今からちょうど10年前の2008年に発売されたアルバム「センチメンタルマキアート」に収録され、イントロからギターとドラムの音がグイグイくる、
パワフルでノリの良い楽曲で、サビではファンも一緒に大合唱するなど、ライブでは定番の人気の高い楽曲だ。
歌詞には、少年がある決意を胸に、生まれ育った街を出て、上京を決めてから、この大都会東京で自分が胸を張って誇れる唯一のものを見つけるまでの日々が綴られている。
シド「Dear Tokyo」
“ゆっくり流れる時間の街には ないものが多すぎて
ここじゃない そう決めた次の春には 東へと羽ばたいた
大半の「どうせ」少数の「期待」も「背負ったのなら、君が思うままに」
いつの間にか 追い抜いた背中がくれた言葉
その手の中 その手の中には 可能性が腹を空かせてる
きっと大丈夫 きっと大丈夫さ 言い聞かせ 震えて眠る Dear west boy”
生まれ育った穏やかでのんびりとしたこの街には、ないものが多すぎて、
夢を追いかけるならここじゃダメだ、東京へ行こう、そう決めた翌年の春には上京した。
多くの「どうせ無理でしょ」という声の中に、ちらほら聞こえてくる温かい声。
「どちらの想いも糧にして、頑張ってきなさい」と、語る父の背中はこんなにも小さかったっけ。
親愛なる 地元を飛び出した君へ その手の中、その手の中にはたくさんの可能性が詰まってる。
きっと大丈夫、きっと大丈夫だよ。そう言い聞かせ、胸いっぱいの不安と闘いながら眠る上京前夜 。
“いつの間にか 追い抜いた背中”は父の背中を指している。上京する前夜、父の背中を見て少年はハッとするのだ。
「親父の背中って、こんなに小さかったっけ。」と。最初は息子の上京を反対していたのかもしれない。
けれど本人が決めたことならと、「応援してくれる人の想いも、そうでない人の想いさえも、背負ったのなら、悔いのないよう自分の思うように東京で頑張ってきなさい。」と、無言で背中を押してくれたのだ。
実際に言葉で伝えられるよりも心に響く父の想い、そして押し寄せる胸いっぱいの不安。上京前夜のドラマがここに描かれている。
東京という街の一部と化した自分
“言葉も服も違う まるでここは 海の外だと気づく染まれば楽になることを知った夜 目的も放り投げた
着飾って飛んで 働いて割いて 知らず知らず僕は一部になる
こんなに巨大で ちっぽけな都 しぼんだ夢
今日のこと 今日一日のこと 胸をはって誇れますか?
やっと見つけた やっと見つけた君を むざむざと手放しちゃうのかい Dear east boy”
大都会東京は、話す言葉も着ている服も地元のそれとは全然違くて、まるで外国に来たみたいだ。
誘われて繰り出した夜の東京で、この街に染まってしまえば楽になれる、そう知った僕は東京へ来た目的も放り投げてしまった。
お洒落して夜通し遊んで、そのために働いて大事な時間を割いて、いつのまにか僕は東京という街の一部になってた。
大都会、だけど小さくてちっぽけな都、東京で僕の思い描いていた夢は今にも消えそうだ。
親愛なる すっかり都会人気取りの君へ
今日のこと、今日一日のことを胸をはって誇れますか?
やっと見つけた、やっと見つけたその夢を君はこんなにも簡単に手放していいの?
同じ日本なのに、東京は何もかもが違う。
最初はとまどいつつも、東京の生活に徐々に慣れ、張り詰めていた緊張感も気負っていた思いも緩んで来た頃が一番危ないのかもしれない。
東京の街は誘惑だらけ。キラキラしたものや楽しいことで溢れてる。現実逃避するには持ってこいだ。
夢を追いかけるのも疲れてきて、いつの間にか東京に来た真の目的を見失い、気付けば東京での生活をエンジョイしているだけの自分。
夢を実現させるために東京へ出て来たのに、僕は一体何をやってるんだろうと、ようやく我に返るのだ。
この夢を手放してたまるもんか、と。
もがきながらもやっと見つけた「背負うもの、守りたいもの」
“その手の中 その手の中には 可能性が腹を空かせてるきっと大丈夫 きっと大丈夫さ 言い聞かせ 震えて歌う Dear singer
今日のこと 今日一日のこと 胸をはって誇れそうさ
やっと見つけた やっと見つけた僕は 背負うもの 守りたいもの Dear Tokyo”
親愛なる 夢を追い、歌う僕へ
その手の中、その手の中には可能性がたくさん詰まってるんだよ。
きっと大丈夫、きっと大丈夫だから。
そう言い聞かせ、今日もステージで気付かれぬよう、震えを隠して歌うんだ。
親愛なる この大都会東京へ
今日のこと、今日一日のことを胸をはって誇れそうな自分になれたよ。
やっと見つけた、やっと見つけられたよ、この東京で、背負うもの、守りたいものを。
自身の上京体験をありのままに綴った1曲
作詞をしたボーカルのマオは福岡県出身。彼も夢を追い、上京してきた一人だ。「Dear Tokyo」はまさに当時の自分を振り返った、彼自身のことがありのままに綴られている。
この東京で、売れない時代も挫折も経験してきた。それでも諦めることなく、自らメンバーを集め、2003年にシドを結成。
彼らの楽曲は“哀愁歌謡”と呼ばれ、インディーズ時代から絶大な人気を博し、2008年、満を持してメジャーデビューを果たした。
この「Dear Tokyo」が収録されているアルバム「センチメンタルマキアート」は、彼らのインディーズラストアルバムでもある。
バンドが軌道に乗り、メジャーデビューも視野に入れていたであろうこの時期に、彼なりの覚悟がこの歌詞の最後の2行に強く込められている気がした。
「ここ東京で僕が見つけた背負うもの、守りたいもの。それは僕らを応援してくれるファンのみんなの笑顔と想い、そしてこのシドというバンド。」
親愛なる 上京してきたばかりの君へ、不安で胸が押し潰されそうになったら、東京の生活に疲れたら、夢を諦めそうになったら、聴いて欲しい。シドの「Dear Tokyo」を。
「きっと大丈夫、きっと大丈夫だよ」と、力強く君の背中を押してくれるに違いない。
バンド結成15周年、シドは今日も多くのファンの笑顔と想いを胸に、ステージに立つ。
TEXT:中村友紀