よみ:かようしばい こうだんかたり「あいぞめのたかお」
歌謡芝居 講談語り「藍染の高尾」 歌詞
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江戸えどから遠とおく離はなれた 青森あおもりは日本にほん海沿かいぞいの寒さむさ厳きびしく貧まずしい家いえに生うまれたお幸ゆき。
せめて少すこしでも幸しあわせがくるようにと「幸しあわせ」と書かいて「ゆき」と名付なづけられました。
それが あの吉原よしわら随一ずいいちと言いわれた高尾たかお大夫たゆうの生おい立たちの始はじまりでございます。
食くい扶持ぶちを稼かせぐのは目めの前まえの海うみに出でるしかない土地柄とちがら
一いち年ねんを通とおし必死ひっしに働はたらいたところで食くうに困こまるのですから
幼おさないお幸ゆきには決けっして小ちいさな光ひかりさえ見みえるものではございません。
そんなお幸ゆきは自分じぶんの境遇きょうぐうを悟さとってか貧まずしさに耐たえながら
見様見真似みようみまねで必死ひっしに三味線しゃみせんを覚おぼえ、
幼おさないながら生涯しょうがいをかける思おもいで 両親りょうしんに別わかれを告つげたのでございます。
「ねえ…おど! おが!おらぁ ここ場ば出でる…
そうすりゃおどもおがも助たすかんだべ…
何なんとか三味線しゃみせんも弾ひけるようになった。
江戸えどに出でれば働はたらく先さきもあるかもしんねえ…
おが~ どうしたな~…泣なかねでけろ…
幸ゆきは笑わらって行いくはんで…ねえ…おが…笑わらってけろ」
冬ふゆの寒さむさは辛つらかろう…海うみの荒あらさも苦くるしかろう…
芽吹めぶかぬ畑はたけじゃ先さきがない、幼おさないこの子こが飢うえるなら 千せんに一ひとつの幸しあわせを…
そんな両親りょうしんの苦渋くじゅうの選択せんたくもあって お幸ゆきは厳きびしい冬ふゆを越こす事ことも出来できず
今生こんじょうの別わかれで、吹雪ふぶきに押おされ 峠とうげを越こえて青森あおもりを後あとにしたのでございます。
幼おさなくして辛つらく悲かなしい別わかれをしたお幸ゆきでございますが、江戸えどに辿たどり着ついてからは
持もって生うまれた芯しんの強つよさと 幼おさなくして身みに着つけた三味線しゃみせんに歌うた
そして後あとに置屋おきやの預あずかりとして仕込しこまれた踊おどりも手伝てつだって
何なんと吉原よしわら一いちの遊郭ゆうかく 三浦みうら屋やに身請みうけされたのでございます。
そしてそれから十じゅう年ねんの歳月さいげつ。
お幸ゆきは吉原よしわら随一ずいいちの妓楼ぎろう 三浦みうら屋やの大だい名跡みょうせき 高尾たかお大夫たゆうを名乗なのるようになっておりました。
ただ、純粋じゅんすいな心こころだけでは生いきて行いけない吉原よしわらへ入はいりましてからは、
一人ひとりの女性じょせいとして、心こころを望のぞまれることもなく、ましてや自分じぶんの心こころを出だす事ことさえも
許ゆるされない日々ひび。
そんな高尾たかお大夫たゆうの前まえに、これまで江戸えどでは出会であった事ことのない 馬鹿ばかが付つくほどに
「真まっ正直しょうじきに生いきる」という生いきざまを持もった久蔵きゅうぞうが現あらわれたことで、
高尾たかおの純粋じゅんすいな女心おんなごころを目覚めざめさせてくれる事ことになったのでございます。
花魁おいらん道中どうちゅうで高尾たかお大夫たゆうに一目ひとめぼれした染そめ物もの職人しょくにん・紺屋こうやの久蔵きゅうぞう
三さん年ねん十両じゅうりょうのお金かねを貯ためて、やぶ医者いしゃに「あいよ!あいよ!」の言葉ことばだけを教おしえられ
にわかのお大尽だいじんで夢ゆめにまで見みた高尾たかお大夫たゆうと二人ふたりきり!
