よみ:KUSAまくら
KUSA枕 歌詞
-
____natural feat. 重音テト,東北きりたん
- 2021.2.6 リリース
- 作詞
- 夏目漱石『草枕』より抜粋 , 引用したもので構成
- 作曲
- ____natural
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山路やまじを登のぼりながら、こう考かんがえた。
智ちに働はたらけば角かどが立たつ。
情じょうに棹さおさせば流ながされる。
意地いじを通とおせば窮屈きゅうくつだ。
とかくに人ひとの世よは住すみにくい。
住すみにくさが高こうじると、
安やすい所ところへ引ひき越こしたくなる。
どこへ越こしても住すみにくいと悟さとった時とき、
詩しが生うまれて、
画えが出来できる。
人ひとの世よを作つくったものは神かみでもなければ鬼おにでもない。
やはり向むこう三軒さんげん両隣りょうどなりにちらちらするただの人ひとである。
ただの人ひとが作つくった人ひとの世よが住すみにくいからとて、
越こす国くにはあるまい。
あれば人ひとでなしの国くにへ行いくばかりだ。
人ひとでなしの国くには
人ひとの世よよりもなお住すみにくかろう。
軒下のきしたから奥おくを覗のぞくと
煤すすけた障子しょうじが立たて切きってある。
向むこう側がわは見みえない。
五六ごろく足そくの草鞋わらじが淋さみしそうに
庇ひさしから吊つるされて、
屈托くった気げにふらりふらりと揺ゆれる。
下したに駄菓子だがしの箱はこが三みっつばかり並ならんで、
そばに五ご厘りん銭せんと文久ぶんきゅう銭せんが散ちらばっている。
「おい」とまた声こえをかける。
土間どまの隅すみに片寄かたよせてある臼うすの上うえに、
ふくれていた鶏にわとりが、
驚おどろいて眼めをさます。
ククク、クククと騒さわぎ出だす。
敷居しきいの外そとに土竈どべっついが、
今いましがたの雨あめに濡ぬれて、
半分はんぶんほど色いろが変かわってる上うえに、
真黒まっくろな茶釜ちゃがまがかけてあるが、
土つちの茶釜ちゃがまか、銀ぎんの茶釜ちゃがまか
わからない。
幸さいわい下したは焚たきつけてある。
返事へんじがないから、無断むだんでずっと這入はいって、
床几しょうぎの上うえへ腰こしを卸おろした。
「―――ただ机つくえの上うえへ、こう開あけて、
開ひらいた所ところをいい加減かげんに読よんでるんです」
「それで面白おもしろいんですか」
「それが面白おもしろいんです」
「なぜ?」
「なぜって、小説しょうせつなんか、そうして読よむ方ほうが面白おもしろいです」
「よっぽど変かわっていらっしゃるのね」
「ええ、ちっと変かわってます」
生温なまぬるい磯いそから、
塩気しおけのある春風はるかぜが
ふわりふわりと来きて、
親方おやかたの暖簾のれんを
眠ねむたそうに煽あおる。
身みを斜はすにして
その下したをくぐり抜ぬける燕つばめの姿すがたが、
ひらりと、鏡かがみの裡うちに落おちて行いく。
向むこうの家いえでは六十ろくじゅうばかりの爺じいさんが、
軒下のきしたに蹲踞うずくまりながら、
だまって貝かいをむいている。
かちゃりと、小刀こがたながあたるたびに、
赤あかい味あじが笊ざるのなかに隠かくれる。
殻からからはきらりと光ひかりを放はなって、
二に尺しゃくあまりの陽炎かげろうを向むこうへ横切よこぎる。
あなたのようにそう不思議ふしぎがらないでもいいでしょう」
「だって、あなたと私わたしとは違ちがいますもの」
「どこが?」
「ホホホホ解わかりませんか」
・・・
「しかし若わかいうちは随分ずいぶん御お読よみなすったろう」
「今いまでも若わかいつもりですよ。可哀想かわいそうに」
「そんな事ことが男おとこの前まえで云いえれば、もう年寄としよりのうちですよ」
「そう云いうあなたも随分ずいぶんの御お年としじゃあ、ありませんか。そんなに年としをとっても、やっぱり、惚ほれたの、腫はれたの、
にきびが出来できたのってえ事ことが面白おもしろいんですか」
「ええ、面白おもしろいんです、死しぬまで面白おもしろいんです」
「おやそう。それだから画工がこうなんぞになれるんですね」
「全まったくです。画工がこうだから、
小説しょうせつなんか初はじめからしまいまで読よむ必要ひつようはないんです。
けれども、どこを読よんでも面白おもしろいのです。
あなたと話はなしをするのも面白おもしろい。
ここへ逗留とうりゅうしているうちは毎日まいにち話はなしをしたいくらいです。何なんならあなたに惚ほれ込こんでもいい。
