毎日がエイプリルフール
tuki. (ツキ)の『騙シ愛』がTBS系日曜劇場『キャスター』の主題歌として発表され、4月14日に配信が開始されました。2025年現在、高校2年生のtuki.は2023年に発表した1th『晩餐歌』から途切れることなく、すべての楽曲の作詞作曲をおこなっており、9thのデジタルシングルとなる『騙シ愛』も作詞作曲を担当しています。
そんな『騙シ愛』は、tuki.初のドラマ主題歌曲として書き下ろされました。
ドラマ『キャスター』のプロデューサーは「初めて曲を聞いた時、私の思っていることをバシッと射貫かれた」とコメントし、「それからは、その曲からイマジネーションをいただいて、ドラマを作らせていただいています」とも続けています。
『キャスター』は「テレビ局の報道番組を舞台に、闇に葬られた真実を追求し悪を裁いていく社会派エンターテインメント」であり、主演は阿部寛で第1話は視聴率14.2%を記録しました。
そんな1話では、阿部寛が演じる型破りなニュースキャスター進藤壮一が「報道に携わる者ならば、毎日がエイプリルフールだと思え。私に報道のイロハを教えてくれた恩師の言葉だよ」と伝えるシーンがあります。
この「毎日がエイプリルフール」というキーワードは『騙シ愛』に通じるテーマです。
また、『騙シ愛』のジャケットはtuki.がニュースキャスター姿として描かれたものとなっています。
tuki.はコメントにて「人は秘密と嘘を抱えて生きているものだと思います」としています。
真実を伝えるはずのニュースキャスターをジャケットにしつつ、「秘密と嘘を抱え」た人間を『騙シ愛』はどのように表現しているのか、歌詞の意味を考察していきたいと思います。
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騙し合いのこの世界で
信じられるものを探す
もう見失わないから
≪騙シ愛 歌詞より抜粋≫
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本楽曲が『キャスター』のために書き下ろされたことを考慮すれば、「この世界」は報道の世界でしょう。
後に「私」が出てきますので、「信じられるものを」探しているのは私です。
その上で「もう見失わないから」と続けていますので、一度は見失ってしまったようです。
私は一度挫折をして、それでも「この世界」にしがみついています。
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どうして嘘をついてしまったの
どうして本当を話せないんだろう
あなたはどんな顔するでしょう
自分を守りたいだけじゃないの?
≪騙シ愛 歌詞より抜粋≫
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続く歌詞は後悔の言葉です。
「どうして」と自分を責めています。
内容は「嘘をついてしまった」こと、「本当を話せない」ことです。
そして、その「どうして」の矛先は「あなた」です。
この「嘘」が歌いだしの「騙し合いのこの世界」で起きたのであれば、それは当然のことです。
「本当を話せない」のも組織に所属していると起こり得ることです。
あなたがどんな顔をしようと、仕事だから会社だからと言い切ることは可能です。
けれど、私はそういう振る舞いを「自分を守りたいだけじゃないの?」と自身に問います。
仕事や会社を言い訳にして「嘘」をつくことを「私」という個人は良しとできないのでしょう。
「騙し合い」と「騙し愛」

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騙し愛の嘘の中で
信じられる物を探す
瞳が欲しい
≪騙シ愛 歌詞より抜粋≫
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ここに来て「騙し愛」です。
歌いだしは「騙し合い」だったので、私の中に「愛」が芽生えたことが分かります。
続くフレーズは最初「この世界で」でしたが、今回は「嘘の中で」です。
tuki.は公式のコメントの中で「時にはその嘘の背景に愛があり、だからこそ人と人がともに生きるのは難しい」としています。
最初の嘘は「騙し合い」の世界だからでした。
けれど、「騙し愛」では、愛を背景に嘘をつきます。
続く歌詞は最初のフレーズと変わらない「信じられる物を探す」です。
ただ、最初の「もの」は平仮名で、今回は「物」と漢字になっています。
嘘の中で信じられるものはより具体的な物になるのかも知れません。
そして、歌いだしにはなかったフレーズがここに入ってきます。
「瞳が欲しい」です。
さきほどの「信じられる物」が私にとって「瞳」なのかも知れません。
だとすれば、私は自分が見たものなら信じられる、と思っているのでしょう。
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まだ未来はわからないままだけど
心、裏切らないで
もう見失わないから
≪騙シ愛 歌詞より抜粋≫
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信じられる物としての瞳があっても「未来はわからないまま」です。
ただ「心、裏切らないで」と願っています。
「もう見失わないから」と続けますが、このフレーズも最初にありました。
「騙し合い」「信じられるもの」と歌いだしの表現を少しずつ変えてきましたが、この「もう見失わないから」だけは何も変わっていません。
騙し合いの世界でも「騙し愛」の世界でも、私の望みは「もう見失わない」ことです。
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どうして嘘を覚えたんだろう
どうして本当を隠すのだろう
私は知らぬふりをするのでしょう
触れてしまうことが怖くなったの
≪騙シ愛 歌詞より抜粋≫
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私が望む「もう見失わない」は、言い換えれば一度は大事なものを「見失った」ことを意味するでしょう。
