100m走に賭ける少年たちの成長を描いた『ひゃくえむ。』主題歌を髭男が書き下ろし
Official髭男dismの『らしさ』は、映画『ひゃくえむ。』主題歌として書き下ろされた新曲です。2025年8月6日にデジタルリリースされました。
『ひゃくえむ。』は、『チ。―地球の運動について―』で話題となった魚豊のデビュー作。
トガシと小宮という二人の少年が、100m走に打ち込む姿を描いた作品です。
己の限界をぶつけ合って競う、勝ち負けの分かりやすいシンプルな競技故の喜びや苦悩を切り取った『らしさ』。
走るという孤独な競技を題材にしながら、生きていれば誰しもぶつかる壁や苦悩を描き出した歌詞は、聴く人の心に深く刻まれるものばかり。
作品とリンクする『らしさ』の歌詞を読み解きながら、そこに込められた意味や思いを考察していきます。
『らしさ』というポジティブな響きからは程遠いネガティブさも孕んだ楽曲

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誇るよ全部 僕が僕であるための要素を
好きだよ全部 君という僕の黒い部分も
恵まれなかった才能も 丈夫じゃない性格も
だけど大それた夢をちゃんと描く強かさも
≪らしさ 歌詞より抜粋≫
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自分らしさを誇れることは素晴らしいことです。
日本人は謙虚さを美徳としてきた文化があるため、なかなか自分の長所を誇ることに抵抗がある人が多いかもしれません。
しかし、スポーツにおいては特に、自分の武器を分析して勝利に繋げていかなくてはいけませんから、「らしさ」を誇れる強さは重要です。
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焦るよいつも 足音の群衆が僕の努力を
引き裂いて何度 君という闇の世話になったろう
オンリーワンでもいいと 無理やりつけたアイマスクの奥で一睡もしやしない自分も見飽きたよ
≪らしさ 歌詞より抜粋≫
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ひたむきな努力をしても、自分の武器を磨いても、周りにはライバルがたくさん。
自分の力が通用するのかと、弱気になる日もあるでしょう。
「オンリーワンでいい」と言い聞かせて、自分は自分と開き直っても、心の中には不安や焦りが募ります。
アイマスクの下で眠れない夜を過ごす姿は、人知れず努力を重ねるアスリートの多くが経験する孤独かもしれません。
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「現実的、客観的に見れば 絶望的。絶対的1位はきっと取れないな」
分かってる 分かっちゃいるんだけど
圧倒的、直感的に僕は 納得出来ちゃいない
ああ なんでこんなにも面倒で 不適合な長所を宿してしまったんだろう
≪らしさ 歌詞より抜粋≫
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敵わない相手がいると分かっていても諦めがつかない。
それは、アスリートとしては強みでもありますが、届かないと知りながらもがくのは底なしの苦しみでもあるでしょう。
一位になれないと分かっているのに食らいつきたい、諦めたくない。
諦めの悪さという自分の特性に対する苦々しい気持ちが滲み出すような歌詞です。
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らしさ そんなものを抱えては 僕らは泣いてた 笑ってた 競い合ったまま
大好きな事に全て捧げては 何度も泣くんだ 笑うんだ メチャクチャなペースで
何度勝っても それはそれで未来は苦しいもの
ああ まじでなんなの? 負けて負けて負けまくった時ほど
思い出話が僕の歩みを遅めてしまうよ 過去の僕と君からの最低のプレゼント
≪らしさ 歌詞より抜粋≫
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勝っても負けても泣いて笑えるのがスポーツの素晴らしさです。
勝っても負けても、そこで終わりではなく、次のステージがある。
そこに向かってまた努力を重ねて走り出し、また、結果に一喜一憂するのでしょう。
「大好きな事に全て捧げては」という歌詞の通り、大好きだからこそ全力投球で、大好きだからこそ勝っても負けても涙が出るのだと思います。
勝って終わりではない、負けて終わりでもない。
負けて悔しい日ほどに歩みを進めてしまう。悔しさこそがバネになる。
そんな自分に呆れながら、嫌気がさしながらも歩み続けてしまうのは、それだけの情熱を捧げている証でもあるのです。
『らしさ』で歌われる「自分らしさ」は、ポジティブだけでなくネガティブな要素も孕んでいる点が面白いところ。
人の個性や特性は、時として武器になり、時として本人を苦しめる諸刃の剣にもなります。
その両面を描いているところに、髭男の上手さを感じますね。
相反する二つの本音の間で揺れ動く心

