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椎名林檎の『労働者』に見る素直な感情とパンクの心

椎名林檎はシングル『幸福論』でデビューしたミュージシャンだ。東京事変というバンドを経て、紅白歌合戦にも毎年のように出場している。少なくとも20代の青少年で彼女の歌を聴いたことのない人はいないのではないだろうか。

ソロ名義で出したアルバムから1曲


2009年『三文ゴシップ』というアルバムをソロ名義でリリースした。ジャケットは非常にヌーディ―な雰囲気で彼女自身がデザインされている。

今回はその『三文ゴシップ』から、『労働者』という曲を抜き出してみたい。

労働者

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ずらかりたいよ
おさらば
面倒はいやだ
≪労働者 歌詞より抜粋≫
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イントロが終わると、彼女は突然「ずらかりたいよ」と歌い出す。楽曲全体で、逃げ出したい、今よりしあわせになりたい、と歌っている。

ここで「ずらかりたい」と始まることで、何から逃げ出したいのか、どこから逃げ出したいのか、私は興味深く思うのだが、明確に「何から」「どこから」とは歌われない。

その代わり、ライブではこの曲を演奏したあとで、バックスクリーンに「そうだ、樹海行こう」と映されたことがある。「樹海」という言葉に『労働者』という曲名が合わされることで、何かが見えてきた気がした。

けれども、歌詞には具体的に「働く」「労働」という単語は出てこない。ここでいう「労働者」とは、仕事ではなく、人生そのものに従事するもの、という意味ではないだろうか。

人間を人生という仕事で働いている労働者、と捉えているのだ。冗談のような「樹海行こう」というバックスクリーンの文字も、少し重たく感じるかもしれない。しかしこんな明るい曲調でテンポよく歌われてしまえば、心は軽くなるはずだ。

短い言葉に凝縮された焦りや悩み


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嫌いな相手にも好かれたい
事情を呑んでいる間に生涯
費やしそうで
≪労働者 歌詞より抜粋≫
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曲の終盤になってくるにつれて、歌詞の内容はどんどん素直なものになっていく。「嫌いな相手にも好かれたい」というのは、別の言い方をすれば「人を嫌いにはなるけれど、自分は嫌われたくない」ということだ。

すごく素直な言葉だと思う。こんな風に考えたことのない人は少ないのではないだろうか。また「事情を呑んでいる間に」人生を使い果たして、自分自身は結局何もできないんじゃないか、という心情も現れている。

人生における感覚的な焦りや悩み事を、短い言葉でわかりやすく、シンプルにまとめて歌い上げているのはお見事だ。

ある意味すこし子供っぽい感情をこんなにむき出しているなんて、とても純粋ではないだおるか。そしてこの純粋さは、パンクに通じていくと思う。

歌詞に見え隠れする「パンクの心」


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なげいては恰好付かない
怒ったように慎め口
上は見ないぜ
したいことだけしてたい

悪いのは何奴だ顔見せな
始終くだを巻いていても
お願い夢を見させて
≪労働者 歌詞より抜粋≫
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盛り上がりからラストにかけて、たたみかけるような歌詞が続く。「上は見ないぜ」の部分では彼女のシャウトがさく裂し、子供のような純粋さから吐き出された、破壊的な衝動が感じられる。

先ほど「パンクに通じていく」と書いたのはまさにここに表れていて、椎名林檎の活動全体に感じられる、根底のパンクの心が見え隠れしている。

「悪いのは何奴だ」とすごみながらも、「夢を見させて」とあどけなく締める。素直で、衝動的で、「樹海」に行っても歌っているんじゃないかとさえ思う。

人生という労働をよぎなくされていても、夢を見る心は失いたくない、そう思える曲だ。

TEXT 辻瞼

1978年11月25日生まれ 福岡市出身 1998年にシングル「幸福論」でデビュー。 音楽家、演出家。バンド東京事変を主宰。 自らの発信と並行し、歌い手/踊り手/演じ手の表現や、舞台/映画/広告/番組などへの楽曲提供も精力的に行っている 2009年、芸術選奨文部科学大臣新人賞を受賞。 ···

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