薬の語源「奇し(くすし)」
2025年にメジャーデビュー10周年を迎えるMrs. GREEN APPLEが4月5日に新曲『クスシキ』の配信を開始しました。『クスシキ』はTVアニメ『薬屋のひとりごと』第2期の第2クールオープニングテーマとして作成されました。
タイトルの意味は「"薬"の語源になっている"奇し(くすし)"という古語から『クスシキ』」とのことです。
また、Mrs. GREEN APPLEのボーカル・ギターの大森元貴は「日本のみならず、海外でも愛されている『薬屋のひとりごと』と、今回このようなご縁をいただきとても光栄です」とコメントしており、原作に対するリスペクトが伺えます。
そんな『薬屋のひとりごと』はシリーズ累計4,000万部突破の大人気作品であり、2023年10月から放送された第1期は、放送直後から大きな話題を呼びました。概要は「毒と薬に異常な執着を持つ薬屋の娘・猫猫(マオマオ)が、宮中で巻き起こる数々の事件を解決していく謎解きエンターテインメント」です。
主人公、猫猫というキャラクターを象徴するシーンがあります。
それは後宮で毒見役として働く中で放った「これ、毒です」という台詞。
『薬屋のひとりごと』はタイトルにある通り「薬」がキーワードになるのですが、猫猫がとくに執着するのが、この「毒」です。
大森元貴もコメントの中で「人の助けにもなり、そして毒にもなり得る薬」は「「神秘的な」、「摩訶不思議な」という意味を持つ」ことをヒントにメロディーと歌詞の「世界観を広げて」いったと明かしています。
『クスシキ』の歌詞を読み解いていくと、毒と薬の関係性を愛する人への繊細な気持ちへと変換して描かれていることが分かります。
今回は、そんな『クスシキ』の歌詞の意味を歌いだしから見ていきたいと思います。
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摩訶不思議だ
言霊は誠か
偽ってる彼奴は
天に堕ちていった
って聞いたんだけども
彼奴はどうも
皆に愛されてたらしい
≪クスシキ 歌詞より抜粋≫
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不思議ではなく、「摩訶不思議だ」と戸惑うような感情から『クスシキ』は始まります。
薬の語源「"奇し(くすし)"」の意味、「摩訶不思議」が意識された歌いだしであり、普通の不思議では足りない、という気持ちも伝わってきます。
そのあとに「言霊」を偽っていた「彼奴」が「天に堕ちていった」と分かります。
天に堕ちた、とは死んだと解釈して良いでしょうが、本来なら「地獄」に堕ちたと表現すべきでしょう。
けれど、「私」はそうすることができません。
なぜなら、「彼奴は」「皆に愛されてたらしい」からです。
残された人間たちが愛おしそうに「彼奴」のことを話す姿は確かに地獄とは言い難いでしょう。
「あなた」と「貴方」の違い

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感じたい思いは
故に自由自在だ
≪クスシキ 歌詞より抜粋≫
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「言霊」を偽っていた「彼奴」が「愛されていた」事実を前にして「私」は「感じたい思いは」「自由自在だ」と言います。
「感じた思い」ではなく、「感じたい思い」というところに、「私」の複雑な気持ちが表れています。
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奇しき術から転じた
まほろば
「あなたが居る」
それだけで今日も
生きる傷みを思い知らされる
≪クスシキ 歌詞より抜粋≫
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「奇しき術」はタイトル「クスシキ」を思わせる単語ですが、そのまま解釈すれば「不思議な術」です。
そして、「私」からはカラクリが分からない、とも言えます。
分かることは「転じた」先に「まほろば」があった、ということです。
「まほろば」を調べると「素晴らしい場所」「住みやすい場所」という意味の日本の古語と出てきます。
「私」にとって、ここは「まほろば」だと感じているようです。
その理由は『クスシキ』の歌詞の中で唯一のカギ括弧の「あなたが居る」からです。
「私」はあなたが居るから、「今日も」「生き傷み味を思い知らされ」ます。
ここで「傷み」という単語を使っているのが興味深いです。
「愛」や「安らぎ」ではなく、なぜ「傷み」を思い知らされるのでしょうか。
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愛してるとごめんねの差って
まるで月と太陽ね
また明日会えるからいいやって
何一つ学びやしない魂も
≪クスシキ 歌詞より抜粋≫
