宮沢賢治「春と修羅」をモチーフとした心の歌
2025年8月8日にリリースされたヨルシカの『修羅』は、磯村勇斗主演ドラマ『僕達はまだその星の校則を知らない』の主題歌として書き下ろされました。『僕達はまだその星の校則を知らない』は、人生にも仕事にも臆病な弁護士が、私立高校のスクールロイヤーとして派遣されるところから始まります。
法律や校則では簡単に解決できない若者たちの青春に、不器用ながらも必死に向き合っていく学園ヒューマンドラマです。
その主題歌『修羅』は、宮沢賢治の心象スケッチ『春と修羅』をモチーフに制作されました。
妹・トシの死を経験した宮沢賢治が、春の景色とは対照的な自分自身のおぞましい心を修羅と表現し、自分の内に混在する善と悪に、もがき葛藤する心情が描かれた『春と修羅』。
その詩をどのように曲に落とし込んでいるのか、歌詞の意味を考察していきましょう。
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あの風 あの風
懐かしいとお前が言った
懐かしい私の心が透けてしまった
山影 晴れ晴れ
風が立った 嵐のように
お前が歌うとは知らなかった
≪修羅 歌詞より抜粋≫
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この楽曲には、主人公とは別に「お前」と呼ばれる人物が登場します。
これはおそらく、宮沢賢治にとってのトシのような、何にも代えがたい大切な存在を表していると考えられます。
その人が「あの風 懐かしい」と言ったのは、それがもう経験できないものになってしまったから。
主人公はそれを知っているため、懐かしむ「心が溶けてしまった」かのように切なさが込み上げてきます。
続く部分にあるように、そびえる山と晴れ晴れとした空を駆け抜ける春の突風は、木々を騒がせます。
そんなふうに力強く「お前が歌う」のを聴いて、それほどの力や思いがあったなんて「知らなかった」と驚きを感じているようです。
どれほど近くにいて知っているつもりでも、誰も全てを知っているわけではないという現実を表しているのかもしれません。
おれはひとりの修羅なのだ

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忘れたい 忘れたい
忘れようと私が言った
忘れた
お前が日差しとは知らなかった
波風 晴れ晴れ
海がたった一つのように
私も一人とは知らなかった
≪修羅 歌詞より抜粋≫
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思い出すことによって悲しみが募るなら、いっそ忘れた方が楽になれることもあります。
この場面を主人公が「お前」を失った後と解釈してみましょう。
その人のことを思い出すとつらいから「忘れたい」と思い、「忘れよう」と決めた主人公。
しかしようやく忘れられそうになった頃、妙な心の翳りを感じます。
そして、自分にとってその人が「日差し」のような存在だったことに思い至ります。
自分がその人を守っていると思っていたのに、本当に守られているのは自分の方だったと気づいたのです。
全てを包み込むように広大な「海もたった一つ」のように、自分も決して満たされない孤独を抱えていることを知り、さらに深い悲しみに襲われていることを感じさせます。
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寂しいと歌えば春よ
風を吹く、おれはひとりの修羅なのだ
大きな口を開けろ
寂しいとうめく修羅
≪修羅 歌詞より抜粋≫
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春は出会いや芽吹きといったポジティブなイメージがある一方で、多くの別れに満ちた寂しい季節でもあります。
大きな別れを経験し、主人公は「おれはひとりの修羅なのだ」と表現しました。
『春と修羅』にも繰り返し登場するこのフレーズは、主人公の心の中の苦悩や葛藤を意味しています。
大切なものを奪っていく不条理な現実への怒り、大切な人すら守れない自分自身への悔しさ、正しさとは何なのかと迷い悩む気持ちなど、複雑な考えや感情がせめぎ合っているのでしょう。
それでも、自分の心にいる「寂しいとうめく修羅」に「大きな口を開けろ」と言い、全てを受け止めて生きろと自分を奮い立たせます。
人は孤独だから心を知らなければならない

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あなたの心は冷たいと誰かが言った
まぁ!心が冷えるとは知らなかった
夕焼け 晴れ晴れ
風が立った 木立のように
お前も一人とは知らなかった
≪修羅 歌詞より抜粋≫
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主人公は誰かから「あなたの心は冷たい」と言われてしまいました。
それに対する「まぁ!心が冷えるとは知らなかった」というフレーズは、自分のことを何も知らない人が、表面的な部分だけを見て批判することへの皮肉のように聞こえます。
それと同時に、大切な存在を失うことによる自分自身への影響の大きさを自覚し、衝撃を受けているようでもあります。
美しい夕焼けに一本一本影を落とす木立のように、人は群れているようでも皆一人。
一人になってみて初めて、それぞれが抱える孤独を理解できるようになるのでしょう。
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寂しいと私の胸よ裂けろ
今、おれはひとりの修羅なのだ
大きな口を開けろ
風を受け、走る修羅
≪修羅 歌詞より抜粋≫
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寂しさにより胸は裂け、心がバラバラになるかのように打ちのめされてしまいます。
しかし、そうした大きな変化を経て人は成長するのかもしれません。
「大きな口を開け」「走る修羅」は、激しい感情を表現しながら懸命に生きようとする人の内面の強さを示しているように感じます。
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心が 心が波打つとお前が言った
あぁ、心が海だとは知らなかった
山影 晴れ晴れ
風が立った 嵐のように
お前が笑うとは知らなかった
≪修羅 歌詞より抜粋≫
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自分の心の揺れを感じ、主人公はあの人が「心が波打つ」と言っていたのを思い出します。
心は海のように凪いでいるときもあれば、荒れ狂うときもある。
海が美しく見えるのは、そのような変化を持っているからなのでしょう。
きっと心も、明るい感情だけでなく暗い感情もあるからこそ、一層輝きを放つのではないでしょうか。
失う間際に最後の笑顔を見て、心が嵐のように昂ります。
人には意外な一面があり、全てを知ることはできないから、自分のことも相手のこともよく知るように努め、知った一面を大切に扱うことが必要だと教えてくれているような気がします。
n-buna制作のアニメーションMVにも注目!
ヨルシカの『修羅』は、自分と他者の様々な感情と向き合うことの大切さが表現された楽曲です。作詞作曲を務めるn-buna自身が制作したMVは、まさに“心象スケッチ”といえるモノクロのアニメーションとなっていて、そのストーリーが歌詞の情景をさらに彩ってくれます。
ぜひ歌詞に込められた感情やMVのストーリー、ドラマとのリンクに注目しながら言葉の美しさに浸ってください。
