『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』は恋の歌
サカナクションの代表曲の一つ『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』。この曲は作詞作曲の山口一郎いわく恋愛の歌だということ。
山口一郎が人形を使って踊る姿が一見バカみたいなMV。しかしこのMVの内容がとても意味深です。一体何を表現しているのでしょうか。
山口一郎演じる「僕」が人形を操っているのは、本性とは違う顔を見せていることの暗示。いくつも違う顔を持っている「僕」を表現しています。
MVの前半で一生懸命人形を操る「僕」。必死に同じ動きをさせようとしている姿は滑稽ですらあります。人形に音楽を聴かせ、似顔絵を描かせ、食事させ、コントロールする。
しかし別の顔であるはずの人形が、やがて自分のコントロールを離れていきます。人形がサングラスをしてテレビ画面に映っているのは、自分のコントロールから離れたことの象徴。
やがて人形は「僕」の手を離れて勝手に踊り出します。再びコントロールしようとしますが、うまくいきません。
そして女性が現れます。この女性が「君」。
「僕」と「君」が表すモノとは?
「君」は、本当の「僕」ではなく椅子に座った人形のほうにキスします。
これは「君」が偽りの「僕」に惹かれていったことの象徴。鏡に映った本当の「僕」にヒビが入る映像が入り、「僕」の心が傷付いたことを表現しています。本当の「僕」はついに人形を倒して破壊します。「君」にキスをしようとする本当の「僕」。
しかし突然何者かの視線を感じて我にかえり、「君」も人形だったことに気付きMVの物語は唐突に終了します。
何者かの視線は、自分ではない客観的な目=客観的事実を表します。客観的には、「僕」の一人芝居だった=「君」との関係が既に終わっていたことを表しています。
では「僕」と「君」とはどんな関係だったのでしょう。そこで歌詞を見ていきます。
バッハの旋律を夜に聴いたせいです。
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気まぐれな君の色 部屋に吹くぬるいその色
壁が鳴り痺れるチェロ すぐに忘れてしまうだろう
≪『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』 歌詞より抜粋≫
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「すぐに忘れてしまうだろう」という歌詞が「君」と別れていることを示しています。「気まぐれな君の色」がまだ部屋に残っている。「部屋に吹くぬるいその色」から部屋に「君」がいた記憶がまだ残っていることを表します。
「壁が鳴り痺れるチェロ」は、チェロのメロディが壁に鳴り響くだけで痺れる=色々な「君」との記憶を思い出して辛くなってしまう意味。バッハの曲はチェロを使っているものもよくあるので、タイトルにもかかっていることが分かります。
次々に溢れてゆく思い出の中の記憶
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歩き出そうとしてたのに 待ってくれって服を掴まれたようだ
≪『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』 歌詞より抜粋≫
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もう別の道を歩みだそうとしているのに、「服を掴まれた」かのように別れた「君」を思い出してしまう。
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歩き始めた二人 笑ってる君の顔を思い出したよ
≪『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』 歌詞より抜粋≫
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これも同様。二人は別々の道を歩み始めているのに「僕」は「笑ってる君」を思い出してしまう。
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月に慣れた君がなぜ 月を見ていたのはなぜ
僕の左手に立ち 黙ってる君の顔を思い出したよ
≪『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』 歌詞より抜粋≫
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月に慣れた=「僕」と「君」が月日をともにしていたことが分かります。
また「月」=夜。夜に会う親密な関係だったことの表れ。「月を見ていた」=僕ではなく外の月を見ている=「君」の心が「僕」から離れた意味。「左手に立ち 黙ってる」とは、身体の左にある 僕の心臓=心に対して沈黙を保っていること。僕の心に答えてくれなくなったことを表現しています。
繊細に使い分けられている言葉
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月に慣れた僕がなぜ 月に見とれたのはなぜ
≪『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』 歌詞より抜粋≫
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対する「僕」は、別れて月日が経った事実にもう慣れたはずだったのに、「月」に見とれてしまう。「君」が見ていた「月」にすら見とれてしまう。
「君」は「月を見ていた」=何気なく見ていただけなのにも関わらず、「僕」は「月に見とれていた」=「君」を思い出してしまう。微妙な日本語の使い分けで「君」と「僕」の心の違いを表現しているんですね。
タイトルこそが、この曲の結論だった
こんなに思い出してしまうのはなぜだろう?こんなに心がざわつくのはなぜだろう?「忘れかけてたのになぜ 忘れられないのはなぜ」と自問自答します。
そして「僕」は結論を導きます。それは二人で聴いていた旋律を「夜に」「ひとり」で「聴いたせい」だから。
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バッハの旋律を夜に聴いたせいです こんな心
バッハの旋律をひとり聴いたせいです こんな心
≪『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』 歌詞より抜粋≫
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MVから「僕」の部屋に蓄音機、バッハの肖像画があることが分かります。「バッハの旋律」は二人で聴いていた音楽の象徴。
そう、こんなに「忘れられない」のは「君」と共に聴いていた『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』。
タイトルに「。」がついていることから、このタイトルが結論だったことが分かります。かなり巧みに作られていたMV、歌詞だったんですね。
●バッハの旋律を夜に聴いたせいです。
TEXT:改訂木魚 (じゃぶけん東京本部)