Reolが表現する「サイサキ」と「幸先」
未だ見ない幸先へと僕は只今あるき出したところ
「幸先」と漢字ではなく「サイサキ」というカタカナで表記している点に、どことなく前向きさよりも生みの苦しみやもがきを感じるのは、私だけだろうか。しかし、タイトルでは「サイサキ」なのに、歌詞の中では「幸先」になっている。
何故、歌詞では漢字なのか。タイトルと歌詞で表記を変えることで、何かReolの意識が働いているように思う。あえて「幸い」の「先端」と表記したことで、Reolの言う「サイサキ」へと強く誘おうとする意思を感じる。
漢字に直すことで、言葉に説得力が生まれるように思う。見た目では「サイサキ」のほうがかっこいいかもしれないが、意味を強く押し出したいなら「幸先」の方がよさそうだ。
専門学校HALで学ぶためのエッセンス
至るまでの途上 超高層ビル見上げすぎて首が痛いな
「至るまでの途上 超高層ビル」という歌詞からは、そのまま専門学校のビルを思わせる。自分が目指すものへ「至るまで」の途中に、この「超高層ビル」がある。近未来的で、都会的。ボーカロイドのイメージとも重なる点だ。
タイアップが決まった時のHALのキャッチコピーは「生まれ変われ、強いジブンに。」。ReolはHALとのタイアップが決まってから曲の構想を練った。
専門学校HALは新宿、大阪、名古屋にそれぞれビルを持っている。どれも特徴的な形状をしていて、一度見たら忘れがたい外見だ。「超」は少し大げさかもしれないが、「高層ビル」が当てはまるのは新宿校だろう。
そこに通う生徒たちは高みへと「至る」ことを目指していく「途上」の「高層ビル」に集う。
歌詞の終わりにははっきりと「東京」の文字が現れる。「未だ見ない」「幸い」の「先端」への「途上」、「僕」はまだ「超高層ビル」を「見上げ」ることしかできない。もがきながら、苦しみながら進むしかない。明確にHALを意識した、HALのための曲と言える。
もちろん曲として聴いたときに、HALとのタイアップを知らなくても楽しめる楽曲だが、専門学校で学ぶためのエッセンスが見事なまでに詰め込まれているのだ。
Reolは「サイサキ」について、ツイッター上(@RRReol 2018/05/15 23:38)で「わたしとあなたの背中を押す楽曲になってくれますように、よろしくね」と呟いている。
メディアへのコメントでは「『生まれ変われ、強いジブンに。』というテーマはわたし自身の音楽にも大きくシンクロする至上命題ですので、別段悩みすぎることもなく一気に書きあがりました。自分のキャリアにとっても初となるタイアップ、これ以上ないほどベストマッチな作品に携わらせていただけたことを、とても光栄に思います」と語っている。
「他人同士」だからこそ「関わりたい」
見ず知らずの他人同士だからあなたと関わり合いたい
ここでは、HALに入学して、これから友だちを作ろうとする心情が歌われている。でも友だち、という言葉に、Reol自身は違和感を持っているのではないだろうか? HALはクリエイティブを専門とした学校だ。
入学する生徒はやりたいことにあふれているに違いない。そこでは周りの生徒たちは友だち以前にライバルにもなりうる。歌詞には「友だち」という単語は一度も出てこない。あくまで「僕」以外は「他人」なのだ。
「他人同士だからあなたと関わりたい」という歌詞からは、「これから仲良くなろう!」という前向きさよりも、「他人だからこそ話せることもあるよね」、というある種の達観のような、一歩先を行く感じを受けとれる。
「友だちだから」ではなく、「他人同士だから」という言葉を使うことで、馴れ合いではなくてもっと先を目指そうよ、という意思を感じるのだ。
それには少しの孤独もつきまとうかもしれない。それぞれの「サイサキ」を目指すために、私たちは「他人同士」だからこそ「関わりたい」と思って進もうとする。
実直さというよりも、愚直なまでの前向きさ、苦しみを知っているからこそ進めることを知っているのだろう。その苦しみこそ、強い自分に生まれ変わるための一歩だ。
ReolがReol自身の「サイサキ」を掲げて歌っている限り、私たちは「他人同士」としてお互いの「サイサキ」を見出しながら前へ進もう。例え今は苦しくても。歌詞はこうつづられて終わる。「怖いことなどない 何一つないよ」。
Txt:辻瞼