久蔵きゅうぞうが お大尽だいじんの真似まねをして高尾たかお大夫たゆうとの時間じかんが過すぎる中なか、
遊郭ゆうかくでお約束やくそくの言葉ことばが大夫たゆうから…
「次つぎはいつ来きてくんなます~」
それを、を聞きいた久蔵きゅうぞうは、夢ゆめの一夜いちやが終おわろうとしている寂さびしさと共ともに、
せっかく恋焦こいこがれる高尾たかお大夫たゆうに会あえたのに
偽いつわりの自分じぶんのままで帰かえる事ことが出来できない…
真まっ正直しょうじきな心こころが顔かおを出だした久蔵きゅうぞうは、感かん極きわまって泣なき出だしてしまうのでございます。
「ここに来くるのに三さん年ねん、必死ひっしになってお金かねを貯ためました。
今度こんどといったらまた三さん年ねん後ご。
その間あいだに、大夫たゆうが身請みうけでもされたら二に度どと会あうことができません。
ですから、これが今生こんじょうの別わかれなんです…」
「え! い ま 何なん と…」
「大夫たゆう!
許ゆるしてください! 私わたしはただの染そめ物もの職人しょくにんの久蔵きゅうぞうです!
お大尽だいじんでもなんでもねえ! こんな似合にあわねえ紋付袴もんつきはかまも、何なにからなにまで借かりもんで
全すべて大夫たゆうに会あいたくて仕組しくんでもらって…ここにあげてもらったんです!
この手てを見みて下ください。これが、本当ほんとうの私わたしです
会あいたくて会あいたくて 花魁おいらん道中どうちゅうで一目ひとめ見みてから会あいたくて…
一度いちどきりの夢ゆめで終おわってもいいから会あいたかったんです。
今いまの今いままで嘘うそのお大尽だいじん。でも 今いまの私わたしは紺屋こうやの久蔵きゅうぞう。
嘘うそのままで今日きょうが終おわっちまったら、きっと後悔こうかいする。
私わたしの中なかの大夫たゆうには 心こころまで嘘うそは通とおせねえんです
大夫たゆう 申もうし訳わけありゃあせん」
ボロボロと大粒おおつぶの涙なみだを流ながしながら、藍色あいいろに染そまった指先ゆびさきをくッと握にぎりしめた
それを身みじろぎ一ひとつせず黙だまって聞きいている高尾たかおの目めからは、涙なみだが溢あふれ
細ほそく白しろい指ゆびに一ひとつ、二ふたつと落おちていたのでした。
そこには、つい今いましがたまで花魁おいらん言葉ことばで語かたりかけていた高尾たかお大夫たゆうではなく、
傾城けいせい座ずわりも向むき直なおり 目めに涙なみだした高尾たかおの姿すがたがあったのです。
「久蔵きゅうぞうさん… 今いまのあなたは染そめ物もの職人しょくにんの久蔵きゅうぞうというお人ひとなんですね!
久蔵きゅうぞうさん…顔かおをあげて下ください!
