吉澤嘉代子 残ってる
――――
改札はよそよそしい顔で
朝帰りを責められた気がした
私はゆうべの服のままで
浮かれたワンピースがまぶしい
――――
朝帰りをしたのは『浮かれたワンピースがまぶしい』女。ワンピースはきっと、デートのために一生懸命選んだのでしょう。
昨晩、好きな人の隣で笑っていた時には自然に輝いていたワンピース。
でも、朝帰りをした事への罪悪感は、好きな人にかわいく見られたいと想って選んだ恋心を、ちょっと白々しくも恥ずかしくも感じてさせているのです。
今日をどこか他人事の様に感じて
『風邪をひきそうな空』
『一夜にして 街は季節をこえたらしい』
その日は、夏が終わりを告げて秋に切り替わる頃の朝だった。
ちょうどその時期は、昨日までは暑かったのに急に朝、冷える事があるものです。
そんな季節の変化を感じて、心の中にある恋の温度はどうだろうかと確かめてみると昨日からずっと「変わっていない」。
自分は昨日から何も変わっていないから『季節を越えたらしい』と、今日をどこか他人事の様に感じてしまう。
――――
まだあなたが残ってる
からだの奥に残ってる
ここもここもどこもかしこも
あなただらけ
でも 忙しい朝が 連れて行っちゃうの
いかないで いかないで いかないで いかないで
私まだ 昨日を生きていたい
――――
好きな人とした事。それは、どんな事もとても心に残ると思います。
それが好きな人とする初めての事なら尚更。
好きな人に、たくさん触れてたくさん触れてもらった幸せが『ここもここもどこもかしこも』残りすぎていて、一緒にいられない朝を寂しく切なく想っているのが伝わります。
夜を越えて朝が来てしまうと、夜は夢のようになって不確かになるものです。
その夜に「抱いた幸せ」が深ければ深い程。
だから『いかないで』と『私まだ昨日を生きていたい』と幸せと温もりが消えないでと願っているのです。
絶対に消したくない熱い想い
――――
誰かが煙草を消したけれど
私の火は のろしをあげて燃えつづく
――――
昨晩感じた温もりと幸せ、触れ合える喜び。
彼女にとっては今まで経験した事がない幸福感があったのです。
けれども、朝が動きだすのと同じ速度でその幸福感が消えて行くように感じる。
本当は夢だったのではないかと疑う心を否定したいのでしょう。
目に映る消え行く物を見ては、自分の心に残っている記憶と想いを確かめて安心しているのです。
『私の火』それは彼への想いと昨晩の記憶なのです。火の様に熱い想いと火の様に燃える夜の記憶は絶対に消したくないのです。
――――
まだ耳に残ってる
ざらざらした声
ずっとずっとちかくで 聞いてみたかったんだ
ああ 首筋につけた キスがじんわり
――――
『ざらざらした声』初めて耳元で聞いた彼の声なのでしょう。
『ずっとずっとちかくで聞いてみたかった』と想っていた声を聞けてとても嬉しかったのですね。
『まだ耳に残ってる』のですから。
そして耳元で何か暖かい言葉をもらって、そのまま首筋へキスをされたのでしょうか。
その時の『キスがじんわり』と思い出されて愛しさがこみ上げ、また『いかないで』と消え行く感触を寂しく想っているのが伝わってきます。
「残ってる」はちょっと切ないラブソング
――――
秋風が街に馴染んでゆく中で
私まだ
昨日を生きていた
――――
朝帰りをすると、自分の部屋で眠っていないせいか気持ちも体もリセットされず1日が終わっていない感覚に陥る事があります。
でも、世の中はしっかり昨日が終わり今日が始まっていて。
自分だけ時間の流れがおかしくなって昨日のまま取り残されている様な気持ちになる事があります。
そんな感覚をこの最後の一節は表しているのです。
この「残ってる」という曲の題材になっている朝帰り。その背景は様々あります。
そしてこの曲を聞くと、恋にも様々な事情があると思わされます。
歌詞の中にたくさん「あなたに愛された記憶が残ってる」と描かれているのに、次に会う「約束」や楽しい「未来」を感じさせる言葉が一切出てこないのです。
出てくるのは「忘れたくない」という前に進まない、切なさと寂しさばかり。
いつか、主人公の中に「残ってる」この恋が。
昨日を生きたままにならない。朝帰りをしなくてもいい、未来のある恋に育って行くといいなと。
思わず願ってしまう、ちょっと切ないラブソング。
あなたの中に「残ってる」恋はありますか?