1. 歌詞検索UtaTen
  2. コラム&特集
  3. バンド
  4. Red Hot Chili Peppers

Red Hot Chili Peppers(レッチリ)メンバーの年齢は?出身などのプロフィールを紹介

世界的ロックバンド、レッチリことRed Hot Chili Peppers。本記事では、アンソニー・キーディス、フリー、ジョン・フルシアンテ、チャド・スミスからなるレッチリメンバーのプロフィールに加え、バンドの歴史やおすすめ曲まで紹介します。

レッチリ(Red Hot Chili Peppers)現在のメンバーのプロフィール

レッド・ホット・チリ・ペッパーズ(レッチリ)は、ボーカルのアンソニー・キーディス、ベースのフリー、ギターのジョン・フルシアンテ、ドラムのチャド・スミスの4人で構成されるロックバンドです。

ファンクとロックを融合した唯一無二のサウンドで、世界累計1億2000万枚以上のセールスを記録しています。

ここからはメンバーごとにプロフィールと特徴を紹介していきます。

アンソニー・キーディス


担当 ボーカル
英名 Anthony Kiedis
誕生日 1962年11月1日
年齢 63歳
身長 175cm
出身 アメリカ・ミシガン州グランドラピッズ

レッチリの結成メンバーであり、バンドの顔ともいえるフロントマンです。

ラップとメロディを自在に行き来するボーカルスタイルが特徴で、ほぼすべての歌詞を手がけています。

ミシガン州で生まれ、12歳の頃にロサンゼルスへ移住。

フェアファックス高校でフリーやギタリストのヒレル・スロヴァクと出会い、バンド結成へとつながりました。

2004年には自伝『Scar Tissue』を出版し、ミュージシャンとしての半生を語っています。

40年以上にわたりバンドを率い続ける、レッチリの精神的支柱です。

フリー


担当 ベース
英名 Flea(Michael Peter Balzary)
誕生日 1962年10月16日
年齢 63歳
身長 168cm
出身 オーストラリア・メルボルン

レッチリのサウンドを語るうえで、欠かせない存在が、ベーシストのフリーです。

ファンクを基盤としたスラップ奏法の名手で、2009年のRolling Stone誌読者投票では、歴代ベーシスト2位に選出されました。

オーストラリア・メルボルン出身で、幼少期にアメリカへ移住。

もともとジャズトランペットを演奏していましたが、盟友ヒレル・スロヴァクの影響でロックに目覚め、ベースを学びました。

音楽教育にも熱心で、2001年には非営利の音楽学校「Silverlake Conservatory of Music」を共同設立しています。

2026年3月にはソロデビューアルバム『Honora』のリリースも予定されており、ベーシストとしての進化はとどまるところを知りません。

ジョン・フルシアンテ


担当 ギター
英名 John Frusciante
誕生日 1970年3月5日
年齢 56歳
身長 173cm
出身 アメリカ・ニューヨーク州クイーンズ

レッチリのギタリストとして、バンドのサウンドに最も大きな影響を与えてきた存在がジョン・フルシアンテです。

18歳という若さでバンドに加入し、Rolling Stone誌の「最も偉大なギタリスト」にも選出された実力派

メロディアスかつエモーショナルなギタースタイルは、7thアルバム『Californication』以降のレッチリの音楽性を決定づけました。

バンドへの加入と脱退を繰り返し、現在は3度目の在籍期間中。

ソロアーティストとしてもアルバムを多数リリースしており、ギタリストとしての表現の幅広さも大きな魅力です。

2019年の復帰後は『Unlimited Love』『Return of the Dream Canteen』という2枚のアルバムを2022年に発表し、レッチリに新たな黄金期をもたらしました。

チャド・スミス


担当 ドラム
英名 Chad Smith
誕生日 1961年10月25日
年齢 64歳
身長 191cm
出身 アメリカ・ミネソタ州セントポール

レッチリのリズムを支えるドラマーが、チャド・スミスです。

1988年にオーディションで加入し、以降10枚のスタジオアルバムに参加するなど、バンド史上最も長くドラムを担当しています。

身長191cmの大柄な体格から繰り出されるパワフルかつグルーヴ感あふれるドラムスタイルが特徴。

フリーとのリズムセクションは、ロック界屈指のコンビと評されています。

また、俳優ウィル・フェレルとの「そっくり問題」はファンの間でもおなじみのエピソード。

ヴァン・ヘイレンのメンバーなどが集まった、スーパーグループ・Chickenfootでの活動や、子どもへの音楽教育支援にも積極的に取り組んでおり、音楽への愛情が深いメンバーです。