そうなるとなお面白おもしろい。
しかしいくら惚ほれてもあなたと夫婦ふうふになる必要ひつようはないんです。
惚ほれて夫婦ふうふになる必要ひつようがあるうちは、
小説しょうせつを初はじめからしまいまで読よむ必要ひつようがあるんです」
「すると不人情ふにんじょうな惚ほれ方かたをするのが画工がこうなんですね」
「不人情ふにんじょうじゃありません。
非ひ人情にんじょうな惚ほれ方かたをするんです。
小説しょうせつも非ひ人情にんじょうで読よむから、筋すじなんかどうでもいいんです。
こうして、御籤おみくじを引ひくように、
ぱっと開あけて、開ひらいた所ところを、
漫然まんぜんと読よんでるのが面白おもしろいんです」
「なるほど面白おもしろそうね。
じゃ、今いまあなたが読よんでいらっしゃる所ところを、少すこし話はなしてちょうだい。
どんな面白おもしろい事ことが出でてくるか伺うかがいたいから」
「話はなしちゃ駄目だめです。
画えだって話はなしにしちゃ一文いちもんの価値かちもなくなるじゃありませんか」
「ホホホそれじゃ読よんで下ください」
「英語えいごでですか」
「いいえ日本語にほんごで」
「英語えいごを日本語にほんごで読よむのはつらいな」
「いいじゃありませんか、非ひ人情にんじょうで」
竹影払階塵不動ちくえいかいをはらってちりうごかず
寛容くつろげて、束つかの間まの命いのちを、
束つかの間までも住すみよくせねばならぬ。
ここに詩人しじんという天職てんしょくが出来できて、
ここに画家がかという使命しめいが降ふる。
あらゆる芸術げいじゅつの士しは
人ひとの世よを長閑のどかにし、
人ひとの心こころを豊ゆたかにするが故ゆえに尊たっとい。
軒下のきしたから奥おくを覗のぞくと
煤すすけた障子しょうじが立たて切きってある。
向むこう側がわは見みえない。
五六ごろく足そくの草鞋わらじが淋さみしそうに
庇ひさしから吊つるされて、
屈托くった気げにふらりふらりと揺ゆれる。
下したに駄菓子だがしの箱はこが三みっつばかり並ならんで、
しかし自分じぶんの見世みせを明あけ放はなしても
苦くにならないと見みえるところが、
少すこし都みやことは違ちがっている。
返事へんじがないのに床几しょうぎに腰こしをかけて、
いつまでも待まってるのも
少すこし二十にじゅう世紀せいきとは受うけ取とれない。
ここらが非ひ人情にんじょうで面白おもしろい。
その上うえ出でて来きた婆ばあさんの顔かおが気きに入いった。
智ちに働はたらけば角かどが立たつ。
情じょうに棹さおさせば流ながされる。
意地いじを通とおせば窮屈きゅうくつだ。
とかくに人ひとの世よは住すみにくい。
住すみにくさが高こうじると、
安やすい所ところへ引ひき越こしたくなる。
どこへ越こしても住すみにくいと悟さとった時とき、
詩しが生うまれて、
画えが出来できる。
人ひとの世よを作つくったものは神かみでもなければ鬼おにでもない。
やはり向むこう三軒さんげん両隣りょうどなりにちらちらするただの人ひとである。
ただの人ひとが作つくった人ひとの世よが住すみにくいからとて、
越こす国くにはあるまい。
あれば人ひとでなしの国くにへ行いくばかりだ。
人ひとでなしの国くには
人ひとの世よよりもなお住すみにくかろう。
軒下のきしたから奥おくを覗のぞくと
煤すすけた障子しょうじが立たて切きってある。
向むこう側がわは見みえない。
五六ごろく足そくの草鞋わらじが淋さみしそうに
庇ひさしから吊つるされて、
屈托くった気げにふらりふらりと揺ゆれる。
下したに駄菓子だがしの箱はこが三みっつばかり並ならんで、
そばに五ご厘りん銭せんと文久ぶんきゅう銭せんが散ちらばっている。
「おい」とまた声こえをかける。
土間どまの隅すみに片寄かたよせてある臼うすの上うえに、
ふくれていた鶏にわとりが、
驚おどろいて眼めをさます。
ククク、クククと騒さわぎ出だす。
敷居しきいの外そとに土竈どべっついが、
今いましがたの雨あめに濡ぬれて、
半分はんぶんほど色いろが変かわってる上うえに、
真黒まっくろな茶釜ちゃがまがかけてあるが、
土つちの茶釜ちゃがまか、銀ぎんの茶釜ちゃがまか
わからない。
幸さいわい下したは焚たきつけてある。
返事へんじがないから、無断むだんでずっと這入はいって、
床几しょうぎの上うえへ腰こしを卸おろした。
「―――ただ机つくえの上うえへ、こう開あけて、
開ひらいた所ところをいい加減かげんに読よんでるんです」
「それで面白おもしろいんですか」
