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小沢健二が「オザケン」に捧げたレクイエム『春にして君を想う』

2017年に、19年ぶりのシングル『流動体について』をリリースして世間を驚かせた小沢健二。90年代のオザケンブームを振り返りながら、彼の20世紀最後のシングル『春にして君を想う』の真意に迫ります。

「渋谷系の王子様」を知らない若者のために


「10年ひと昔」とはよく言いますが、となると19年前は大昔です。オザケンが復活した時「このおじさん誰?」と思った若い人も多い事でしょう。そんな方のために、まずはオザケンについて簡単にご紹介します。

オザケンの華麗なるプロフィール

オザケンこと小沢健二は、1968年、神奈川県に生まれました。世界的指揮者の小澤征爾を含む、華麗なる小澤ファミリーの一員です。ドイツ文学者の父の仕事のため幼い頃はドイツで暮らし、文学と音楽に親しんで成長しました。

中学時代に小山田圭吾と出会い、高校時代からバンド活動をスタート。また、学業面でも優秀だったオザケンは、東京大学文学科卒という、すごい経歴の持ち主なのです。

伝説のフリッパーズ・ギター

小沢健二は「オザケン」としてブレイクする前、小山田圭吾と組んだユニット「フリッパーズ・ギター」として1989年にメジャーデビューします。

当時の日本はバンドブームの真っ只中。パンク系ロックバンドが溢れる中、イギリスのネオ・アコースティックに影響を受けた彼らのオシャレなギターポップは、日本の音楽シーンに風穴を開け、「渋谷系」と呼ばれるアーティストたちの先駆けとなりました。

意外と地味だったソロデビュー

オザケンは、最初から渋谷系の王子様だった訳ではありません。フリッパーズ・ギター解散後の1993年、変わらず洋楽路線を邁進した小山田とは逆に、オザケンは子供の頃好きだった歌謡曲に回帰するような、英語歌詞のないシンプルなロックナンバー『天気読み』でソロデビューします。

この曲のジャケット写真には「王子様」とは程遠い、自分の音楽スタイルを模索中の、どこか不安気な表情のオザケンが写っています。

オザケンブームの到来


そんなオザケンが世間でブレイクしたきっかけは、1994年にスチャダラパーとコラボした『今夜はブギーバック』でした。この曲のヒットにより、その後に出した2ndアルバム『LIFE』が大ヒット。

ソウルテイストを取り入れたハッピーな曲、サラサラヘアーと長い足、軽快な俺様発言、そして隠しきれない育ちの良さはまさに王子様。音楽好きサブカル女子だけでなく、普通の綺麗なOLさんまで虜にする「渋谷系の王子様」の誕生でした。

90年代の寵児オザケン

バブルの余韻が残る華やかな時代だった90年代の波を、オザケンは痛快にウキウキと駆け抜けて行きます。CMやニュース番組からも熱烈なラブコールを受けたオザケン人気は、社会現象を巻き起こし、『ぼくらが旅に出る理由』でその人気はピークを迎えます。

その後、オザケンの多幸感は次第に影をひそめ、『ある光』のMVでは苦しげに表情を歪めるほどでした。そして1998年『春にして君を想う』のリリースを最後に、オザケンは表舞台から姿を消したのです。

『春にして君を想う』に見る「90年代オザケン」の終焉

春にして君を想う


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君とゆくよ 齢をとって
お腹もちょっと
出たりしてね?
そんなことは怖れないのだ
静かなタンゴのように
≪春にして君を想う 歌詞より抜粋≫
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オザケンが変わり始めたのは、96年にリリースされた『大人になれば』からでした。サウンドはジャズテイストになり、歌詞もリアルになって行きます。

「渋谷系の王子様」は、紛れもなくオザケンの一面ではありましたが、フリッパーズ時代から知るファンにとっては、そのキャラと異常な人気に違和感を感じていました。本人も、心のどこかではそれを感じていたのではないでしょうか。

王子様時代がオザケンの青春だったとすれば、『大人になれば』でオザケンの青春は終わり、オザケンは次のステージへの成長の過程で過去の自分と葛藤します。

その結果、8分にも及ぶ『ある光』を90年代の集大成として、ついに「渋谷系の王子様」から解放されたのです。

『春にして君を想う』のMVのオザケンには『ある光』のような苦悩の表情はありません。そこにいるのは穏やかで自然体の、30歳を迎える小沢健二でした。

王子様時代のオザケンには「お腹が出る」など許されない事でしたが、今はそんな事は気にせず、ゆっくりと優雅に歳を重ねて行こうという、オザケンの心の安らぎがこの歌詞には現れています。


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君は少し化粧をして
僕のために泣くのだろうな
そんなことが
たまらないのだ
静かなタンゴのように
≪春にして君を想う 歌詞より抜粋≫
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ちなみに、『春にして君を想う』には同名の映画があります。アイスランドを舞台に、主人公の老人と老婦人が老人ホームを抜け出して故郷を目指し、そこで天に召されるというストーリーです。

オザケンの原点は、やはりソロデビュー作『天気読み』にあると思います。『春にして君を想う』は『天気読み』と同じように、美しい日本語のみで歌われた静かな曲です。90年代の華やかな旅路の末、ようやく原点に戻ったオザケンは、この時、日本を去る事を既に決めていたのでしょう。

この曲は、小沢健二が自分の中の「オザケン」に捧げた優しいレクイエムです。ニューオリンズのジャズフューネラルを思わせるホーンセクションにのせて、「オザケン」を覚えている誰かが少し泣いてくれたらいいなと思いながら。

TEXT 岡倉綾子

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