ありがとう… 嘘うそで終おわれば涙なみだもいらなかったものを…
大名だいみょうの飾かざり道具どうぐとまで言いわれる私わたしを
そこまで思おもってくれるのは本心ほんしんですか…
もしそれが本心ほんしんなら、私わたしを嫁よめにもらってくれますか…
私わたしは来年らいねん二に月がつ十五じゅうご日にちに年季ねんきがあけます。
あなたが許ゆるしてくれるなら年季ねんきが明あけたらあなたの元もとへまいります。
嘘うそがまかり通とおるこの世界せかいの言葉ことば 俄にわかには信しんじてもらえないでしょう。
でも、私わたしは嘘うそのない久蔵きゅうぞうさんを信しんじます。
ですから私わたしの言葉ことばも信しんじて下ください。」
隠かくした心こころは 捨すてたはず
今更いまさら素顔すがおに なれようか
夢ゆめだけ置おいて 行いきなんし
嘘うそで終おわれば 良よいものを
聞きけば涙なみだが あふれ出でて
一人ひとりの女おんなに 戻もどります
さてこの話はなしが、二人ふたりだけの堅かたい約束やくそくとして
誰だれにも知しられなければ良よかったのですが、
よくよく考かんがえてみますと、間近まぢかで見みる事ことさえできない高尾たかお大夫たゆうと
紺屋こうやの職人しょくにんが結むすびつく訳わけもなく、
夢ゆめを見みすぎて気きが変へんになった職人しょくにんの、面白可笑おもしろおかしい滑稽こっけい話ばなしとしてほんのひとときの笑わらい話ばなしになってしまったのです。
ただ、ただ その程度ていどの話はなしでは済すまなかったのが、
遊郭ゆうかく三浦みうら屋やの女将おかみでございました。
「大夫たゆう どう言いう事ことだい!
年季ねんきが明あけたら紺屋こうやに嫁とつぐって噂うわさになってるそうじゃないか!
そんな噂うわさが立たっちまったら、高尾たかお大夫たゆうの名前なまえに傷きずがつくってもんだ。
おまけに尾鰭おひれがついて、三浦みうら屋やがそんな事ことを許ゆるしたってことになりゃ
吉原よしわら中じゅうの笑わらいもんになるんだよ!
大夫たゆうはそこいらの花魁おいらんとは違ちがうんだ 三浦みうら屋やの高尾たかお大夫たゆうなんだよ!
それに紺屋こうやの嫁よめになれば仕事しごとも手伝てつだうようになる。そして指先ゆびさきは藍色あいいろに染そまってしまう。
大夫たゆうに女おんなとして、その手てが荒あれて人前ひとまえに出だせなくなってしまう覚悟かくごがあるのかい…」
そんな女将おかみの言葉ことばに高尾たかおは
ある時とき 下働したばたらきの男おとこに頼たのみ、藍染あいぞめの染料せんりょうと桶おけを手配てはいさせその白しろい指ゆびを藍あいに染そめたのです。
紺屋こうやのその手てが 藍色あいいろに
染そめゆくものなら 今いますぐと
覚悟かくごは誰だれも 止とめられぬ
煙管きせる差さし出だす 指先ゆびさきは
厚あつい化粧けしょうの その下したで
うっすら染屋そめやの 色いろになる
しかし、いくら誰だれが反対はんたいを致いたしましても、時ときはやってまいります。
月日つきひは流ながれ、とうとう年季ねんきが明あける二に月がつ十五じゅうご日にち
待またせたお人ひとに 尽つくします
全すべてを委ゆだねた 藍染あいぞめの
高尾たかおを待まって くれなんし
今いまのうちから 少すこしづつ
嘘うそも言葉ことばも 染直そめなおし
明あけのその日ひに まいります
遊郭ゆうかく 三浦みうら屋やの裏うらにはひっそりと一いっ挺ちょうの駕籠かご
そして、花魁おいらん化粧げしょうを落おとしたお幸ゆきが
白しろい着物きものを身みにまとい駕籠かごに乗のる!