レッチリ(Red Hot Chili Peppers)を脱退した初代メンバー

レッチリは現在の4人に至るまでに、メンバーの入れ替わりが何度もあったバンドです。

特にギタリストの変遷が多く、その歴史を知ることでレッチリの音楽をより深く楽しめるでしょう。

まずは、結成時のオリジナルメンバーでありながらバンドを離れた2人を紹介します。

ヒレル・スロヴァク

担当 ギター
英名 Hillel Slovak
誕生日 1962年4月13日
年齢 享年26歳(1988年6月25日逝去)
身長 非公表
出身 イスラエル・ハイファ

レッチリの結成メンバーであり、バンドの初代ギタリストです。

ファンクとハードロックを融合したギタースタイルで、初期レッチリのサウンドを形作り、フリーにベースを教えた人物としても知られています。

別バンドとの掛け持ちのため1stアルバムには不参加でしたが、2ndアルバム『Freaky Styley』から3rdアルバムまで参加しました。

1988年6月に26歳で急逝

My Lovely Man」など、彼に捧げられた楽曲が今も演奏され続けています。

2026年3月にはNetflixで、彼の影響やバンドの初期を描いたドキュメンタリー『ライズ・オブ・レッド・ホット・チリ・ペッパーズ:俺たちのヒレル』が配信されました。

ジャック・アイアンズ

担当 ドラム
英名 Jack Irons
誕生日 1962年7月18日
年齢 63歳
身長 非公表
出身 アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルス

レッチリの結成メンバーであり、初代ドラマーです。

フェアファックス高校でアンソニー、フリー、ヒレルと出会い、バンド結成に深く関わりました。

ヒレルと同じく他バンドとの掛け持ちで一度離脱しますが、1986年に復帰し、結成メンバーが唯一揃った3rdアルバム『The Uplift Mofo Party Plan』に参加。

1988年のヒレル急逝を受けて、バンドを離れました

その後Pearl Jamに加入し、現在もソロ活動や他アーティストとの共演を続けています。

レッチリ(Red Hot Chili Peppers)脱退した他メンバー

レッチリは初代メンバー以外にも、多くのミュージシャンが在籍してきました。

それぞれが異なる音楽性をバンドに持ち込み、レッチリの歴史に足跡を残しています。

ここでは、スタジオアルバムに参加した4人の元メンバーを紹介します。

ジャック・シャーマン

ヒレルの一時離脱を受け、オーディションで加入した2代目ギタリストです。

1stアルバム『The Red Hot Chili Peppers』(1984年)のレコーディングとツアーに参加しました。

しかし、バンドとの音楽的方向性の違いから1985年初頭に解雇され、在籍期間は約1年間。

脱退後は、ボブ・ディランやジョージ・クリントンらと共演するなど、セッションミュージシャンとして活動しました。

2020年8月に64歳で逝去しています。

クリフ・マルティネス

ジャック・アイアンズの一時離脱を受けて、加入した2代目ドラマーです。

元キャプテン・ビーフハートのバンドに在籍していた経歴の持ち主で、1stアルバムと2ndアルバム『Freaky Styley』(1985年)の2作品に参加しました。

1986年にアイアンズが復帰したことで離脱

脱退後は映画音楽の作曲家に転身し、映画『ドライヴ』(2011年)のサウンドトラックなどで高い評価を受けています。

デイヴ・ナヴァロ

Jane's Addictionの中心メンバーとして知られていたギタリストです。

フルシアンテの脱退(1992年)後、1993年にレッチリに加入し、6thアルバム『One Hot Minute』(1995年)に参加しました。

サイケデリックかつヘヴィなギタースタイルで、バンドに新たな音楽性をもたらしましたが、クリエイティブの方向性の違いから1998年に離脱

現在は再結成したJane's Addictionを中心に、活動を続けています。

ジョシュ・クリングホッファー

2007年からレッチリのツアーサポートギタリストを務め、2009年にフルシアンテの2度目の脱退後、正式メンバーに昇格しました。

10thアルバム『I'm with You』(2011年)と11thアルバム『The Getaway』(2016年)の2作品に参加。

2012年のロックの殿堂入りでは、32歳で当時の最年少殿堂入りアーティストとなりました。

2019年末にフルシアンテの復帰に伴いバンドを離れましたが、現在はPearl Jamのツアーメンバーやソロプロジェクト「Pluralone」など精力的に活動しています。

レッチリ(Red Hot Chili Peppers)とは?



