岸壁の母～歌謡節「母の叫び」入り～メドレー 歌詞 二葉百合子 ふりがな付

昭和しょうわ二十五にじゅうご年ねん一いち月がつの半なかばもやがて過すぎる頃ころ、
雪ゆきと氷こおりに閉とざされたソ連れんの港みなとナホトカから、
祖国そこくの為ために命いのちをかけた同胞どうほうを乗のせ
引ひき揚あげ船せん高砂たかさご丸まるが帰かえって来くるッ。
父ちちが夫おっとが兄弟きょうだいが舞鶴まいづるの港みなとに帰かえって来くるッ、
日本にほん中じゅうの神経しんけいはこの港みなとにそそがれた。
狂くるわんばかりの歓よろこびは
坩堝るつぼのように沸わき返かえった…。

母ははは来きました 今日きょうも来きた
この岸壁がんぺきに 今日きょうも来きた
とどかぬ願ねがいと 知しりながら
もしやもしやに もしやもしやに
ひかされて

また引揚ひきあげ船せんが帰かえって来きたのに、
今度こんどもあの子こは帰かえらない、
この岸壁がんぺきで待まっている
わしの姿すがたが見みえんのか…
港みなとの名前なまえは舞鶴まいずるなのに
何故なぜ飛とんで来きてはくれぬのじゃ、
帰かえれないなら大おおきな声こえで…。

呼よんでください 拝おがみます
ああ おっ母かさん よく来きたと
海山うみやま千里せんりと 云いうけれど
なんで遠とおかろ なんで遠とおかろ
母ははと子こに

あの子こが戦死せんししたなんて、
私わたしは信しんじておりません。
満州まんしゅうの牡丹江ぼたんこうに近ちかい磨ま刀とう石せきで新しん二じの部隊ぶたいが
行軍こうぐん中ちゅう敵てきの戦車せんしゃに遭遇そうぐうした!
十二じゅうに人にんは散ちり散ぢりに身みを伏ふせた、
新しん二じはドブの中なかへ飛とび込こんだ…
それっきり後あとは判わからないと知しりました…
でも敵弾てきだんに倒たおれたとかハッキリしていれば
諦あきらめもつきますが
このままでは思おもい切きれない。
それがどうでございましょう、
八はち月がつ十五じゅうご日にちの午後ごご三さん時じ半はん頃ごろだとは…
その日ひこそ終戦しゅうせんの日ひなのでございます…。

たった一人ひとりの いとし子ごの
国くにに捧ささげた 生命いのちでも
戦いくさ終おわれば 母ははの手てに

返かえしてください どうぞ返かえしてください
親おやの身みでわが子この生いき死しにも判わからない、
こんな酷むごいことがあるのでしょうか。

と云いうてあの子こが 死しんだとは
何なんで思おもえよ 母ははとして
せめてお金かねが あったなら
この岸壁がんぺきに 小屋こやを建たて
ソ連れんの港みなと ナホトカの
空そらへ向むかって 声こえあげて
新しんちゃん早はやく 母かあさんの
胸むねにすがって おくれよと
呼よんで叫さけんで その日ひまで
生いきて行いきとう ございます
空そらを飛とび行ゆく 鳥とりでさえ
きっと帰かえって 来くるものを

あの子こは今頃いまごろどうしているでしょう、
雪ゆきと風かぜのシベリアは寒さむかろう、
つらかっただろうと生命いのちの限かぎり
抱だきしめて、暖あたためてやりたい…。

悲願ひがん十じゅう年ねん この祈いのり
神かみ様さまだけが 知しっている
流ながれる雲くもより 風かぜよりも
つらいさだめの つらいさだめの
杖つえひとつ

ああ風かぜよ、心こころあらば伝つたえてよ
いとし子ご待まちて今日きょうもまた
怒涛どとう砕くだくる 岸壁がんぺきに立たつ母ははの姿すがたを…。