1987年のアルバム「The Joshua Tree(ヨシュア・トゥリー)」に収められたこの曲は、ライブでは必ず演奏されるU2を代表する1曲である。
それだけではない。この曲は究極のプレゼンソングとしての側面をもっている。その理由を探ってみたい。
1. 結論は最初に、ポイントは3つに
I wanna run, I want to hideI wanna tear down the walls
That hold me inside.
(和訳)
逃げ出したい
隠れてしまいたい
僕を閉じ込めるその壁を
粉々に壊したい
1分45秒のイントロ。緊張が高まってから一気に放たれる言葉はストレートで、まさにシンプルの極み。
内なる衝動を正面からぶつけてくるボノ(Vo)。なぜこれがプレゼンの極致なのか?
歌詞を読み進めていくうちに明らかになるのだが、この内なる衝動こそがまさに「Where the streets have no name」のテーマ、そして結論なのである。
まず結論を述べる。それは、時間制約があり予想外のアクシデントと隣合わせのプレゼンにおける基本ルールだ。
ここで避けなければならないのは、気合いを入れるあまり中身を詰め込みすぎること。
スティーヴ・ジョブズも言うようにポイントは3つまで。
人間は一度に記憶できる限界があり、3点にまとめることでより深い理解を促すことができるのである。
そして、セミナーや面接では最終的に自分が何をしたいかが重要である。
ここでは、冒頭から「逃げ出したい」、「隠れたい」そして「壊したい」と自分がやりたいことが順を追って要約されている。
2. 意外性と共感で聞き手を引き込む
ここでのキーフレーズは「壊したい」だ。「逃げ出したい」「隠れてしまいたい」という逃げの姿勢から、一転して攻撃モードにスイッチ。あえてネガティブな表現で目を引きつつ、相手の関心をひくことに成功している。
共感も重要な要素だ。面接やプレゼンの本番は、誰も緊張してしまうもの。
その場から「逃げ出したい」、自分を見つめる視線から「隠れてしまいたい」という感情を追体験した後に、自らの殻を破るかのように「壊したい」と歌っているのだ。
もし最初から「壊したい」と歌われるとしたら、聞く方も引いてしまって感情移入しにくいだろう。
出だしから完璧な流れができていることに驚くばかりだ。無意識のうちにジョブズ流プレゼンの極意を実践しているボノ。
さすが後年、AppleのCMに出ただけのことはある。
I wanna reach out
And touch the flame
Where the streets have no name.
(和訳)
手を伸ばして
炎にふれるんだ
名前のない場所で
U2の故郷アイルランドでは家族の姓(Family Name)が通りの名前になっている場所があり、そこに行けば住んでいる人の人種や宗教、職業がわかってしまうと言われる。
「Where the streets have no name」は、それとは反対に身分や出身にとらわれない自由な場所を指している。
U2の作品で重要なモチーフになっている「炎」は、ここでは内なる衝動あるいは自由を象徴していると言っていいだろう。
現実に存在する場所(通り)・現象(炎)を借りながら、現実にはない自身の理想を表現する。詩人の天性を感じさせるフレーズである。
3. 提案は思いを込めて具体的に
Where the streets have no name.We're still building and burning down love
Burning down love.
And when I go there
I go there with you
(It's all I can do).
(和訳)
名前のない場所へ
僕たちは愛を築いては壊す
愛を燃やし尽くして
約束の場所に
君を連れていこう
(それが僕にできるすべて)
プレゼンも中盤にさしかかった。残り時間はそう多くない。ここからは具体的な提案そしてPRの場面だ。
「君」が登場する。それは相手先の企業かもしれないし、セミナーの観衆かもしれない。
「壊したい」とあえてネガティブなフレーズを使ったのは、ここでの展開を見越して。
“御社と未来に向かって新しい関係を築きたい”、過去は過去。大事なのはこれからだ。
そしてどんな言葉も思いが込められなければ空虚である。自分のすべてを捧げるつもりで必ずできると言い切ろう!
The city's a flood, and our love turns to rust.
We're beaten and blown by the wind
Trampled in dust.
I'll show you a place
High on a desert plain
Where the streets have no name
(和訳)
さびついた愛、街は洪水に流される
僕たちは打ちひしがれ風に吹かれたまま
埃にまみれる
高地の砂漠を君に見せよう
名前のないその場所を
プレゼンでもっとも大事なこと、それはタイムマネジメントであると言っても過言ではない。
どんなに優れた提案でも途中で終わってしまえば伝わらないし、かえって中途半端な印象を与えてしまう。だからこそ入念な準備とリハーサルは欠かせない。
それでも大人数の会議や面接では持ち時間が短くなることもある。そんな場合に備えて、あらかじめ省略していい部分を決めておこう。
ここから先は残り時間に合わせて省略できる部分、詳細や補足などの突っ込んだ話である。
と言っても基本的に内容自体は今までとそこまで変わらない。ここで行うべきことは丁寧かつ具体的に示すことと“見える化”だ。
歌詞では、具体的な風景を描写することで、聞き手の脳内に映像を喚起していく。ステージ上ではおおげさなくらい感情を全身で表現するU2。
仮にプレゼンテーションソフトが使えない緊急事態でも、身ぶりや言葉で伝えることはできるのだ。
究極のプレゼンソングU2「Where the streets have no name」
人類最古のテクノロジーである言葉、そしてときに言葉の壁さえ超えるジェスチャーを最大限に生かしているのがU2なのである。
40年近く世界中の人びとを熱狂させてきたU2。
世界一のロックバンドとなった現在も「名前のない場所」を目指して終わりなき旅を続ける姿は、至高のプレゼンを目指す求道者の趣きすらある。
ぜひあなたもU2が伝授するプレゼンの極意を実践してみてほしい。
TEXT:石河コウヘイ