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ここで歌詞の毛色が変わります。
さきほどまでの歌詞は「摩訶不思議だ」や「故に自由自在だ」と「〜だ」と断定的な語尾でした。
しかし、ここからは「愛してるとごめんねの差って」「まるで月と太陽ね」と柔らかい印象を与える語尾に変わっています。
また、内容も「愛してるとごめんねの差」や「また明日会えるからいいやって」と問いかけるようなものです。
おそらく、先ほどまでの「私」とは別の人物の視点に変わったのでしょう。
この別の人物こそ「私」のまほろばである「あなた」です。
「あなた」は「私」に対して「愛してるとごめんねの差」は「月と太陽ね」と問いかけますが、「また明日会えるからいいや」と続くことから、声として伝えていないのが分かります。
伝わらない想いを先延ばしにしていることを「何一つ学びやしない魂」と「あなた」は責めます。
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貴方をまた想う
今世も
≪クスシキ 歌詞より抜粋≫
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ここは「貴方」になっています。
歌いだしの「私」であれば、ひらがなで「あなた」と呼ぶところでしょう。
そして、突然の「今世も」です。
言葉を入れ替えれば、「今世も」「貴方をまた想う」となります。
まるで、前世から想っていたような言い方です。
「あなた」に奉仕する「私」

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奉仕だ
こうしたいとかより
こうして欲しいが聞きたい
思いの外 自分軸の世界
≪クスシキ 歌詞より抜粋≫
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「〜だ」と断定しましたので、歌いだしの「私」のパートに変わりました。
「奉仕」を調べると「国家・社会や目上の者などのために、私心を捨てて力を尽くすこと」と出てきます。
その上で「こうしたいとかより」「こうして欲しいが聞きたい」は、「私心を捨てて力を尽くす」場合は、言われたことをやる方が楽なのは想像に難くありません。
その上で、言うことを聞く世界が「思いの外」「自分軸」だと気づきます。
『クスシキ』の歌詞の中で確定はできませんが、「私」が奉仕している対象は「あなた」なのかも知れません。
「あなた」は「私」に「愛してる」と伝えられずにいるとは言え、想ってはいますから「私」を軸に仕事を任せているのでしょう。
もし、二人が雇い、雇われの関係だとすれば、「私」の「あなたが居る」から「まほろば」となった「素晴らしい場所」は、しかし「奉仕」の場であり、私心を捨てなければならないことに「私」は苦しんでいるのかも知れません。
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馬鹿に言わせりゃ
この世は極楽だ
≪クスシキ 歌詞より抜粋≫
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「馬鹿」はおそらく歌いだしの「彼奴」でしょう。
「言霊」を偽っても「皆に愛され」るのだから、嘘をつくことに躊躇がない人からすれば「この世は極楽」になります。
そんな「彼奴」を横目に「私」は「正直になれない」と続けます。
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私はいつか
素直になれるあの子にきっと
色々と遅れては奪われる
≪クスシキ 歌詞より抜粋≫
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「あの子」がでてきました。
「私」でも「あなた」でもない「あの子」は素直になれます。
そして、素直になれることに「私」は脅威を感じています。
この脅威は「私」の「まほろば」である「あなた」への奉仕の立場を失うことです。
そう分かっていても、「私」は「あなた」へ正直にはなれないのでしょう。
拗れるからこそ、来世へ

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愛してると大好きの差って
まるで月と月面ね
また呑んだ言葉が芽を出して
身体の中にずっと残れば
≪クスシキ 歌詞より抜粋≫
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「〜ね」と問いかけていますので「あなた」のパートです。
前半では「愛してるとごめんねの差」は「月と太陽」のようだと言っていましたが、ここでは「愛してると大好きの差」は「月と月面」だと言います。
距離が近づいているのが分かります。
ただ、続く歌詞は「また呑んだ言葉が」のため、「月と太陽」の頃と現状は何も変わっていません。
その上で「呑んだ言葉が芽を出して」「身体の中に」残ることを願っています。
