Mrs. GREEN APPLE「共犯」は6thアルバム『POPS』収録曲
「共犯」が収録されているのは、2026年9月30日にリリースされたオリジナルフルアルバム『POPS』です。『ANTENNA』から3年ぶり、通算6作目のフルアルバムにあたります。
『POPS』は全16曲の構成です。
「Carrying Happiness」「GOOD DAY」「lulu.」など、すでに発表されていた7曲に、新曲9曲が加わりました。
「共犯」はその新曲のひとつです。
CDの発売に先がけて、9月29日0時にデジタル先行配信もスタートしました。
脆い世界で傷を分け合う、"共犯"としての僕ら

拾い集めて
更に探す東京
そう道なりに
未知なりに
考えすぎるのが
あなたの厄介なところ
もうデスティニーです既に
文句を言う割には
あなたは甘い
不器用なマインド
もう嫌になるわ
ズレた骨をアジャスト?
群れた君には罰を
物語の舞台は東京です。
主人公は何かを拾い集め、それでもまだ足りずに探し続けています。
「道なり」と「未知なり」を重ねた言葉遊びからは、決められた道に沿って進みながらも、その先は誰にもわからない、という心細さが伝わってきます。
続いて描かれるのは、考えすぎてしまう「あなた」の姿です。
主人公はそれを厄介だと言いながら、もう運命なのだと受け入れています。
さらに、文句ばかり言うわりに甘く、不器用な相手に「嫌になる」とこぼします。
ただ、この「嫌になる」は突き放す言葉ではないように読めます。
欠点ごと知り尽くしているからこそ出てくる、親しさの裏返しでしょう。
続く「ズレた骨をアジャスト(整える)」という表現は、その後に「群れる」という言葉が登場することから、世間からずれてしまった考え方や在り方を、元の位置に戻そうとする試みの比喩とも考えられます。
「群れる者には罰を」と厳しい言葉に、ただ周囲に合わせて群れることへの反発がうかがえますね。
忘れてしまえたら
いいのにいいのに
傷を舐め合う僕らは
共犯共犯
休まる事なんかは
無いのに無いのに
社会というベッドに皆で眠る
ただこの広い
世界は脆い。
ただ明日も小さな
幸せをと
ただそんな誓いは
あまりにも脆い。
優しさも分け合って
見事に共犯
ここで、タイトルの「共犯」が初めて登場します。
忘れられたらいいのに、と願いながらも、僕らはお互いの傷を舐め合ってしまいます。
本当は心が休まることなどないのに、社会という大きなベッドでみんなが並んで眠っている。
ひとりひとりの孤独と社会の中で生きるしかないという避けられない現実が、ひとつの光景に重ねられています。
そして次に、世界の脆さが語られます。
明日も小さな幸せを、という誓いでさえあまりにも頼りない。
それでも僕らは優しさを分け合い、「見事に共犯」の関係になっていきます。
ここでの「共犯」は、悪事を働く仲間という意味ではないでしょう。
弱さを見せ合い、お互いの傷を知ってしまった者どうしの、後戻りできない結びつき。
そう読むと、ぐっと温度のある言葉に変わります。
許せないのに離れられない、僕らの矛盾

自分を守ることと
誰かを攻撃することは
同義じゃない
考えすぎるから
結局一歩も動けずに
自己嫌悪ぶつけるの
能書きを垂れるには
大したことない
大人ばっかで
嫌になるわ
ズレちゃってんのよ
孤高と孤独は違うのよ
2番の歌詞は、自分を守ることと他人を攻撃することは同じではない、という言葉から始まります。
自分を守るつもりで、つい誰かを傷つけてしまう。
SNS時代の人間関係にも通じる、鋭い指摘です。
考えすぎて一歩も動けず、行き場のない自己嫌悪を誰かにぶつけてしまう。
1番では「あなた」の欠点として描かれていた考えすぎる性質が、ここでは主語をぼかした形で語られています。
「あなた」だけの話ではなく、主人公自身、あるいは僕ら全員が抱えている弱さとして描き直されているのかもしれません。
後半では、偉そうに語るわりに中身の伴わない大人たちへの苛立ちが吐き出されます。
そして、気高く一人でいることと、ただ孤立していることは違う、と言い切ります。
ひとりで立つことと、ひとりぼっちになることは別物です。
人と距離を取る姿勢を、この曲は誇りとは認めていません。
理解をしてほしいなら
素直に 素直に
一向になれない僕らは
共犯共犯
許せるわけなんかは
無いのに無いのに
また手を繋いでしまう
僕らは常習犯
空虚な武装集団
わかってほしいなら素直になればいい。
それなのに、僕らはいつまでたっても素直になれない。
そんな不器用さもまた「共犯」だと歌われます。
とりわけ印象に残るのが、許せるはずがないのにまた手を繋いでしまう、というフレーズです。
ここで僕らは、共犯から「常習犯」へと呼び名を変えます。
一度きりの過ちではなく、何度でも同じことを繰り返してしまう。
人と関わることをやめられない人間の性を、少し自嘲気味に描いています。
空虚な武装集団という一言も鋭い表現です。
理屈や強がりで身を固めていても、中身は空っぽで寂しいまま。
そんな僕らの姿を、突き放すように言い表した言葉だと考えられます。
「共犯」が「共感」に変わるとき