「それが面白おもしろいんです」
「なぜ?」
「なぜって、小説しょうせつなんか、そうして読よむ方ほうが面白おもしろいです」
「よっぽど変かわっていらっしゃるのね」
「ええ、ちっと変かわってます」
生温なまぬるい磯いそから、
塩気しおけのある春風はるかぜが
ふわりふわりと来きて、
親方おやかたの暖簾のれんを
眠ねむたそうに煽あおる。
身みを斜はすにして
その下したをくぐり抜ぬける燕つばめの姿すがたが、
ひらりと、鏡かがみの裡うちに落おちて行いく。
向むこうの家いえでは六十ろくじゅうばかりの爺じいさんが、
軒下のきしたに蹲踞うずくまりながら、
だまって貝かいをむいている。
かちゃりと、小刀こがたながあたるたびに、
赤あかい味あじが笊ざるのなかに隠かくれる。
殻からからはきらりと光ひかりを放はなって、
二に尺しゃくあまりの陽炎かげろうを向むこうへ横切よこぎる。
あなたのようにそう不思議ふしぎがらないでもいいでしょう」
「だって、あなたと私わたしとは違ちがいますもの」
「どこが?」
「ホホホホ解わかりませんか」
・・・
「しかし若わかいうちは随分ずいぶん御お読よみなすったろう」
「今いまでも若わかいつもりですよ。可哀想かわいそうに」
「そんな事ことが男おとこの前まえで云いえれば、もう年寄としよりのうちですよ」
「そう云いうあなたも随分ずいぶんの御お年としじゃあ、ありませんか。そんなに年としをとっても、やっぱり、惚ほれたの、腫はれたの、
にきびが出来できたのってえ事ことが面白おもしろいんですか」
「ええ、面白おもしろいんです、死しぬまで面白おもしろいんです」
「おやそう。それだから画工がこうなんぞになれるんですね」
「全まったくです。画工がこうだから、
小説しょうせつなんか初はじめからしまいまで読よむ必要ひつようはないんです。
けれども、どこを読よんでも面白おもしろいのです。
あなたと話はなしをするのも面白おもしろい。
ここへ逗留とうりゅうしているうちは毎日まいにち話はなしをしたいくらいです。何なんならあなたに惚ほれ込こんでもいい。
そうなるとなお面白おもしろい。
しかしいくら惚ほれてもあなたと夫婦ふうふになる必要ひつようはないんです。
惚ほれて夫婦ふうふになる必要ひつようがあるうちは、
小説しょうせつを初はじめからしまいまで読よむ必要ひつようがあるんです」
「すると不人情ふにんじょうな惚ほれ方かたをするのが画工がこうなんですね」
「不人情ふにんじょうじゃありません。
非ひ人情にんじょうな惚ほれ方かたをするんです。
小説しょうせつも非ひ人情にんじょうで読よむから、筋すじなんかどうでもいいんです。
こうして、御籤おみくじを引ひくように、
ぱっと開あけて、開ひらいた所ところを、
漫然まんぜんと読よんでるのが面白おもしろいんです」
「なるほど面白おもしろそうね。
じゃ、今いまあなたが読よんでいらっしゃる所ところを、少すこし話はなしてちょうだい。
どんな面白おもしろい事ことが出でてくるか伺うかがいたいから」
「話はなしちゃ駄目だめです。
画えだって話はなしにしちゃ一文いちもんの価値かちもなくなるじゃありませんか」
「ホホホそれじゃ読よんで下ください」
「英語えいごでですか」
「いいえ日本語にほんごで」
「英語えいごを日本語にほんごで読よむのはつらいな」
「いいじゃありませんか、非ひ人情にんじょうで」
竹影払階塵不動ちくえいかいをはらってちりうごかず
寛容くつろげて、束つかの間まの命いのちを、
束つかの間までも住すみよくせねばならぬ。
ここに詩人しじんという天職てんしょくが出来できて、
ここに画家がかという使命しめいが降ふる。
あらゆる芸術げいじゅつの士しは
人ひとの世よを長閑のどかにし、
人ひとの心こころを豊ゆたかにするが故ゆえに尊たっとい。
軒下のきしたから奥おくを覗のぞくと
煤すすけた障子しょうじが立たて切きってある。
向むこう側がわは見みえない。
五六ごろく足そくの草鞋わらじが淋さみしそうに
庇ひさしから吊つるされて、
屈托くった気げにふらりふらりと揺ゆれる。
下したに駄菓子だがしの箱はこが三みっつばかり並ならんで、
しかし自分じぶんの見世みせを明あけ放はなしても
苦くにならないと見みえるところが、
少すこし都みやことは違ちがっている。
返事へんじがないのに床几しょうぎに腰こしをかけて、
いつまでも待まってるのも
少すこし二十にじゅう世紀せいきとは受うけ取とれない。
ここらが非ひ人情にんじょうで面白おもしろい。
その上うえ出でて来きた婆ばあさんの顔かおが気きに入いった。