密度の濃い活動をしてきたように思える彼女たちだが、意外にもリリースした作品はフルアルバムでは3枚。
「メロンソーダ」は2017年5月17日最新作「3(さん)」のラストを飾る曲であり、tricotというバンドがもつ不思議な魅力の凝縮された1曲だ。
tricotの「メロンソーダ」
グレーになって消えてしまった
君が残したものは
箱に入ったアレだけじゃないからね
名前を書いて花を贈るよ
「君」がいなくなって気持ちの整理がつかない。この曲で歌われているのはそんなシチュエーション。
「箱」というのが象徴的だ。彼が使っていたあれこれ、大事なもの。
指輪のケースや紙箱を連想する人もいるかもしれない。
均整のとれた無機質な形状は、融通の利かない男子の性格にも似ている。
そんな彼の思い出も記憶の片隅にしまって今日でお別れ。女子の恋愛は上書き保存なのだ。
実体がないものに憧れる君に追いつけない・・複雑な感情
名前を置いて 衛星を打ち上げた衛星を打ち上げたんだ
ここは解釈が分かれるところ。
「衛星」は何かの比喩にも見えるし、後段で「追いつけない」と歌っているように、いなくなった相手のことを指しているようにも思える。
前段の「深海」やこのあと登場する「月」とあわせると、手の届かないところに行ってしまうイメージが浮かんでくる。
甘ったるいメロンソーダみたい
弾けて消えた
人類はずっと滅亡しないじゃない
列車は月へ行ったりもしない
追いつけないじゃない
タイトルのメロンソーダが登場するBメロ。
メロンソーダがもういない君を象徴しているとするなら、人類が滅亡しないことや列車が月へ行かないことは何を意味しているのだろう?
ファミレスでよく見るメロンソーダは炭酸水を着色し甘味料を加えたもの。
子どものころワクワクして飲んだメロンソーダは実は果汁0%なのだ。
メロンソーダに果汁が含まれていないように、人類滅亡や列車での月面旅行はあくまで想像の産物である。
男子にありがちな実体がないものへの憧れは現実にはありえない。
そんな「君」に「追いつけない」という複雑な感情。
君との記憶を味覚で表現
約束の夜はもうこないね新しい朝ももうこないしなぁ
行き止まり 息は詰まり
うまく言えないけどここに君は居ない
目覚めたときにはもう「君は居ない」。
その事実がはっきりとわかった瞬間、止まっていた感情が動きだす。
「行き止まり」「息は詰まり」というフレーズは「3」に収録された「節約家」と共通しているが、対照的な使われ方をしているのがおもしろい。
ある日突然帰ってきたりしないし
起きたらあの日に戻ったりはしないのに
夢をみていたような夢だった
あの日のような甘ったるい後味だったんだ
記憶が後景に退いていく様子を目の前で見ているようなサビのリフレイン。
もう会えないと理解すると余計にその事実が現実感をもって迫ってくる。
最近よくあるヒロインが記憶をなくしてしまう映画ではないけど、記憶は巻き戻せても現実は巻き戻しできない。
君がもういないという現実は、君がそこにいたという記憶の裏返しなのだ。
全国そして海外を回る「3」のツアーでは最後に演奏されることが多かったこの曲。
ベースのフレーズからはじまる印象的なメロディーと終盤でフリーな展開になだれ込む構成に、記憶を味覚によって表現した「メロンソーダ」は、tricotというバンドの魅力を余すところなく伝える1曲なのだ。
TEXT:石河コウヘイ