その過去を指して、「どうして」を繰り返します。
前半にあった「どうして」の繰り返しと意味は同じですが、表現は違います。
どうして「嘘をついてしまったの」が「嘘を覚えたんだろう」に変わり、どうして「本当を話せないんだろう」が「本当を隠すのだろう」に変わっています。
前半より、一段深い深い沼に嵌まってしまったような印象があります。
これが「騙し合い」の世界と「騙し愛」の愛の有無による変化なのかも知れません。
その上で、「私は知らぬふりをするのでしょう」と自分を客観的に見ます。
その理由は「触れてしまうことが怖くなったの」と、愛が成立してしまったことに対する恐れです。
嘘をつかずに愛を手に入れたなら何の躊躇もしなかったことを嘘をついてしまったことで「怖く」なってしまったのでしょう。
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青いままで熟れた果実みたいに
気付かれもしないで
枯れてしまう前に
一口齧って欲しいだけ
≪騙シ愛 歌詞より抜粋≫
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私は嘘をつくことが上手くなってきたのでしょう。
それこそ、あなたの前で「知らぬふり」ができるほどに。
上手い嘘の効能は誰にも気付かれないことです。
結果、「青いままで熟れた果実」が誰にも「気付かれ」ず、枯れてしまうことが起きてしまいます。
上手くいき過ぎた時、私が望むのは嘘で固めた「果実」を「一口齧って欲しい」のです。
嘘のすべてを暴いて欲しいわけではないけれど、まったく疑われないことも虚しい。
そのようなアンビバレントな感情がここでは見え隠れします。
手に触れた感触

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騙し愛の闇の中で
触れたはずのぬくもりだけ
覚えている
まだ未来はわからないままだけど
心、裏切らないで
私を生きてくから
≪騙シ愛 歌詞より抜粋≫
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「騙し愛の闇の中で」「触れたはずのぬくもり」と言うことは、私とあなたは「嘘」で塗り固めた「愛」の中で触れ合う関係にまでに至ります。
しかし、そのあとの「ぬくもりだけ」「覚えている」と続くところを見ると、触れ合うことはあっても、愛し合うことはなく、「あなた」は私のもとを去ったのでしょう。
私は「まだ未来はわからないままだけど」だと言います。
この表現は前回もあり、続く「心、裏切らないで」も変わりません。
ただ、そのあとは今回は「私を生きていくから」であり、前回は「もう見失わないから」でした。
あなたが去った理由はおそらく、私が上手く嘘をつけるようになったことに起因するのでしょう。
その「嘘」によって、「触れたはずのぬくもり」を失います。
肉体的な満たされなさを抱えながら「心、裏切らないで」と私は願います。
この「心」に対するお願いは、自身の心なのでしょう。
外から見れば私がおこなう嘘によって、愛を失い、それに伴う多くの不利益を被ります。
しかし、それでも上手く嘘をつく「私を生きてくから」と宣言します。
外から見た私がおこなう嘘によって、私は多くの不利益を被っているのでしょう。
それでも上手く嘘をつく「私を生きてくから」と私が私に伝えます。
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藻掻くほど迷い込み
真実は零れてく
手に触れた感触を
覚えていられるか
≪騙シ愛 歌詞より抜粋≫
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このフレーズの後に「騙し合いのこの世界」となります。
このこの「藻掻くほど迷い込」むで「真実は零れていく」葛藤は、「騙し愛」から「騙し合いのこの世界」への移行によるものだと思えば、腑に落ちます。
零れた「真実」が「手に触れた感触を」「覚えていられるか」も、さきほどまで「あなた」の「ぬくもり」を覚えていたものを上書きするような歌詞になっています。
私は一人、「騙し合いのこの世界」へと乗り込んでいったのでしょう。
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手探りでいいよ
私を象ろう
いつか必ず出会うだろう同じ痛み
分け合えるような貴方と出会うために
≪騙シ愛 歌詞より抜粋≫
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そして、最後には「手探りでいいよ」となります。
「ぬくもり」でも「真実」でもなく、手探りで「私を象ろう」と、騙し合いの果てに私は私へと戻ってきます。
その上で、「同じ痛みを」「分け合えるような貴方と出会う」と傷を負ってなお、私は前を向いています。
ここの「貴方」は漢字です。
前半に登場した「あなた」ではありません。
新しく出会う「貴方」も私と「同じ痛み」を抱えています。
ここで私が望む「貴方」との関係は「騙し愛」なのでしょう。
私は私が上手く嘘をつける関係の「貴方」を望んで、『騙シ愛』は終わります。
「秘密と嘘を抱えて」
改めて、tuki.のコメント「人は秘密と嘘を抱えて生きているものだと思います」に戻りましょう。tuki.は「秘密と嘘を抱えて」いることを否定していません。
むしろ、共に生きるものだとtuki.自身が考えているようにも読めます。
実際、tuki.は顔は公開せずに活動をおこなっていますので、この「秘密と嘘を抱え」ることに対して人一倍考える機会が多かったのではないか、と想像します。
その上で改めて『騙シ愛』の歌詞を見ると、『キャスター』というドラマの意味も含みながらtuki.自身の気持ちもこの歌詞には込められていたのかも知れません。
とはいえ、それは深読みに過ぎません。
ただ、『騙シ愛』は『キャスター』の主題歌としてだけ聴くよりも、もっと普遍的で豊かな楽曲としてあることは確かです。
ぜひ、ふと立ち止まってしまった時や自分を振り返ってみたい時に一人聴いて見てください。