それは絢爛豪華けんらんごうかな花魁おいらん道中どうちゅうではなく、
たった一人ひとりの 女おんなとしての嫁とつぎ道みち
さて、高尾たかおが嫁とつぎましたその後あとはと申もうしますと、
二人ふたりは 子供こどもを持もたなかった親方おやかたの夫婦ふうふ養子ようしとなって後あとを継つぎ、
三さん人にんの子供こどもにも恵めぐまれ、
高尾たかおは染物そめもの屋やの妻つまとして八十はちじゅう余あまりまで生いき、久蔵きゅうぞうの店みせは大おおいに繁盛はんじょうしたという事ことでございます。
せめて少すこしでも幸しあわせがくるようにと「幸しあわせ」と書かいて「ゆき」と名付なづけられました。
それが あの吉原よしわら随一ずいいちと言いわれた高尾たかお大夫たゆうの生おい立たちの始はじまりでございます。
食くい扶持ぶちを稼かせぐのは目めの前まえの海うみに出でるしかない土地柄とちがら
一いち年ねんを通とおし必死ひっしに働はたらいたところで食くうに困こまるのですから
幼おさないお幸ゆきには決けっして小ちいさな光ひかりさえ見みえるものではございません。
そんなお幸ゆきは自分じぶんの境遇きょうぐうを悟さとってか貧まずしさに耐たえながら
見様見真似みようみまねで必死ひっしに三味線しゃみせんを覚おぼえ、
幼おさないながら生涯しょうがいをかける思おもいで 両親りょうしんに別わかれを告つげたのでございます。
「ねえ…おど! おが!おらぁ ここ場ば出でる…
そうすりゃおどもおがも助たすかんだべ…
何なんとか三味線しゃみせんも弾ひけるようになった。
江戸えどに出でれば働はたらく先さきもあるかもしんねえ…
おが~ どうしたな~…泣なかねでけろ…
幸ゆきは笑わらって行いくはんで…ねえ…おが…笑わらってけろ」
冬ふゆの寒さむさは辛つらかろう…海うみの荒あらさも苦くるしかろう…
芽吹めぶかぬ畑はたけじゃ先さきがない、幼おさないこの子こが飢うえるなら 千せんに一ひとつの幸しあわせを…
そんな両親りょうしんの苦渋くじゅうの選択せんたくもあって お幸ゆきは厳きびしい冬ふゆを越こす事ことも出来できず
今生こんじょうの別わかれで、吹雪ふぶきに押おされ 峠とうげを越こえて青森あおもりを後あとにしたのでございます。
幼おさなくして辛つらく悲かなしい別わかれをしたお幸ゆきでございますが、江戸えどに辿たどり着ついてからは
持もって生うまれた芯しんの強つよさと 幼おさなくして身みに着つけた三味線しゃみせんに歌うた
そして後あとに置屋おきやの預あずかりとして仕込しこまれた踊おどりも手伝てつだって
何なんと吉原よしわら一いちの遊郭ゆうかく 三浦みうら屋やに身請みうけされたのでございます。
そしてそれから十じゅう年ねんの歳月さいげつ。
お幸ゆきは吉原よしわら随一ずいいちの妓楼ぎろう 三浦みうら屋やの大だい名跡みょうせき 高尾たかお大夫たゆうを名乗なのるようになっておりました。
ただ、純粋じゅんすいな心こころだけでは生いきて行いけない吉原よしわらへ入はいりましてからは、
一人ひとりの女性じょせいとして、心こころを望のぞまれることもなく、ましてや自分じぶんの心こころを出だす事ことさえも
許ゆるされない日々ひび。
そんな高尾たかお大夫たゆうの前まえに、これまで江戸えどでは出会であった事ことのない 馬鹿ばかが付つくほどに
「真まっ正直しょうじきに生いきる」という生いきざまを持もった久蔵きゅうぞうが現あらわれたことで、
高尾たかおの純粋じゅんすいな女心おんなごころを目覚めざめさせてくれる事ことになったのでございます。
花魁おいらん道中どうちゅうで高尾たかお大夫たゆうに一目ひとめぼれした染そめ物もの職人しょくにん・紺屋こうやの久蔵きゅうぞう
三さん年ねん十両じゅうりょうのお金かねを貯ためて、やぶ医者いしゃに「あいよ!あいよ!」の言葉ことばだけを教おしえられ
にわかのお大尽だいじんで夢ゆめにまで見みた高尾たかお大夫たゆうと二人ふたりきり!