レッチリは、1982年に前身バンドが結成され、1983年にアメリカ・ロサンゼルスで「Red Hot Chili Peppers」名義で活動を始めたロックバンドです。

世界累計1億2000万枚以上のセールスを記録し、2012年にはロックの殿堂入り、2022年にはハリウッド・ウォーク・オブ・フェイムの星も獲得しました。

ここからはバンドの歴史を時系列で見ていきましょう。

バンド名「レッド・ホット・チリ・ペッパーズ」の由来

レッチリのもともとのバンド名は「Tony Flow and the Miraculously Majestic Masters of Mayhem」という非常に長い名前でした。

一夜限りのライブを経てバンド活動を本格化するにあたり、「Red Hot Chili Peppers」に改称。

刺激的で、エネルギッシュな音楽を体現するバンド名として定着しました。

ちなみに、ロサンゼルスには「Red Hot Chili」という名前のバンドがほかにも複数あったとされていますが、レッチリの圧倒的な知名度により、この名前は彼らの代名詞となっています。

結成のきっかけは一夜限りのステージ

1983年、ロサンゼルスのフェアファックス高校で出会ったアンソニー・キーディス、フリー、ヒレル・スロヴァク、ジャック・アイアンズの4人がバンドを結成しました。

きっかけは、地元クラブでの一夜限りのライブ出演

もともとは一度きりのつもりでしたが、ステージが好評だったことから本格的なバンド活動を開始します。

半年ほどで、ロサンゼルスのアンダーグラウンドシーンで人気を集め、EMIとのレコード契約を獲得。

1984年に1stアルバム『The Red Hot Chili Peppers』をリリースしましたが、初期は商業的に大きなヒットには至りませんでした。

『Blood Sugar Sex Magik』で世界的ブレイク

レッチリの転機となったのは、ジョン・フルシアンテとチャド・スミスが加入した新体制です。

1989年の4thアルバム『Mother's Milk』で商業的な成功の足がかりを掴むと、プロデューサーにリック・ルービンを迎えた1991年の5thアルバム『Blood Sugar Sex Magik』が全世界で1300万枚以上を売り上げる大ヒットを記録

シングルカット曲「Under the Bridge」はバンド初のトップ10シングルとなり、「Give It Away」はグラミー賞を受賞しました。

ファンクとロックの融合というレッチリの音楽性が世界に認められ、バンドは一気にロックシーンのトップへと駆け上がりました。

フルシアンテ復帰と進化し続ける現在

『Blood Sugar Sex Magik』の大成功後、フルシアンテは1992年にバンドを脱退。

デイヴ・ナヴァロを迎えた『One Hot Minute』(1995年)を経て、1998年にフルシアンテが復帰します。

復帰後の7thアルバム『Californication』(1999年)は全世界1600万枚を売り上げ、バンド最大のヒット作となりました。

その後もフルシアンテの脱退と復帰を経ながら、2022年には『Unlimited Love』『Return of the Dream Canteen』の2枚を同年にリリース。