想いを伝えることを諦め、大切に身体の中に残してしまうとしています。
続く歌詞はまさにと言えるフレーズです。
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気づけば拗れる恋模様
≪クスシキ 歌詞より抜粋≫
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「拗れる」の意味は「物事が、もつれて順番に運ばなくなる」という意味です。
「私」と「あなた」は互いに想い合っています。
けれど、伝え合っていない想いは次第にもつれて行き場を失っていきます。
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めくれば次の章
石になった貴方の歌を
口ずさんで歩こう
≪クスシキ 歌詞より抜粋≫
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「次の章」に入りました。
ここでは「貴方」が石になっています。
「私」が呼ぶ「あなた」はひらがなですから、漢字の「貴方」は「〜だ」と断定的に語っていた「私」です。
「石になった」は素直に解釈すれば墓標に入ったということでしょう。
「私」も「あなた」も互いに想いを伝え合うことなく、永遠の別れが訪れてしまいまいした。
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ひとりじゃないって笑おう
分厚めの次の本
病になった私の歌を
口ずさんで歩こう
ひとりの夜を歩こう
≪クスシキ 歌詞より抜粋≫
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「あなた」は「ひとりじゃない」と笑います。
「分厚めの次の本」は「私」が残していったものなのでしょう。
「病になった私の歌」から、「私」は病で亡くなったことが分かります。
「あなた」は「貴方/私の歌」を口ずさんで歩きます。
「ひとりの夜」も「貴方/私の歌」があれば、怖くないとでも言いたげです。
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愛してるよ
ごめんね
じゃあね
まるで夜の太陽ね
≪クスシキ 歌詞より抜粋≫
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生きている時には伝えられなかった言葉を伝えていきます。
しかし、それは「まるで夜の太陽ね」と「あなた」から「私」は見えなくなってしまったことを暗示しています。
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クスシキ時間の流れで
大切を見つけた魂も
≪クスシキ 歌詞より抜粋≫
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ここで、タイトルの『クスシキ』です。
「神秘的な」「摩訶不思議な」時間の流れ、ということでしょう。
そんな現実味のない時間の中で「あなた」は「私」という「大切を見つけた」と言います。
そして、続く歌詞ですべてを肯定します。
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貴方をまた想う
来世も
≪クスシキ 歌詞より抜粋≫
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「来世」でも「貴方」を想うと言って、『クスシキ』は終わります。
まさに「摩訶不思議」な決意です。
しかし、「あなた」の「私」への想いはそれほど大きいものだと、伝わってきます。
そのままでは「愛」にならない
『クスシキ』は報われなかった恋模様だからこそ、今世を超えて来世でも変わらない愛へと昇華されたような印象を持ちます。薬や毒の原材料は植物や動物などです。
そのままでは薬にも毒にもならず、適切な手順で加工していく必要があります。
「あなた」と「私」の恋模様は拗れて、適切な手順を踏むことなく今世では終わりました。
しかし、それ故に来世へと繋がる愛になったのだと、『クスシキ』は歌います。
届かなかった想いは無駄ではない、と力強く肯定してくれている『クスシキ』は今恋をしている人、これから恋をする人の背を確実に押してくれる楽曲になっています。
ぜひ、『薬屋のひとりごと』の物語と共に自分の恋を想いながら聴いてみていただければと思います。
【Mrs. GREEN APPLE PROFILE】 大森元貴 (Vo/Gt) 若井滉斗 (Gt) 藤澤涼架 (Key) 2013年結成。2015年EMI Recordsからミニアルバム「Variety」でメジャーデビュー。 以来、毎年1枚のオリジナルアルバムリリースと着実なライブ活動を続け、2019年12月から行われた初の全国アリーナツアー「エデ···
