しばしばテーマを誤解される洋楽
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In a little while from now,
if I'm not feeling any less sour,
I promise myself to treat myself
and visit a nearby tower
And climbing to the top will throw myself off
≪Alone Again 歌詞より抜粋≫
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【和訳】
少し時間が経っても
もしこの気分がちっとも晴れなかったら
自分で自分のケリをつけてしまおう
もよりのビルに行って
てっぺんまで登ったら
この身を投げるんだ
引用はギルバート・オサリヴァンの『アローン・アゲイン』の冒頭部分です。
どんな商品であれ「自殺」なんて忌避すべきイメージだと思いますが、それにも関わらず多くのCMに『アローン・アゲイン』のこの冒頭部分が使われました。
穏やかなメロディーを湛えたこの曲が自殺をほのめかす歌詞の内容だとは、英語を解さない多くの日本人にとって思いもよらないことだったのです。
同じようにテーマを誤解されていることで有名なのが、今回取り上げる英国出身のバンド、ポリスによる『見つめていたい』です。
しかもその誤解は、英語を公用語としている米国で起こったというのが面白いところでしょう。
本当は邪悪な『見つめていたい』
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Every breath you take
Every move you make
Every bond you break
Every step you take
I'll be watching you
≪Every Breath You Take 歌詞より抜粋≫
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【和訳】
君のどんな息づかいも
君のどんな動作も
君が壊すどんな絆も
君のどんな足取りも
僕はずっと見張っている
この曲の"I'll be watching you"という一文は「僕は君をどこだって見守っているよ」という感じではなく、「監視している」というニュアンスです。
つまり『見つめていたい』は健気な愛の歌ではなく、偏執的な愛で対象を監視する、いわばストーカーの歌だと言われています。
作者であるポリスのフロントマン、スティングはこの曲を「不快でむしろ邪悪な小曲」であり「嫉妬と監視と所有権について」歌った曲であるとかつて語りました。
にも関わらずこの曲は全米で大ヒットし、結婚式に用いられたり、別の歌手が「完全に誤解した解釈」で美しい愛の歌として甘く唄われたことに、スティングは当惑したと伝えられています。
サントラブームが象徴する80年代のヒット曲事情
振り返ってみますと、この曲がビルボード年間ランキング一位となった1983年は、ポップミュージックに対するアメリカの感受性がおおらかな時期であったのかもしれません。同じく年間ランキング二位につけたマイケル・ジャクソンの『ビリー・ジーン』は、子を認知しろと裁判を起こす女の歌という風変わりな内容でした。
また年間ランキング三位の『ホワット・ア・フィーリング』は映画『フラッシュ・ダンス』の主題歌ですが、この曲は80年代のサウンドトラックブームを代表する一曲として知られています。
『フットルース』『トップガン』と枚挙に暇がないほど多くの映画のために、多くのポップスターが楽曲を提供し、チャートを席巻したのが80年代のサントラブームでした。
『アメリカングラフィティ』や『サタデーナイトフィーバー』といった70年代のサントラヒットは、本編の内容と密接な位置にありました。
映画としての表現手法の重要な一部分であったと言ってもよいでしょう。
しかし80年代に入ると、観客を高揚させるのに効果的な曲調を優先項目として、そのプレイリストを充実させることが映画およびサントラの商業的成功につながることを、エンターテインメント業界は見出しました。
そして思惑通り80年代のサントラは大いに受け、ブームとなりました。
曲調だけで言えば『見つめていたい』は、よく枯れた古典的循環進行と美しい旋律によって、ロマンチックな響きに溢れています。
その不穏なテーマに耳を傾けることなくラブソングとして受け入れることは、80年代のサントラブームのさなかであれば十分あり得ることです。
ちなみに、翌年大ヒットしたブルース・スプリングスティーンの『ボーン・イン・ザ・USA』もまた、米国で大いに誤解された曲でした。
この曲はベトナム帰還兵の受難をテーマに米国社会の暗鬱たる現在を描いたものでしたが、「俺はUSAで生まれた」という力強いサビのフレーズのために愛国主義ソングと誤解され、あげく大統領選挙キャンペーンにまで利用されました。
ともあれ、異言語文化圏でその曲調に引きずられる形で誤解された『アローン・アゲイン』しかり、『見つめていたい』や『ボーン・イン・ザ・USA』しかり、どんなテーマを作り手が込めたところで、聴衆は都合のよいところしか聴いていない、という事例を説明するに相応しい曲だと言えるでしょう。
ポリスのバランス感覚
それほど誤解されながらも『見つめていたい』がヒットしたのは、やはり作品として魅力的であったからと言う他ありません。ポリスは若くもないのにパンクムーブメントに乗ることで、ロックとレゲエの融合というユニークな試みで頭角をあらわしました。
またスティングは、「俺は英国のエイリアン」(スティング『イングリッシュマン・イン・ニューヨーク』)と開き直りつつも、独自の世界観を保ちながらアメリカでソロ活動を大成功させています。
ポリスには自らのこだわりを保ちながらも聴きやすい楽曲に仕上げるという稀有な才能があり、そこが彼らの大きな魅力でありました。
『見つめていたい』の大ヒットは、ロマンチックな調べに不穏な歌詞を乗せるというポリスらしい試みの、そのバランスが完璧なまでに絶妙だったとことを実証しています。
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Oh can't you see
You belong to me
How my poor heart aches
With every step you take
≪Every Breath You Take 歌詞より抜粋≫
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【和訳】
分からないかい
君は僕のものなんだ
僕の哀れな心はどれだけ痛もう
君が歩みを進めるたびに
TEXT quenjiro