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ザ・タイガースメンバーの年齢や出身は?デビュー曲などバンドの遍歴も紹介

ザ・タイガースは、沢田研二(ジュリー)、岸部一徳(サリー)、加橋かつみ(トッポ)、森本太郎(タロー)、瞳みのる(ピー)の5人で結成された伝説のバンドです。 本記事では、数々のヒット曲で社会現象を巻き起こした彼らの魅力を、各メンバーのプロフィールやバンドの歴史とともに紹介します。

ザ・タイガースメンバーの年齢や出身は?

ザ・タイガースは、1967年のデビュー以降グループ・サウンズ(GS)ブームを代表する存在として人気を集めました。

オリジナルメンバーは沢田研二、岸部一徳、加橋かつみ、森本太郎、瞳みのるの5人でしたが、1969年に加橋かつみが脱退。

その後、岸部四郎が加入して活動を続けました。

ここでは、誕生日・出身など、各メンバーのプロフィールを紹介します。

誰がどんな担当だったのかが分かると曲の聴こえ方も変わるので、一緒に見ていきましょう。

沢田研二(ジュリー)

誕生日 1948年6月25日
年齢 77歳
出身 鳥取県

ザ・タイガースのボーカルを務め、ジュリーの愛称で親しまれ続ける沢田研二。

愛称「ジュリー」は、イギリスの女優ジュリー・アンドリュースに由来し、本人が命名したものです。

圧倒的な歌唱力と端整なルックスで、デビュー当時から熱狂的な人気を博し、一躍国民的アイドルとなりました。

解散後はソロ歌手・俳優として大活躍し、「勝手にしやがれ」で1977年に日本レコード大賞を受賞。

TOKIO」「時の過ぎゆくままに」など数々のヒット曲を生み出し、現在も精力的にライブ活動を続けています。

岸部一徳(サリー)

誕生日 1947年1月9日
年齢 79歳
出身 京都府

岸部一徳は、ザ・タイガースのベースとリーダーを担当

愛称のサリーは、リトル・リチャードの名曲「のっぽのサリー」に由来しています。

タイガース時代は、岸部修三(おさみ)名義で活動していました。

魅力的なバリトンのコーラスでバンドのハーモニーを支え、ベーシストとしての腕前にも定評がありました。

解散後は俳優に転身し、1990年には映画『死の棘』で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。

現在も名脇役として数多くのドラマや映画で活躍しています。

加橋かつみ(トッポ)


誕生日 1948年2月4日
年齢 78歳
出身 大阪府

ザ・タイガースのリードギターとボーカルを担当した加橋かつみ。

愛称のトッポは、イタリアの人形キャラクター「トッポ・ジージョ」に似ていたことから名付けられました。

澄んだ伸びのある高音の歌声が高く評価され、大ヒット曲「花の首飾り」ではメインボーカルを務めています。

また、グラフィックデザイナーを志していた経験を活かし、グループの衣装デザインも手がけました。

1969年にグループを離れた後は、ソロシンガーとして活動

「ひらけポンキッキ」のエンディング曲「かもめが空を」や、アニメ「ニルスのふしぎな旅」での歌唱も印象的です。

森本太郎(タロー)


誕生日 1946年11月18日
年齢 79歳
出身 京都府

森本太郎はザ・タイガースのギター担当で、愛称のタローは本名の「太郎」からそのまま付けられました。

8枚目のシングル「青い鳥」や、再結成時にヒットした「色つきの女でいてくれよ」など、作詞や作曲を手がけたバンドのメロディーメーカーです。

ギターだけでなく、ピアノやハーモニカなど複数の楽器を器用にこなすマルチプレイヤーでもあります。

解散後は音楽プロデューサーとしても活躍し、現在は「森本太郎とスーパースター」を率いて都内でライブを開催しています。

瞳みのる(ピー)


誕生日 1946年9月22日
年齢 79歳
出身 京都府

瞳みのるはザ・タイガースのドラムス担当で、結成当初はリーダーを務めていました。

愛称のピーは、キューピーに由来しています。

人懐っこくチャーミングな人柄で、ボーカルの沢田研二に次ぐ人気を誇りました。

独特のリズム感と、躍動感あふれるドラムプレイが高く評価されています。

解散後は芸能界を離れ、慶應義塾大学に進学。

その後、慶應義塾高等学校で30年以上にわたり中国語・漢文の教諭を務めました。

2008年の退職後にメンバーと再会し、現在は作家・音楽家として活動しています。

岸部四郎(シロー)

誕生日 1949年6月7日
出身 京都府

岸部四郎は、俳優・岸部一徳の実弟で、1969年3月に加橋かつみの後任としてザ・タイガースに加入。

澄んだ高音の歌声で加橋のパートをカバーし、MCでの巧みな話術にも定評がありました。

解散後は、タレント・俳優として活躍

日本テレビのワイドショー「ルックルックこんにちは」では約14年にわたり司会を務めました。

ドラマ「西遊記」への出演でも知られています。

2013年の復活コンサートでは、病を押して東京ドームのステージに登場し、ファンを感動させました。

ザ・タイガースってどんなバンド?

