまいます。
ちなみにここで「静寂」で夢だと気づくのは『地縛少年花子くん』を知っている人に向けた仕掛けとなっています。
冒頭で登場した「嘘の世界」を作った幽霊の名前が「 静寂(シジマ)」さんなのです。
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普く噂話に縋っても 三葉のクローバーで妥協した しがない"キミとだけの秘密だから"
≪L'oN 歌詞より抜粋≫
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ここにも登場人物の名前が隠れています。
最初の「普く」は「柚木普」であり、 三葉のクローバーは「三葉惣助」です。
二人共、幽霊であり『地縛少年花子くん2』の第6話(第6の怪)「エソラゴト」で普通の人間として学校に通います。
「嘘の世界」を最も望んだ二人と言っていいかも知れません。
「しがない"キミとだけの秘密だから"」という歌詞の「キミ」は八尋寧々を含む「嘘の世界」に巻き込まれてしまった主人公たちを指していると考えられます。
現実世界では、幽霊である七不思議たちは一般生徒たちには秘密でした。
彼らは一般生徒たちの「噂話」によって存在が担保されており、自分たちの本当を見せられるのは主人公たちだけでした。
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さぁ語りましょうか 何度だって
一片氷心的な衝動
遮二無二足掻き喰らい再三嗤い
あの日の言葉 刃なんて四の五の言わず 願う十風五雨
第六感頼りで七転八倒擦り減って
≪L'oN 歌詞より抜粋≫
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「語りましょう」と歌ってから、「一片氷心的な」や「遮二無二足掻き喰らい」と数字の入った単語の羅列が歌詞に入ってきます。
『地縛少年花子くん』のモチーフである学校七不思議にちなんだ歌詞です。
一期のOP『No.7』でも同様に一から数えるように数字が散りばめられていました。
ただ、この歌詞が七不思議を表しているとすると、「七転八倒」で「八」が入ってくるのが気になります。
『No.7』では「一か八か綱渡って八番目は無いだろ?」とも言及しています。
二曲とも七不思議の八番目の「八」ではないようです。
では、この「八」は何かと言えば、主人公の名前「八尋寧々」を指しているのでしょう。
『地縛少年花子くん』という物語の構造が八尋寧々と幽霊たちが関わっていく形ですので。
一から七の幽霊と、生きている「八」の主人公が織りなす物語が『地縛少年花子くん』というわけです。
最後の日まで「ちゃんと」

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司る 運命も刻限も変えてやれ 過去も未来も階段状に並ぶ現在も
鏡に映った悲しい顔を見て平気なフリなんてうんざりだ
≪L'oN 歌詞より抜粋≫
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タイトルにもなっている主役の「花子くん」こと「柚木普」という少年が幽霊になった経緯が、アニメではまだ詳しく語られていません。
ただ、第一期で「花子くん」は双子の弟「柚木司」を殺してしまった、ということが示唆されます。
歌詞の中に「司る」とありますので、これは「柚木司」のことを指すのでしょう。
そして、「柚木司」は「花子くん」と同様に幽霊になっており、物語が進行していく中で何度も顔を合わせます。
自分と瓜二つの顔と向き合う時、常に「花子くん」は平気なフリをしています。
それを「うんざりだ」と思っていたとしても、おかしくはありません。
自分の罪と常に向き合わされるのですから。
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夜の帳の向こう側の月に 人が降り立ったことがあるんだって
本当も夢も嘘みたいだけどさ 偽ったメデタシじゃ
ダメなんだ ダメなんだよ 最後の日が決まったって
ちゃんと寝て ちゃんと起き ちゃんと生きたいな
≪L'oN 歌詞より抜粋≫
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生前の「花子くん」の夢は宇宙飛行士だと語るエピソードがあります。
なので「月に 人が降り立ったことがあるんだって」と語っているのは、「花子くん」でしょう。
言い方には実感がこもっていません。
「〜だって」とは、まるで噂話でもしているようです。
生前の「花子くん」にとって人が月に降り立ったという「本当」も自分の宇宙飛行士になるという「夢」も「嘘みたい」に感じるけれど、それが「偽ったメデタシじゃ」「ダメなんだ」ということは分かっています。
この「偽ったメデタシ」とは歌い出しにあった「嘘の世界」のことでしょう。
「嘘の世界」で夢を叶えてもダメです。
ただ、「ダメなんだ ダメなんだよ」という言い方はどこか、自分に言い聞かせるような響きを持ちます。
「最後の日が決まったって」は「嘘の世界」が終わる日を指すのでしょう。
その日まで「ちゃんと寝て」「ちゃんと起き」て、「ちゃんと生きたいな」と幽霊の少年が願っていると考えると、そこには切なさが孕みます。
幽霊は死者ですから、「ちゃんと寝て」「ちゃんと起き」て、「ちゃんと生き」ることはできません。
続く歌詞には強がりのような内容が並びます。
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もう何十回何百回何千回何万回 苦難や困難があっても
また何百回何千回何万回何億回 立ち上がるよこの脚で
≪L'oN 歌詞より抜粋≫
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過剰な数の羅列です。
「嘘の世界」にいれば、偽りの幸せに耽溺していられます。
それが分かっているからこそ、過剰な数の羅列で自分に言い聞かせるように「苦難や困難があって」「立ち上がるよこの脚で」と決意をにじませます。
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最初っから全部わかってた 誰が死のうがどうだってよかった
どうだって よかったはずだったのに
キミに生きていて欲しいと思ったんだ 都合がいいだけの絵空事だとしても
平気なフリなんてうんざりだ もう嫌なんだ
≪L'oN 歌詞より抜粋≫
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ここの歌詞は「花子くん」がある登場人物に向けた心理描写だと考えると納得できる内容になっています。
生きているある登場人物に対し「花子くん」は死期が近いことを知った上で「平気なフリ」をして接していました。
しかし、その内面が「どうだって よかったはずだったのに」「キミに生きていて欲しいと思ったんだ」だとすれば、『地縛少年花子くん』という作品の根本的な見え方が変わってきます。
「嘘」は「フィクション」

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ねえ 内緒の内緒のあの話 三番目にあるあの場所には
今日も君が居るんだ
こんな嘘の世界壊してよ 素敵な嘘をありがとう
≪L'oN 歌詞より抜粋≫
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旧校舎3階女子トイレの「三番目」に「花子くん」はいます。
「今日も君が居るんだ」と言っていますので、「嘘の世界」を壊して現実も戻ってきたのでしょう。
そんな世界に対して「素敵な嘘をありがとう」と言って、『L'oN』は終わります。
「嘘」は「フィクション」とも言います。
最後の歌詞は「素敵なフィクションをありがとう」と読み替えると、作詞された方から『地縛少年花子くん』の作者への感謝の言葉にも思えてきます。
『No.7』と『L'oN』は間違いなく『地縛少年花子くん』に対する深い愛を持って作成された楽曲です。
ぜひ、『地縛少年花子くん』のアニメ第二期を見終えた人は原作を手に取り『No.7』と『L'oN』を聴きながら読んでみてくださいね。