酒さけは呑のんでも
呑のまれちゃならぬ
武士ぶしの心こころを忘わすれるな
体からだこわすな源蔵げんぞうよ
親おやの無ない身みにしみじみと
叱しかる兄者あにじゃが懐なつかしい
迫せまる討入うちいり この喜よろこびを
せめて兄者あにしゃに よそながら
告つげてやりたや知しらせたい
別わかれ徳利とっくりを手てに下したげりゃ
今宵こよい 名残なごりの雪ゆきが降ふる
兄あにのきものに盈々みつるくりかえしと
差さして呑のみ干ほす酒さけの味あじ
(「兄上あにうえ もはや今生こんじょうの
お別わかれとなりました。)
(お顔見かおみたさに来きてみたが、
源蔵げんぞう 此これにて
お暇ひま 仕つかまつりまする。」)
兄あにの屋敷やしきを立出たちいでる
一足歩ひとあしあるいて立たち止どまり
二足歩ふたあしあるいて振ふり返かえり
此これが別わかれか見納みおさめか
さすが気丈きじょうの赤垣あかがきも
少時しょうじ 佇たたずむ雪ゆきの中なか
熱あつい涙なみだは 止とめどなし。
(「かくて果はてじと気きを取とり直なおし
饅頭笠まんじゅうがさを傾かたむけて
目指めざす 行手ぎょうては両国りょうこくか。)
(山やまと川かわとの合言葉あいことば
同おなじ装束しょうぞく 勇いさましく)
(山道やまみちダンダラ火事羽織かじはおり
白しろき木綿もめんの袖そでじるし)
(横川勘平よこかわかんひら
武林たけばやしが大門開だいもんひらけば赤垣あかがきは)
(宝蔵院流九尺ほうぞういんりゅうくしゃくの手槍てやり、
りゅう! としごいてまっさきに
吉良きらの屋敷やしきに踏込ふみこんだり。)
(されど東ひがしが開あけ初はじめても
未いまだに解わからぬ吉良殿在処きらどのありか)
(さすがの大石内蔵之助おおいしないぞうゆきすけ
天てんを仰あおいで嘆なげく時とき
誰だれが吹ふくやら呼子よぶこの笛ふえ)
(吉良きらの手てを取とり引ひい出だし
吹ふくは 赤垣源蔵あかかきげんぞうなり」)
一夜いちや 開あくれば十五日じゅうごにち
赤穂浪士あこうろうしが引揚ひきあげと
聞きくより兄あにの塩山しおやまは
もしや源蔵げんぞうがその中なかに
居おりはせぬかと立たち上のぼり、
「市助いちすけ! 市助いちすけはおらぬか!」
(「おう、市助いちすけ
赤穂浪士あこうろうしが今いま
引揚ひきあげの最中さなか、)
(たしか弟おとうとが
その中なかに居いるはずじゃ
そなた早はよう行いって
見届みとどけてきて呉くれ!)
(もしも源蔵げんぞうが居いたならば、
隣近所となりきんじょにも聞きこえる様ように
大おおきな声こえで叫さけんでくれ、
よいか!」)
もしも居おらないその時ときは
小ちいさな声こえで儂わしにだけ
知しらせてくれよ頼たのんだぞ。
祈いのる心こころで待まつ裡うちに
転ころがる様ように戻もどり来きて、
「ヤァー源蔵げんぞうさまが
居おりましたワイ」
嬉うれし泪なみだの塩山しおやまは
雪ゆきを蹴立けだてて真まっしぐら
仙台候せんだいこうの御門前おもんぜん
群むらがる人ひとをかき分わけ、
かき分わけ前まえに進すすめば源蔵げんぞうも
兄あには来こぬかと背延せのびして、
探さがし求もとめている様子ようす。
「源蔵げんぞう!」「兄上あにうえか!」
ひしと見交みかわす顔かおと顔かお、
固かたく握にぎった手ての中なかに
通かよう血汐ちしおの温あたたかさ
同おなじ血ちじゃもの肉にくじゃもの。
夢ゆめを果はたした男おとこの顔かおに
昇のぼる旭あさひが美うつくしや
笑顔交えがおかわして別わかれゆく
花はなの元禄げんろく 兄弟きょうだい
今朝けさのお江戸えどは日本晴にほんはれ
酒sakeはha呑noんでもndemo
呑noまれちゃならぬmarechanaranu
武士bushiのno心kokoroをwo忘wasuれるなreruna
体karadaこわすなkowasuna源蔵genzouよyo
親oyaのno無naいi身miにしみじみとnishimijimito
叱shikaるru兄者anijaがga懐natsuかしいkashii
迫semaるru討入uchiiりri このkono喜yorokoびをbiwo
せめてsemete兄者anisyaにni よそながらyosonagara
告tsuげてやりたやgeteyaritaya知shiらせたいrasetai
別wakaれre徳利tokkuriをwo手teにni下shitaげりゃgerya
今宵koyoi 名残nagoりのrino雪yukiがga降fuるru
兄aniのきものにnokimononi盈々mitsurukurikaeshiとto
差saしてshite呑noみmi干hoすsu酒sakeのno味aji
(「兄上aniue もはやmohaya今生konjouのno
おo別wakaれとなりましたretonarimashita。)
(おo顔見kaomiたさにtasani来kiてみたがtemitaga、
源蔵genzou 此koれにてrenite
おo暇hima 仕tsukamatsuりまするrimasuru。」)
兄aniのno屋敷yashikiをwo立出tachiiでるderu
一足歩hitoashiaruいてite立taちchi止doまりmari