久蔵きゅうぞうが お大尽だいじんの真似まねをして高尾たかお大夫たゆうとの時間じかんが過すぎる中なか、
遊郭ゆうかくでお約束やくそくの言葉ことばが大夫たゆうから…
「次つぎはいつ来きてくんなます~」
それを、を聞きいた久蔵きゅうぞうは、夢ゆめの一夜いちやが終おわろうとしている寂さびしさと共ともに、
せっかく恋焦こいこがれる高尾たかお大夫たゆうに会あえたのに
偽いつわりの自分じぶんのままで帰かえる事ことが出来できない…
真まっ正直しょうじきな心こころが顔かおを出だした久蔵きゅうぞうは、感かん極きわまって泣なき出だしてしまうのでございます。
「ここに来くるのに三さん年ねん、必死ひっしになってお金かねを貯ためました。
今度こんどといったらまた三さん年ねん後ご。
その間あいだに、大夫たゆうが身請みうけでもされたら二に度どと会あうことができません。
ですから、これが今生こんじょうの別わかれなんです…」
「え! い ま 何なん と…」
「大夫たゆう!
許ゆるしてください! 私わたしはただの染そめ物もの職人しょくにんの久蔵きゅうぞうです!
お大尽だいじんでもなんでもねえ! こんな似合にあわねえ紋付袴もんつきはかまも、何なにからなにまで借かりもんで
全すべて大夫たゆうに会あいたくて仕組しくんでもらって…ここにあげてもらったんです!
この手てを見みて下ください。これが、本当ほんとうの私わたしです
会あいたくて会あいたくて 花魁おいらん道中どうちゅうで一目ひとめ見みてから会あいたくて…
一度いちどきりの夢ゆめで終おわってもいいから会あいたかったんです。
今いまの今いままで嘘うそのお大尽だいじん。でも 今いまの私わたしは紺屋こうやの久蔵きゅうぞう。
嘘うそのままで今日きょうが終おわっちまったら、きっと後悔こうかいする。
私わたしの中なかの大夫たゆうには 心こころまで嘘うそは通とおせねえんです
大夫たゆう 申もうし訳わけありゃあせん」
ボロボロと大粒おおつぶの涙なみだを流ながしながら、藍色あいいろに染そまった指先ゆびさきをくッと握にぎりしめた
それを身みじろぎ一ひとつせず黙だまって聞きいている高尾たかおの目めからは、涙なみだが溢あふれ
細ほそく白しろい指ゆびに一ひとつ、二ふたつと落おちていたのでした。
そこには、つい今いましがたまで花魁おいらん言葉ことばで語かたりかけていた高尾たかお大夫たゆうではなく、
傾城けいせい座ずわりも向むき直なおり 目めに涙なみだした高尾たかおの姿すがたがあったのです。
「久蔵きゅうぞうさん… 今いまのあなたは染そめ物もの職人しょくにんの久蔵きゅうぞうというお人ひとなんですね!
久蔵きゅうぞうさん…顔かおをあげて下ください!
