伝説的なバンド「ハイスタ」
伝説的なバンド「ハイスタ」にも解散の二文字は迫ってくる。状況が変わればメンバーとの関係性も変わる。どんな偉大なバンドであろうと、それは避けられない。ただ、ハイスタの解散というのは厳密に言えば活動停止である。2000年のAIR JAMが終了した後に難波が脱退し、活動動停止へと至ったが周囲に説明することはなかった。横山は活動停止について「公表する必要は特にない」とコメントを出している。それは、世間体や周囲の目線より横山がメンバーを大切にしている証のように思える。
そのハイスタの行動は彼らの音楽にも通じるものがある。メロコアの一時代を築いた彼らには「信念」があるのだ。「ハイスタ」らしさを何よりも大切にした彼らが発売した3rdアルバム「MAKING THE ROAD」はなんと100万枚以上のセールスを記録した。
同アルバムに収録されている「Stay Gold」は、いつの時代に聞こうが上手さや下手さを超えた彼らの熱量が伝わって来る。ある人にとっては、バイアスなしでは聞けないハイスタ。そんな彼らが持つ「信念」とは何か、彼らの代表曲「Stay Gold」から紐解いていきたい。
収録されている「Stay Gold」
“my life is a normal life working day to day
no one knows my broken dream
I forgot it long ago I tried to live a fantasy
I was just too young In those days you were with me
the memory makes me smile”
「俺の人生は平凡そのもの」という衝撃的な一節から曲は始まる。さらに、「ファンタジーの中を生きようとしたことが俺にもあったんだ」という歌詞にも注目だ。年を重ねるごとに自分自身を理解し、「足るを知る」感覚は強くなる。
大きな野望を抱いていた彼らも理想と現実に悩まされていたはずだ。バンドが大きくなったからといって、その理想への執着が消えるわけではない。ただその嫉妬にも似た感覚は、夢を持つものへの原動力となり得る。ハイスタは、それを見事にエネルギーへと変換したのだ。
“I won’t forget when you said to me “stay gold”
I won’t forget always in my heart “stay gold”
英語の歌詞のみで作られた楽曲は当時としては珍しかった。ただ、彼らは新しいことだけに挑戦していたわけではない。インディーズとメジャー、国内と海外、パンクロックとストリートカルチャーなど、彼らはあまり交わることのなかったものを多く結びつけた。
意識的か無意識的かは分からないが、結びついたのも彼らの「信念」に寄るところが大きいはずだ。
“it was such alonely time after you were gone
that was how you showed your love
now I see the real meaning of your words
they showed me the way to laugh
though your way was awkward”
彼らのメロディはとても叙情的だ。激しいサウンドに乗るその心地よいメロディはリスナーの心を陶酔させる。決してメディアの力に頼らず、口コミで大きくなったHi-STANDARD。彼らはただメディアを嫌っていたわけではない。
彼らの信念は今なお健在
「大きな力を借りずとも、人の繋がりでそれと同等のことをやってのけられる」といった信念があまりメディアに頼らなかった理由なのではないか。あまりにも強くて大きなものを目の前にすると彼らの心には火がつく。「Air Jam」という伝説のロックフェスティバルも、彼らの信念の結晶の一つだ。2016年のCD発売時にはSNS等で一切の告知なしにシングルが発売され、10万枚以上を売り上げ世間を驚かせた。彼らの信念は今なお健在のようである。
1992年9月にかつてのヴォーカルが脱退。 現在のスリーピースになる。3rdフルアルバム『MAKING THE ROAD』では、インディーズとしては類を見ない100万枚を超えるセールスを記録。 しかし、2000年に開催された『AIR JAM 2000』を最後に突然の活動休止。 もう活動再開はないと噂される中、201···