二足歩futaashiaruいてite振fuりri返kaeりri
此koれがrega別wakaれかreka見納miosaめかmeka
さすがsasuga気丈kijouのno赤垣akagakiもmo
少時syouji 佇tatazuむmu雪yukiのno中naka
熱atsuいi涙namidaはha 止toめどなしmedonashi。
(「かくてkakute果haてじとtejito気kiをwo取toりri直naoしshi
饅頭笠manjuugasaをwo傾katamuけてkete
目指mezaすsu 行手gyouteはha両国ryoukokuかka。)
(山yamaとto川kawaとのtono合言葉aikotoba
同onaじji装束syouzoku 勇isamaしくshiku)
(山道yamamichiダンダラdandara火事羽織kajihaori
白shiroきki木綿momenのno袖sodeじるしjirushi)
(横川勘平yokokawakanhira
武林takebayashiがga大門開daimonhiraけばkeba赤垣akagakiはha)
(宝蔵院流九尺houzouinryuukusyakuのno手槍teyari、
りゅうryuu! としごいてまっさきにtoshigoitemassakini
吉良kiraのno屋敷yashikiにni踏込fumikoんだりndari。)
(されどsaredo東higashiがga開aけke初hajiめてもmetemo
未imaだにdani解wakaらぬranu吉良殿在処kiradonoarika)
(さすがのsasugano大石内蔵之助ooishinaizouyukisuke
天tenをwo仰aoいでide嘆nageくku時toki
誰dareがga吹fuくやらkuyara呼子yobukoのno笛fue)
(吉良kiraのno手teをwo取toりri引hiいi出daしshi
吹fuくはkuha 赤垣源蔵akakakigenzouなりnari」)
一夜ichiya 開aくればkureba十五日juugonichi
赤穂浪士akouroushiがga引揚hikiaげとgeto
聞kiくよりkuyori兄aniのno塩山shioyamaはha
もしやmoshiya源蔵genzouがそのgasono中nakaにni
居oりはせぬかとrihasenukato立taちchi上noboりri、
「市助ichisuke! 市助ichisukeはおらぬかhaoranuka!」
(「おうou、市助ichisuke
赤穂浪士akouroushiがga今ima
引揚hikiaげのgeno最中sanaka、)
(たしかtashika弟otoutoがga
そのsono中nakaにni居iるはずじゃruhazuja
そなたsonata早haようyou行iってtte
見届mitodoけてきてketekite呉kuれre!)
(もしもmoshimo源蔵genzouがga居iたならばtanaraba、
隣近所tonarikinjoにもnimo聞kiこえるkoeru様youにni
大ooきなkina声koeでde叫sakeんでくれndekure、
よいかyoika!」)
もしもmoshimo居oらないそのranaisono時tokiはha
小chiiさなsana声koeでde儂washiにだけnidake
知shiらせてくれよrasetekureyo頼tanoんだぞndazo。
祈inoるru心kokoroでde待maつtsu裡uchiにni
転koroがるgaru様youにni戻modoりri来kiてte、
「ヤァyaaー源蔵genzouさまがsamaga
居oりましたrimashitaワイwai」
嬉ureしshi泪namidaのno塩山shioyamaはha
雪yukiをwo蹴立kedaててtete真maっしぐらsshigura
仙台候sendaikouのno御門前omonzen
群muraがるgaru人hitoをかきwokaki分waけke、
かきkaki分waけke前maeにni進susuめばmeba源蔵genzouもmo
兄aniはha来koぬかとnukato背延senoびしてbishite、
探sagaしshi求motoめているmeteiru様子yousu。
「源蔵genzou!」「兄上aniueかka!」
ひしとhishito見交mikaわすwasu顔kaoとto顔kao、
固kataくku握nigiったtta手teのno中nakaにni
通kayoうu血汐chishioのno温atataかさkasa
同onaじji血chiじゃものjamono肉nikuじゃものjamono。
夢yumeをwo果hataしたshita男otokoのno顔kaoにni
昇noboるru旭asahiがga美utsukuしやshiya
笑顔交egaokawaしてshite別wakaれゆくreyuku
花hanaのno元禄genroku 兄弟kyoudai
今朝kesaのおnoo江戸edoはha日本晴nihonhaれre