純粋な想いを歌にして
井上苑子はシンガーソングライター。『線香花火』は代表曲のひとつで、井上苑子が現役女子高生だった2014年に出している曲です。作詞作曲は、柳沢亮太。
----------------
昨日の土砂降りが濡らした アスファルトが放つ匂いを
大きく吸い込んだ途端に 寂しくなったの
真夏の夜空に打ち上がる 花火をみんなで見に行こうって
君に会うための約束は 雨に流されたの
≪線香花火 歌詞より抜粋≫
----------------
最初の歌いだしの歌詞で、花火大会が雨で中止になったことが分かります。
「昨日の土砂降りが濡らした アスファルトが放つ匂いを 大きく吸い込んだ途端に 寂しくなったの」この歌詞の視点の動き。まず土砂降りの雨という天気を聴く者にイメージさせ、次にその雨が濡らしたアスファルトの地面という場所を想像させます。そして、そのアスファルトの匂いを吸い込んだ歌詞の主人公に視点があたる。
天気→場所→人物と、大きいものから小さいものへ視点が動いていくことで、歌詞で描かれている情景が想像しやすくなるんですね。
「真夏の夜空に打ちあがる 花火をみんなで見に行こうって」というフレーズ。ここで、さっそく「花火」という単語が登場。しかし、ここで歌われる花火は、タイトルの「線香花火」ではありません。打ち上げ花火です。打ち上げ花火をみんなで見に行く、というシチュエーションが、この後の伏線になっています。
「君に会うための約束は 雨に流されたの」という歌詞も良いですね。約束が流れる、雨で地面が流れる、そして心の中で涙が流れる、という心境までもがこのフレーズで分かります。
主人公のはやる想いを感じさせる
----------------
長い 長い 長い 君に会えない日々が長いの
何が無くても「おはよう」「また明日」って言えた日常が愛しい
≪線香花火 歌詞より抜粋≫
----------------
「長い 長い 長い」と歌う、この曲の印象的なサビのフレーズ。この「長い 長い 長い」という繰り返しで、歌詞の主人公のはやる気持ちが分かります。
夏休みに入ってしまった為、「君」と会えなくなっている。そんな期間が長く感じる。『線香花火』というタイトルの曲のサビで繰り返されるフレーズがなぜ「長い」なのか。それも後半で分かります。
----------------
近い 近い 近い はずだったのに 遠く 遠く 遠くのほうで
日に焼けた顔で笑う君の 横顔見ちゃって また寂しくなって
≪線香花火 歌詞より抜粋≫
----------------
2番の歌詞では「長い」に続いて今度は、「近い 近い 近い はずだったのに」と「遠く 遠く 遠くのほうで」の対比が登場。この曲は多くの対比構造で作られている曲。
打ち上げ花火と線香花火、近い日常と遠い夏休み、「土砂降りで濡れた心の自分」と「日に焼けた顔で笑う君」。この対比構造が最も分かりやすく表現されるのが、このあたりのフレーズですね。
「君」は、グラウンドで声を出しているので、おそらく運動部なのでしょう。歌詞の主人公は、フェンス越しに眺めることしかできない。その憤りが伝わってきます。井上苑子の歌声で、歌詞が聴きとりやすいのもいいですね。
多分2文字やそれくらいでも伝えたい気持ち
----------------
長い 長い 長い 言葉じゃなくてきっとシンプルに
多分2文字やそれくらいでも 言えることがあるの
≪線香花火 歌詞より抜粋≫
----------------
「長い 言葉」に対して「多分2文字やそれぐらいでも 言えること」という表現。2文字なら「好き」なんだろうな、と曲を聴くほうは想像できます。しかし、そこをあえて「好き」と歌詞にしない。あえて「多分2文字やそれぐらいでも 言えること」という長いフレーズで表現する。
長い!と聴くほうも感じるわけです。長い!もっとシンプルに言えよ、と感じるわけです。リスナーと歌詞の主人公の気持ちがシンクロしました。
----------------
長い 長い 長い 夏の終わりがやってくる前に
君とあたしの 二人だけで 例えば線香花火とかしたいなあ
≪線香花火 歌詞より抜粋≫
----------------
ラストでやっとタイトルの「線香花火」が登場しました。冒頭の打ち上げ花火の伏線の回収。みんなで見に行く打ち上げ花火に対して、「君とあたし二人だけ」の線香花火。線香花火は、君との親密さの象徴であり、「多分2文字やそれぐらいでも 言える」気持ちの象徴。
線香花火は、あっという間に消える短く小さい花火。でもそんな短い、ささやかな幸せである線香花火を実現させたい。だから、それが実現しないうちは「長い 長い 長い」!この曲が何度も「長い」を繰り返すのは、対比される「短い」線香花火がそれほど大切だからなんですね。
曲の中では、君との線香花火は実現していません。しかし、疾走感と明るさを保ったまま、もしかしたらこの先の未来で線香花火が実現するんじゃないか?と想像させて、この曲は終わります。
井上苑子自身の勢い、歌声の明るさが曲を魅力的にしているんですね。
TEXT 改訂木魚(じゃぶけん東京本部)