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打算的で消極的な面は 僕を守る絆創膏 怖くてきっと剥げないな
分かってる 分かっちゃいるんだけど
プライドは新品のままで白くふやけ痒がっている
ああ どちらも僕で君だから どちらも本心だからたちが悪いよな
≪らしさ 歌詞より抜粋≫
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プライドの高さも、打算的な自分も、どちらも自分。
自らの力を尽くして正々堂々戦い、結果を潔く受け入れる。
人は、そんなに強くはないでしょう。
失敗したくない、傷つきたくない。
そうやって自分を守りながら生きているものです。
自分の中にある相反する心は、どちらも本心だからこそ拒絶できず、本人を苦しめるのでしょう。
そんな気持ちは偽物だと言ってしまえたらどれほど楽でしょうか。
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「始めたのが遅いから」「世界はあまりにも広いから」
「天才はレベルが違うから」「てかお前が楽しけりゃいいじゃん」
ああ うるさいな それでもなんか君に負けてしまう日もあった
まあ そりゃそっか ブレない芯や思想なんて僕らしくはないや
でも今の僕は もう限界だ 君の言いなりになってたまるか
僕はやっぱ 誰にも負けたくないんだ そんな熱よどうか 消えてなくなるな!
≪らしさ 歌詞より抜粋≫
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前を向いて走りたい「僕」と、言い訳をして楽な方へ流れていきたい「君」。
自分の中で二つの本音がぶつかり合い、せめぎ合ってるのです。
気を抜いたら「君」が言うように、楽な方に流されそうな弱い「僕」。
強気な「僕」と弱気な「君」。いつでも心の中にある天使と悪魔。
揺れ動く心の声が見事に表現されています。
色んな言い訳を並べて逃げ道を探しても、最後に行き着くのは「負けたくない」という思い。
その思いが残っているうちは、「僕」が「君」に負けることはないのでしょう。
スポーツだけではない、今を生きる人全てに刺さる『らしさ』の歌詞が背中を押す

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らしさ そんなものを抱えては 僕らは泣いてた 笑ってた 競い合ったまま
大好きな事に全て捧げては まだまだ泣くんだ 笑うんだ
位置についたなら さあ、本気で勝負だ
らしさ そんなものを抱えては 喜び悲しみ 不安期待 絶望絶頂 君と僕のものだよ全部
らしさ そんなものを抱えては ああ 息絶えるまで泣くんだ 笑うんだ
「本当に良かった」 ああ 生きてて良かったな
≪らしさ 歌詞より抜粋≫
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諦めの悪さという「らしさ」に散々苦しみながらも、誰にも負けたくなくて、「僕」は前を向いて走り続けるのでしょう。
それがどれほど苦しいことでも、諦めるよりもマシだから。
一番で自分の「らしさ」を嘆いていた「僕」は、それでも自分の「らしさ」を抱きしめて生きていく決意をしました。
命尽きるまで、何度ももがいて嘆きながら。
自分の「らしさ」があってよかったと誇らしく思いながら。
自分の面倒な特性に苦しみながらも、こんな自分でよかったと心から言える姿には、胸が熱くなります。
アスリートではなくても、生きている人全てに当てはまる歌詞なのが見事。
『らしさ』は『ひゃくえむ。』の主題歌としての存在感だけでなく、今を生きる人の応援歌として、強く背中を押してくれる歌です。
「負けたくない」「悔しい」「逃げたい」「逃げたくない」そんな相反する気持ちを抱えて、めまぐるしい日々を生きていくのが私たち人間です。
人間である限り、どうしても抱いてしまう感情。自分でも処理しきれない気持ちに振り回されながら、泣きべそをかきながら生きていく。
そんな泥臭さが、アスリートとそれ以外の人の垣根を越えて、聴く人全てに届く秘訣ではないでしょうか。
Official髭男dism (オフィシャルヒゲダンディズム) 山陰発4人組ピアノPOPバンド。2012年6月7日結成、島根大学と松江高専の卒業生で結成されており、愛称は《ヒゲダン》。このバンド名には髭の似合う歳になっても、誰もがワクワクするような音楽をこのメンバーでずっと続けて行きたいという意思が···
