地道な音楽活動の末、彼はオーディションのグランプリを獲得した。しかし、27歳という年齢にブームが去ろうとしていたフォークテイストの歌手であったため、円滑にプロデビューとはいかなかった。
彼のデビューを後押ししたのは”彼自身”の音楽的センスだった。楽曲や声が評価され、シングル「月あかり」でデビューを果たしたのだ。
30歳にして発表した「初恋」が大ヒットし、彼はアーティストとしての地位を確立した。「初恋」は玉置浩二、GOING UNDER GROUND、吉幾三とジャンルを超えて様々なアーティストにカバーされた。
村下孝蔵の大ヒット曲「初恋」は実体験を元にして作られたという。甘酸っぱい初恋から彼はどのような詩を綴ったのだろうか。
“五月雨は緑色 悲しくさせたよ一人の午後は
恋をして淋しくて 届かぬ想いを暖めていた”
「悲しくなったよ」ではなく「悲しくさせたよ」と表現し、落ち込んでいる原因を五月雨に求める。恋により落ち込んでいると認めたくない初恋の心情を見事に表しているのだ。
また、「届かぬ想いを暖めていた」という詞と村下孝蔵の素朴なキャラクターが重なり、しみじみとした気持ちにさせてくれる。彼の透明感のある声が初恋の哀愁をより強くさせているのだ。
“好きだよと言えずに 初恋は ふりこ細工の心
放課後の校庭を走る君がいた
遠くで僕はいつでも 君を探してた
浅い夢だから 胸をはなれない”
村下孝蔵は中学生のときにある女の子に恋をしていた。彼女はテニス部で、放課後にはラケットを持ち部活動に励んでいた。
少年時代の村下孝蔵はその活動を校舎の窓から覗いていた。そう、「放課後の校庭を走る君がいた」のだ。想いを伝えられないまま、その女の子は転校してしまったという。
好きだよと言えずに終わった彼の心は、繊細な「ふりこ細工」のように揺れたのだ。
“夕映はあんず色 帰り道一人口笛吹いて
名前さえ呼べなくて とらわれた心見つめていたよ"
冒頭の「緑色」やここでの「あんず色」など、具体的な色を綴ることにより情景の輪郭をはっきりとさせている。
夕映のあんず色に対して「とらわれた心」は何色なのだろうか。これは、リスナーに想像への道筋を与えてくれる上質な詩なのである。
2013年、故郷の熊本県水俣市の商店街に、「初恋」の歌碑が建てられた。商店街の通りも「初恋通り」と名を改めたという。時代に流されることなく、原体験を大切にする彼の心が多くの人々を惹きつけたのだろう。
初恋は、年を取れども忘れらない体験である。移りゆく時代の中で、村下孝蔵がいつまでも変わらないものを私たちに教えてくれる。
若くして、この世を去ってしまった村下孝蔵をご存知だろうか。
申し分ない実力に、実直な人柄で多くの人の心を惹きつけた。現在でも故人を偲ぶイベントが打たれている。
公開日:2017年5月20日