ザ・タイガースは、1967年にデビューし、グループ・サウンズ(GS)ブームの頂点に立った伝説的バンドです。

ビートルズローリング・ストーンズに影響を受けた彼らは、圧倒的な演奏力と華やかなステージパフォーマンスで社会現象を巻き起こしました。

日本人バンド初の武道館コンサートや日本初のスタジアムライブを実現するなど、音楽史に多くの「初」を刻んだパイオニアでもあります。

バンド結成から上京まで

ザ・タイガースの原型は、1965年6月に京都で結成された「サリーとプレイボーイズ」です。

瞳みのる、岸部修三(現・一徳)、森本太郎、加橋かつみの4人は、京都の四条河原町界隈で親交を深め、ベンチャーズのコンサートに感銘を受けてバンド結成を決意しました。

1966年の元日に沢田研二が加入し、バンド名を「ファニーズ」に改称。

大阪のジャズ喫茶「ナンバ一番」で腕を磨き、「全関西エレキバンド・コンテスト」で優勝するなど着実に実力をつけていきました。

同年10月に渡辺プロダクションと契約し、11月に上京。

東京での新たな挑戦が始まりました。

バンド名の由来

「ザ・タイガース」というバンド名は、1966年11月15日、初めてのテレビ番組出演の収録当日に命名されました。

名付け親は、作曲家でありテレビ番組のディレクターでもあった、すぎやまこういち氏です。

沢田研二によると、すぎやま氏は「大阪から来たわけ?じゃ、タイガースだ」とプロ野球の阪神タイガースにちなんで命名したとのこと。

すぎやま氏自身は、後年「初めて見たとき若虎という印象があった」と語っています。

虎のように力強く、若々しいエネルギーに満ちた彼らにぴったりの名前となりました。

ザ・タイガースのデビュー曲は?

ザ・タイガースのデビュー曲は、1967年2月5日に発売された「僕のマリーです。

ビートルズやストーンズなど洋楽志向だったメンバーたちは、この楽曲に当初戸惑いを感じたといいます。

デビュー直後のセールスは伸び悩みましたが、3月頃から人気が爆発。

続く2枚目のシングル「シーサイド・バウンド」が40万枚を超える大ヒットとなり、一気にGSブームの頂点へと駆け上がりました。

テレビ出演も増え、中高生を中心に熱狂的なファン層が広がっていきました。

再結成の歴史

1971年1月24日の日本武道館での解散コンサート後、ザ・タイガースは何度か再結成を果たしています。

1981年には、同窓会と銘打って瞳みのる以外の5人で再結成して発表した「色つきの女でいてくれよ」がヒット。

1989年には第40回NHK紅白歌合戦に初出場しました。

大きな転機となったのは2008年。

37年間芸能界を離れていた瞳みのるがメンバーと再会を果たしたのです。

そして2013年12月、ついにオリジナルメンバー5人での復活コンサートが実現。

全国8会場で約10万人を動員し、最終日の東京ドームでは岸部四郎も登場して、史上初の6人全員集合となりました。

ザ・タイガースの人気曲3選

ザ・タイガースは、デビューから解散までの約4年間で数多くのヒット曲を生み出しました。

その楽曲は今なお色褪せることなく、多くの人々に愛され続けています。

ここでは、特に人気の高い代表曲を3曲ご紹介します。

初めてザ・タイガースを聴く方は、まずこの3曲から始めてみてはいかがでしょうか。

花の首飾り

▲ザ・タイガース-花の首飾り【ザ・タイガース-Topic】


1968年3月に発売された両A面シングル「銀河のロマンス/花の首飾り」に収録された楽曲です。

オリコンチャートで1位を獲得し、公称130万枚(オリコン調べで67.6万枚)を売り上げた、ザ・タイガース最大のヒット曲となりました。

この曲で特筆すべきは、メインボーカルを加橋かつみが務めていること

澄んだ高音の歌声が美しいメロディーと見事に調和し、聴く者の心に深く響きます。

切なくも温かみのある歌詞と相まって、半世紀以上経った今でも多くのファンに愛され続けている名曲です。

君だけに愛を

▲ザ・タイガース-君だけに愛を【ザ・タイガース-Topic】


1968年1月に発売された4枚目のシングルで、ザ・タイガースを代表する楽曲の一つです。

情熱的な歌詞とドラマチックなメロディーが特徴で、沢田研二のボーカルの魅力が存分に発揮されています。

この曲は1989年の第40回NHK紅白歌合戦でも披露され、再結成時には欠かせない定番曲となりました。

グループ・サウンズ全盛期の熱気を今に伝える一曲であり、当時の若者たちがいかに彼らに熱狂したかを感じ取ることができます。

力強いサウンドと甘いボーカルのコントラストが絶妙な、まさにザ・タイガースの魅力が詰まった楽曲です。

シーサイド・バウンド

▲ザ・タイガース-シーサイド・バウンド【ザ・タイガース-Topic】


1967年5月に発売された2枚目のシングルで、40万枚を超える大ヒットを記録しました。

デビュー曲「僕のマリー」から徐々に人気が高まっていた頃にリリースされ、ザ・タイガースを一気にGSブームの頂点へと押し上げた出世作です。

タイトル通り、夏の海辺を感じさせる爽やかで軽快な楽曲で、聴いているだけで明るい気持ちになれます。

アップテンポなリズムとキャッチーなメロディーは、当時の若者たちを熱狂させました。

グループ・サウンズの魅力を体感するなら、まず聴いておきたい一曲です。

ザ・タイガースは虎の名を背負った国民的バンド!人気曲を聴き当時の熱狂を知ろう

ザ・タイガースは、1960年代後半の日本に旋風を巻き起こした伝説のグループ・サウンズバンドです。

沢田研二、岸部一徳、加橋かつみ、森本太郎、瞳みのるという個性豊かな5人のメンバーは、それぞれが卓越した才能を持ち、解散後もさまざまな分野で活躍を続けてきました。

彼らの名曲の数々は、半世紀以上経った今でも色褪せることなく輝き続けており、聴けば当時の若者たちがなぜあれほど熱狂したのか、きっと理解できるはずです。

ぜひ一度、ザ・タイガースの楽曲に触れて、日本の音楽史に輝く彼らの魅力を体感してみてください。

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