他人から特別な人へ
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見わたす街には他人ばかり
シグナル待つ人にでも おしゃべりを
できれば繋がれるのかもしれない
白い冬 交差点 君もまだ他人
≪元素L 歌詞より抜粋≫
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歌い出しは、至ってシンプルである。よくある街の風景、雑踏や雑音が入り交じる、騒がしくもどこか他人行儀な世界だ。そんな中にあって「君もまだ他人」というところがニクい。
「まだ」ということは、これから他人ではなくなっていくことを示している。サビでは、
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知らない人から特別な人に
季節よ僕たちも変えていって
雨なら傘を 晴れたらランチを
君には毎日 親密な日々を
≪元素L 歌詞より抜粋≫
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他人の一人として出会った「君」との関係が、季節と共に特別なものへと変化していく。恋人になれていないことは、歌詞を見れば明らかである。「雨なら傘を 晴れたらランチを 君には毎日 親密な日々を」というところに「君」へ対する特別な思いと願望が表れている。
愛とは不安定なもの
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愛の言葉はねぇ 胸の深くでは
ひどく不安定な元素で
空気に触れて君へと届いて
強い力で反応する
≪元素L 歌詞より抜粋≫
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ここでタイトルにもある「元素」が登場する。愛を伝えるための甘い言葉も、自分の胸の内に秘めている内はひどく苦く、苦しいもの。
それを口にすることで初めて愛しい人へと届き、その人の心を動かすのだ。「空気に触れて」「強い力で反応する」というのは、声が音として空気を震わせて相手に届くという、化学反応を歌っているようでもあり、愛の言葉を伝えることによって相手の心を揺さぶる、愛の形そのものを歌っているようでもある。
「好き」という気持ちを口に出すことを「空気に触れて」と表現しているところがさすがのセンスである。「強い力で反応」した君は一体、どんな反応を示したのか。
普遍的なテーマだからこそ刺さる歌詞
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愛の言葉はねぇ 優しいくせに
舌先離れるまで なんて苦い
好きな人に好きと言うだけで
なぜこんなにも大変なのだろう
≪元素L 歌詞より抜粋≫
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実は、愛しい相手の答えがイエスだったのかノーだったのかは歌われていない。口に出すその瞬間までひどく苦い言葉は、甘い愛の言葉となって相手の心へ届く。そして強い力で反応する。
それでも、好きな人が自分を好きでいてくれるかどうかは誰にも分からないのだ。口にするその瞬間まで、相手がうなずくその時までは、自分の思いが実るかどうかは分からない。
だからこそ、好きな人に好きだと伝える、本当の気持ちを言うだけのシンプルなことが、この上なく難しいことになるのだ。そんな恋のもどかしさや苦しさを、シンプルかつ見事に言い表している最後の歌詞は珠玉である。
人間が抱える普遍的な問題を、化学反応と絡めて見事に愛の歌へと昇華させた新藤晴一は、やはり凄腕の作詞家である。
2人の化学反応から生まれる愛
こうして歌詞を見てみると、タイトルの『元素L』とは、愛(LOVE)のことを示しているに他ならない。他人から始まり、そこに特別な感情が生まれ、やがて淡い恋になる。そして、2人の気持ちがぶつかり合うことで化学反応が起こり、そこに愛が生まれるのだ。
それは必ずしも幸せな愛ではなく、時には失恋という形になることもあるだろう。だからこそ人を愛することは大きな幸福と不安という、相反するものを与える。
だからこそ自分の気持ちに素直に「好き」ということがこれほどまでに難しいのだ。誰しも感じたことのある思いであり、普遍的なテーマを見事なまでに歌い上げているからこそ、聴いた人の心に深く刺さる歌詞になる。『元素L』がポルノグラフィティの中でも名曲バラードになり得ている大きな理由である。
人恋しい季節、『元素L』を聴いて自分の心と向き合ってみるのもよいだろう。
TEXT:岡野ケイ