ありがとう… 嘘うそで終おわれば涙なみだもいらなかったものを…
大名だいみょうの飾かざり道具どうぐとまで言いわれる私わたしを
そこまで思おもってくれるのは本心ほんしんですか…
もしそれが本心ほんしんなら、私わたしを嫁よめにもらってくれますか…
私わたしは来年らいねん二に月がつ十五じゅうご日にちに年季ねんきがあけます。
あなたが許ゆるしてくれるなら年季ねんきが明あけたらあなたの元もとへまいります。
嘘うそがまかり通とおるこの世界せかいの言葉ことば 俄にわかには信しんじてもらえないでしょう。
でも、私わたしは嘘うそのない久蔵きゅうぞうさんを信しんじます。
ですから私わたしの言葉ことばも信しんじて下ください。」
隠かくした心こころは 捨すてたはず
今更いまさら素顔すがおに なれようか
夢ゆめだけ置おいて 行いきなんし
嘘うそで終おわれば 良よいものを
聞きけば涙なみだが あふれ出でて
一人ひとりの女おんなに 戻もどります
さてこの話はなしが、二人ふたりだけの堅かたい約束やくそくとして
誰だれにも知しられなければ良よかったのですが、
よくよく考かんがえてみますと、間近まぢかで見みる事ことさえできない高尾たかお大夫たゆうと
紺屋こうやの職人しょくにんが結むすびつく訳わけもなく、
夢ゆめを見みすぎて気きが変へんになった職人しょくにんの、面白可笑おもしろおかしい滑稽こっけい話ばなしとしてほんのひとときの笑わらい話ばなしになってしまったのです。
ただ、ただ その程度ていどの話はなしでは済すまなかったのが、
遊郭ゆうかく三浦みうら屋やの女将おかみでございました。
「大夫たゆう どう言いう事ことだい!
年季ねんきが明あけたら紺屋こうやに嫁とつぐって噂うわさになってるそうじゃないか!
そんな噂うわさが立たっちまったら、高尾たかお大夫たゆうの名前なまえに傷きずがつくってもんだ。
おまけに尾鰭おひれがついて、三浦みうら屋やがそんな事ことを許ゆるしたってことになりゃ
吉原よしわら中じゅうの笑わらいもんになるんだよ!
大夫たゆうはそこいらの花魁おいらんとは違ちがうんだ 三浦みうら屋やの高尾たかお大夫たゆうなんだよ!
それに紺屋こうやの嫁よめになれば仕事しごとも手伝てつだうようになる。そして指先ゆびさきは藍色あいいろに染そまってしまう。
大夫たゆうに女おんなとして、その手てが荒あれて人前ひとまえに出だせなくなってしまう覚悟かくごがあるのかい…」
そんな女将おかみの言葉ことばに高尾たかおは
ある時とき 下働したばたらきの男おとこに頼たのみ、藍染あいぞめの染料せんりょうと桶おけを手配てはいさせその白しろい指ゆびを藍あいに染そめたのです。
紺屋こうやのその手てが 藍色あいいろに
染そめゆくものなら 今いますぐと
覚悟かくごは誰だれも 止とめられぬ
煙管きせる差さし出だす 指先ゆびさきは
厚あつい化粧けしょうの その下したで
うっすら染屋そめやの 色いろになる
しかし、いくら誰だれが反対はんたいを致いたしましても、時ときはやってまいります。
月日つきひは流ながれ、とうとう年季ねんきが明あける二に月がつ十五じゅうご日にち
待またせたお人ひとに 尽つくします
全すべてを委ゆだねた 藍染あいぞめの
高尾たかおを待まって くれなんし
今いまのうちから 少すこしづつ
嘘うそも言葉ことばも 染直そめなおし
明あけのその日ひに まいります
遊郭ゆうかく 三浦みうら屋やの裏うらにはひっそりと一いっ挺ちょうの駕籠かご
そして、花魁おいらん化粧げしょうを落おとしたお幸ゆきが
白しろい着物きものを身みにまとい駕籠かごに乗のる!
それは絢爛豪華けんらんごうかな花魁おいらん道中どうちゅうではなく、
たった一人ひとりの 女おんなとしての嫁とつぎ道みち
さて、高尾たかおが嫁とつぎましたその後あとはと申もうしますと、
二人ふたりは 子供こどもを持もたなかった親方おやかたの夫婦ふうふ養子ようしとなって後あとを継つぎ、
三さん人にんの子供こどもにも恵めぐまれ、
高尾たかおは染物そめもの屋やの妻つまとして八十はちじゅう余あまりまで生いき、久蔵きゅうぞうの店みせは大おおいに繁盛はんじょうしたという事ことでございます。