Unlimited Love Tourは約4億ドルの興行収入を記録したともいわれており、バンド史上最大規模のツアーとなりました。

2026年にも新曲制作中であることも明かされており、結成40年を超えてなお進化は止まりません。

レッチリ(Red Hot Chili Peppers)メンバーの現在までの変遷

レッチリは40年以上の歴史の中で、特にギタリストの入れ替わりが多かったバンドとしても知られています。

結成メンバーのヒレル・スロヴァクが1stアルバムのレコーディング前に一時離脱し、復帰後の1988年に急逝。

その後ジョン・フルシアンテが加入するも脱退と復帰を繰り返し、デイヴ・ナヴァロやジョシュ・クリングホッファーが在籍した時期もありました。

一方で、ボーカルのアンソニー・キーディスとベースのフリーだけは、結成時から一度も欠けることなくバンドを支え続けています

13枚のスタジオアルバムすべてに参加しているのはこの2人だけであり、レッチリの核はまさにこの2人の絆です。

幾多のメンバーチェンジを経て現在の4人体制に至ったレッチリは、バンドとして最も成熟したメンバーで活動を続けています。

レッチリ(Red Hot Chili Peppers)のおすすめ曲4選

レッチリを初めて聴くなら、まずは代表曲から押さえるのがおすすめです。

初期のファンクロック全開のナンバーから、メロウでエモーショナルな楽曲まで、時代ごとの音楽性の変化も楽しめます。

ここでは、レッチリの魅力が詰まった4曲を紹介します。

Give It Away

▲Red Hot Chili Peppers-Give It Away【OFFICIAL MUSIC VIDEO】


1991年の5thアルバム『Blood Sugar Sex Magik』に収録された、レッチリを代表するファンクロックナンバーです。

フリーのうねるようなベースラインと、アンソニーのラップ調ボーカルが絡み合う、エネルギッシュな1曲。

グラミー賞の「Best Hard Rock Performance with Vocal」を受賞し、バンドの知名度を世界的に押し上げました。

ライブでは終盤のハイライトとして披露されることが多く、会場が一体となる定番曲です。

レッチリのファンクロックとしての原点を味わうなら、まずこの曲から聴いてみてください。

Under the Bridge

▲Red Hot Chili Peppers-Under the Bridge【OFFICIAL MUSIC VIDEO】


同じく『Blood Sugar Sex Magik』に収録された、レッチリ初のトップ10シングルです。

アンソニー・キーディスがロサンゼルスでの孤独感を綴った歌詞に、ジョン・フルシアンテの繊細なギターが重なる、バンドの新たな一面を示した名曲。

ファンクロックのイメージが強いレッチリですが、この曲ではメロディアスで内省的なサウンドが際立っています

「Give It Away」とは対照的な魅力を持つ楽曲で、レッチリの音楽性の幅広さを知るのにぴったりの1曲です。

Californication

▲Red Hot Chili Peppers-Californication【OFFICIAL MUSIC VIDEO】


1999年の7thアルバム『Californication』のタイトルトラックです。

フルシアンテ復帰後の第一作に収録され、カリフォルニアの光と影をテーマにした歌詞が印象的。

クリーンなギタートーンと浮遊感のあるメロディが、それまでのレッチリとは異なる新たなサウンドを提示しました。

アルバム自体が全世界1500万枚以上を売り上げたバンド最大のヒット作であり、この曲はその象徴ともいえる存在です。

レッチリの「第二章」を体感するなら、ぜひチェックしてほしい楽曲です。

Can't Stop

▲Red Hot Chili Peppers-Can't Stop【OFFICIAL MUSIC VIDEO】


2002年の8thアルバム『By the Way』に収録された、キャッチーなギターリフが印象的なナンバーです。

ファンキーなリズムと疾走感のあるサウンドが特徴で、ライブでも欠かせない定番曲として長年愛されています。

2024年のパリ五輪閉会式でも披露され、世代を超えてレッチリの魅力を世界に伝えた1曲となりました。

アップテンポで聴きやすいので、レッチリ入門としてもおすすめです。

40年進化し続けるレッチリ!メンバーの魅力を知り名曲でファンクロックの世界を体感しよう

レッチリは、ファンクとロックの融合という唯一無二のスタイルで、40年以上にわたり世界の音楽シーンをリードしてきたバンドです。

アンソニー・キーディスとフリーという不動の2人を軸に、幾多のメンバーチェンジを乗り越えながら進化を続けてきました。

世界累計1億2000万枚超のセールス、グラミー賞受賞、ロックの殿堂入りなど、その実績は圧倒的

個性豊かなメンバーそれぞれの才能が混ざり合うことで、レッチリにしか出せないサウンドが生まれています。

まずはおすすめ曲からレッチリの世界に触れ、気になるメンバーを見つけたら、ぜひライブ映像やアルバムにも手を伸ばしてみてください。

RedHotChiliPeppers(レッド・ホット・チリ・ペッパーズ)、米・カリフォルニア州出身のロック・バンド。全世界でのトータルセールスは8000万枚以上、6つのグラミー賞を受賞、ロックの殿堂入りも果たしている。日本での愛称は”レッチリ”。 メンバーは、アンソニー・キーディス(ボーカル)、フリー(ベ···

この特集へのレビュー

この特集へのレビューを書いてみませんか?

この特集へのレビューを投稿

ニックネーム
性別
年代
  • ※ニックネーム・性別・年代は初回のみ入力できます。
  • ※レビューは全角10文字以上、500文字以内で入力してください。
  • ※他の人が不快に思うような内容や個人情報は書かないでください。
  • ※投稿後の編集・削除はできません。
UtaTenはreCAPTCHAで保護されています
プライバシー - 利用契約