素晴らしさを分かってはいるのに
この世界に生まれたらもう
共犯 共犯
感謝をされたいなら
熱心に 熱心に
疑わない愛こそが
共感共感
休まる事なんかは
無いのに無いのに
未来に全部ベット
出来る理想が湧かない
ここの冒頭では、この世界の素晴らしさはわかっている、と歌われます。
それでも、この世界に生まれた時点でもう「共犯」なのだと続きます。
生きていれば必ず人と関わり、時に誰かを傷つけたり、何かを見ないふりをしたりすることがあるでしょう。
この曲は、生まれてきたこと自体をひとつの罪の共有としてとらえているようです。
大きな転換点になるのが、疑うことのない愛こそが「共感」だ、というフレーズです。
ここまで繰り返されてきた「共犯」が、一文字だけ変わって「共感」になります。
傷を舐め合う後ろめたい関係が、疑わずに愛し合う関係へと形を変える。
似た響きの言葉を入れ替えることで、関係の変化を鮮やかに表現しています。
それでも、心が休まらない現実は変わりません。
未来にすべてを賭けられるほどの理想は、まだ湧いてこない。
希望を簡単には語らないところに、この曲の誠実さがあります。
ただこの清い
命は脆い。
ただ明日も小さな
幸せをと
まだそんな誓いを
信じていたい
優しさも分け合って
見事に共犯
痛みと享楽
学びと狂乱
自分と共感
僕らは共犯
ここは、1番の歌詞と対になるパートです。
1番で脆いとされていたのは、広い「世界」でしたが、ここで脆いとされるのは、清い「命」です。
社会や世界という大きなものから、ひとつひとつの命へと視点が近づいています。
そして何より大きいのが、誓いへの向き合い方の変化です。
1番は「ただそんな誓いは あまりにも脆い」と小さな幸せを願う誓いを、あまりにも脆いと突き放していました。
しかしここでは「まだそんな誓いを 信じていたい」と歌います。
そこには、脆さを知ったうえでなお希望を手放さない、という決意が込められているように感じます。
ラストでは、相反する言葉が次々と対になって並びます。
痛みと楽しさ、学びと狂気、そして自分と共感。
そのすべてを抱えたまま、僕らは共犯なのだと締めくくられます。
光も影も、ひとりでは抱えきれないものも、誰かと分け合ってしまった。
その事実をまるごと引き受けること。
それがこの曲の描く「共犯」なのでしょう。
Mrs. GREEN APPLE「共犯」が教えてくれる、弱さを分け合う優しさ
Mrs. GREEN APPLE「共犯」は、傷を舐め合い、許せないのに手を繋いでしまう人間の不器用さを、「共犯」という言葉で肯定する一曲でした。脆い世界の中で、それでも小さな幸せを信じたい。
そんな祈りが、アルバム『POPS』の中で静かに光っています。
ぜひアルバムを通して聴いて、この曲の立ち位置も感じてみてください。
【Mrs. GREEN APPLE PROFILE】 大森元貴 (Vo/Gt) 若井滉斗 (Gt) 藤澤涼架 (Key) 2013年結成。2015年EMI Recordsからミニアルバム「Variety」でメジャーデビュー。 以来、毎年1枚のオリジナルアルバムリリースと着実なライブ活動を続け、2019年12月から行われた初の全国アリーナツアー「エデ···