2015年に『太陽に笑え』でメジャーデビューを果たした、シンガーソングライターAnly。デビュー曲でありながら「サイレーン 刑事×彼女×完全悪女」の主題歌に抜擢されて注目を集めた。彼女は、中学卒業までPCもインターネットも家にはなく、情報が閉ざされた南の島で、音楽好きの父が持ち帰るブルースやロックのCDを聴き、ギターをオモチャ代わりに爪弾く日々を過ごしていたとのこと。
そのため、60年代、70年代のロックが彼女の音楽のルーツになっている。実際にUtaTenで行われたインタビューにおいて「エリック・クラプトンとかZZトップっていう髭の長いおじいちゃん2人がギター弾いているグループだったりとか、ノラジョーンズも好きです。それが一番の栄養だったというか、曲作りする中で自然にブルースの音程が出てきたりするようになりました。」と、回答しているようにブルースに精通していることがうかがえる。この『イギリス』も哀調を帯びた旋律を奏でている。このことはAnlyの魅力の一つと言えるだろう。
今回はAnlyの魅力が存分に堪能できる『イギリス』を紹介したい。
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『いつかお金を貯めたら、イギリスに行きましょう』
と言ってくれた君はいない あのころの君はいない
同じ夢を語っては同じ歌を口ずさむ
そんな二人がうまくいくはずなんてなかった
大人びてる言葉使っても伝わらないこともある
友達ならよかったとなんでそんな悲しいことが言えるのかも
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哀愁漂うイントロでこの曲はスタートする。夕日の中でもの悲しく歌っている情景が浮かんでくるようだ。どことなくエリッククランプトンっぽさが感じられよう。肝心の歌詞はというと、同じ人生の夢を持ち、好みの音楽も一緒の彼との恋愛ソングだということが分かる。『いつかお金を貯めたら、イギリスに行きましょう』には、Anlyの音楽のルーツが関係している。
彼女が好きだと公言するエリック・クランプトンやエド・シーランなどもイギリス出身のアーティスト。3rdシングル『EMERGENCY』では、「STAIRWAY TO HEAVEN」もカバーしていることからイギリスは彼女にとって特別な場所なのだろう。「同じ夢を語って同じ歌を口ずさむ」なんて理想的な恋人関係だろう。
おそらく、彼もUKの音楽を好んでいたはずだ。この関係に不満は感じられそうにないが、Anlyは「そんな二人がうまくいくはずなんてなかった」と言う。まるでうまくいかないことを初めから知っていたかのような話しぶりである。いや、知っていたのだろう。それだけ彼自身に溺愛していたと考えるべきだ。
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ある日夢が変わったと話す君の声を聞いて
なぜか二人で歩いた帰り道の陽が落ちた
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同じ夢を持っていた彼が夢が変わったことを告げる。陽が落ちたという表現は、彼女の心情を表したもの。同じ夢を目指していると思っていた彼からのこの言葉は、彼女にとっては別れを意味するものであった。陽が落ちて心の中も真っ暗になる。そして、この陽という言葉には、一般的な意味の他、「男性的」といった意味合いがあり異性との決別を感じさせる。
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気づいてた君は顔に出るから
別れはきっともうすぐ来るのかな?
君のことは好きだからわかるのよ
サヨナラする日は近いと
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そう彼女は溺愛するがごとく、彼の表情をみて別れが来ることを知っていた。ここまで読んできて何か思い当たることはないだろうか。そう心理学の用語の「ヤマアラシのジレンマ」である。互いに寄り添い合おうとすると、自分の針毛で相手を傷つけてしまうため、近づけないといった葛藤のこと。
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Good bye Good bye
心に貯めていた気持ちはぱっと空に消えて
こんなに広い青空に気づかなかったなんて
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分かれて初めて自分の視野が狭まさに気づく。世界はこんなに広いのにも関わらず、恋人しか見ていなかったことに。実は、「ヤマアラシのジレンマ」には、紆余曲折の末、二人にとってちょうど良い距離に気づくという前向きな意味があるのだ。距離を取ることでようやく二人にとっての絶妙な距離感に気づいたのである。
ここで改めて曲のタイトル『イギリス』に込められた意味を解釈したい。Anly自身がUKの音楽が好きであることは前述の通りであるが、本当にそれだけだろうか。日本とイギリスという同じ島国であり一見似たような点はあるが、国の本質は全く違う。つまり、歌詞でいうAnlyと恋人の関係を当てはめることができる。
二人は表面上は似ている点はあるけれども、中身は全く違っている。また、イギリスと日本の距離は恋人との絶妙な距離を表しているとも捉えられる。近すぎず遠すぎず、これくらいの距離がちょうどいい。ヤマアラシのように近すぎても遠すぎても結局上手くいかないのだ。非常にシンプルなタイトルだとは感じていたが、ここまで深い意味があったとは驚きである!
UK音楽にルーツを持つAnlyは、それらの要素を自身の楽曲に織り交ぜ独自の音楽を展開している。力強い彼女の歌声に酔いしれてほしい。
TEXT:川崎龍也