槇原敬之は90年代から活躍するシンガーソングライター。確かな歌唱力と楽曲センスで、ヒット曲を多数持ちます。SMAPの代表曲の一つ『世界に一つだけの花』も作詞作曲していますね。
『Hungry Spider』は、そんな槇原敬之の22枚目のシングル。1999年に発売されました。歌ってみると分かりますが、リズムが取りにくく、非常に歌いにくい曲です。これを違和感なく聴かせる槇原敬之の歌唱力の高さ。すごいですね。
“今日も腹を減らして一匹の蜘が 八つの青い葉に糸をかける
ある朝 露に光る巣を見つけ きれいと笑ったあの子のため
やっかいな相手を好きになった 彼はその巣で獲物を捕まえる
例えば空を美しく飛ぶ あの子のような蝶を捕まえる”
蜘蛛が蝶に憧れるという内容の歌詞。冒頭からタイトルの「Hungry Spider」を表す、腹を減らした一匹の蜘蛛が登場します。葉に糸をかけ獲物を捕まえて食べる、という蜘蛛の習性を歌詞にしています。しかし、この蜘蛛が糸をはるのは、あくまでも「きれいと笑ったあの子のため」。「あの子」とは、「空を美しく飛ぶ」「蝶」であると説明されます。
“その夜 月に光る巣になにか もがく様な陰を見つけた
やっかいなものが巣にかかった 星の様な粉をまくその羽根
おびえないように闇を纏わせた 夜に礼も言わず駆け寄る”
しかし「やっかいなものが巣にかかった」。蝶は、蜘蛛が仕掛けた糸にかかってしまうのです。「星のような粉をまくその羽根」の表現で、蝶の美しさが強調されています。直前の「月に光る巣」と対応させているのもうまいですね。「月」「星」そして「闇」という単語で、夜の出来事であることがよく分かるようになっています。
「おびえないように闇を纏わせた」の表現も良いですね。蜘蛛の姿をはっきりと見ると、蝶がおびえてしまうだろうと、蜘蛛は考えたのです。うまく夜の闇にまぎれて、姿をはっきり見せないようにして近づいている光景が想像できます。また、蝶は「星」で美しさを強調し、蜘蛛は「闇」で怪しさを強調している対比構造も見事ですね。
「夜に礼も言わず駆け寄る」という表現で、蜘蛛の気持ちがよく分かります。本来であれば、自分の恐ろしい姿を隠してくれている夜の闇にお礼を言ってもいいところ。しかし、今は「あの子」を助けたい思いが先走り、礼を言うのも忘れて「駆け寄る」んですね。
“今すぐ助けると言うより先に
震えた声であの子が "助けて"と繰り返す”
「今すぐ助けると言うより先に」から始まる、この一連のフレーズの悲しさ！蜘蛛は助けたい気持ちで一杯なのに、蝶にはその思いは伝わらず、「助けて」と連呼するばかりなのです。
“叶わないとこの恋を捨てるより
この巣にかかる愛だけを食べて あの子を逃がした”
最後は「あの子を逃した」。蜘蛛は、「この恋を捨てる」より「この巣にかかる愛だけを食べ」ることを選びます。これはどういう意味でしょうか。「この恋を捨てる」については、もう少し前のほうで説明されています。すなわち、すべてを食べること。自分の欲望を優先させて、罠にかかった蝶を食べることです。それをせずに、愛だけ＝助けたいという思いだけを食べた。罠のみを食べて逃がしたのだな、と分かります。
ファンタジックですが、非常に例えが分かりやすい歌詞です。蜘蛛は愛を求める人間の象徴。愛を求めているが、醜い・恐ろしい姿をしている自分を、蜘蛛に例えているんですね。蝶は、憧れの人物の象徴。憧れの人物に、醜い自分の愛が届かない、恋愛感情のもどかしさを歌っています。
この一曲だけでも、槇原敬之の作詞作曲のセンスが分かります。槇原敬之をよく知らない人にも、この才能を知ってもらいたいですね。
TEXT:改訂木魚（じゃぶけん東京本部）
